本宮
翌日の昼、気持ちのいい風を受けながら、性懲りもなく寝ていた梨湖は、ゴツッと額に冷えたものが当たって目を覚ました。
つめた……っ!
慌てて飛び起きると、今度は零児ではなく、縁側に片膝ついた冴木が、外から身を乗り出してこちらを見ていた。
「……生きてる冴木か?」
昨日のことがあったので、思わずそう訊いてしまい、はあ? と思い切り訊き返されてしまう。
「いや、すまん。昨日、そこから零児が現れたから」
そう言いながら伸びをすると、勝手に縁側に腰掛けた冴木は、ほう、と言いながら、神護山の方を見た。
「静かだな、誰も居ないのか?」
と問われ、
冴木の側の古い木の柱に手をやった梨湖は、
「お母さんたちは出かけてる。
梨人はその辺に充と居るだろ?」
と答えた。
充? と冴木は眉をひそめる。
その傍らにあるものを見ながら、梨湖はやっぱりこれは夢かな、と思っていた。
冴木の横に、汗を掻いた丸いスイカがあったからだ。
似合わない……。
梨湖の視線に気づいた冴木は、パシリ、とスイカを叩いて言った。
「これか。これは、その辺のばあさんに貰ったんだ」
「ばあさん?」
「道歩いてたばあさんが家でくれた」
「待て、道歩いてたばあさんが、何故、いつの間に家に?」
珍妙なことを言う、と見下ろしていると、
「ともかく、俺はいらないからやる。
此処のスイカはほとんどハズレがないそうだ」
と素っ気無く言った。
その態度に、ああ、と思った。
なんだかわからないが、道を歩いているおばあさんにでも、親切にしたのだろう。
家まで送っていったか何かで、スイカを貰ったのではないか。
こいつ時折、何かの発作のように、年寄りには優しくなるからな。
「で、お前、わざわざスイカ持ってきたのか、此処まで」
いやあ、と今日はいつもより緑が鮮やかに感じられる神護山を冴木は見上げて言った。
「一度来ておきたかったんだ」
と――。
祖母に頼まれていたとうもろこしの収穫を終え、庭に戻った梨人は、梨湖の笑い声を聞いた。
それに被さるように響いてきたのは――。
「お前っ、周りに全部飛び散ってるだろ、貸せっ!」
……何処かで聞いた厭な声だ。
縁側の方からだ、と思ったとき、目が、松の陰にある大きな車を捉えてしまっていた。
「梨人、あれ誰だ?」
とうもろこしの入った籠を手に、少し遅れて付いて来ていた充が問う。
案の定、縁側に腰掛けていたのは冴木康介だった。
仕事のときと変わらぬスーツ姿のままだ。
暑いのに。
梨湖がこっちへ来てからお気に入りの、古いカキ氷機を引っ張り出してきて、二人で擦っている。
あのカキ氷機は、叔父がリサイクルショップで見つけてきたもので、最近のと違い、とても目が細かくて柔らかい氷が擦れるのだ。
「楽しそうだな」
ぼそり、と充が横で呟く。
「もしかして、あれが昨日お前が言ってた『冴木』かな?」
「……昨日、何か言ったか? 俺」
「言ったろう?」
充は敢えて内容には触れずにそう繰り返す。
ちっ、やっぱりこいつは油断ならない。細かいことまで覚えてやがる、と思ったとき、彼は言った。
「梨人、お前、負けてるぞ」
「はあ!?」
「いや、見た目とかじゃなくて。
気持ちで負けてるっつってんだ。
なんかお前、及び腰じゃないか?」
さすが充は鋭い。
「……ちょっといろいろあって、あいつにだけは頭が上がらないんだ」
口先では反抗しているものの、自分の力のほとんどを捨てて、梨湖を二度も助けてくれた冴木には感謝している。
だから、梨湖や自分が、冴木の関わった事件に協力せざるを得なくなるのは仕方ないことだと思うし。
ずっと協力していくつもりではいる。でも――。
「お前っ、俺の好みも訊けっ!」
と冴木が叫ぶ声が聞こえた。
梨湖が、せっかく擦った氷に、いきなり、抹茶と粉砂糖をかけたようだ。
「これが一番美味しいんだ」
「俺は普通のミルクかけが好きなんだ!」
「イチゴか?」
「メロンだ!」
「お前意外と子どもだなあ」
ふふん、と梨湖は何故か威張ったように笑う。
「梨湖のあの言葉遣いはなんとかならんのか」
一緒に、離れた場所から二人を見ながら言う充に、やっぱり気づいていたか、と問うた。
「気づかれてないと思ってるのは梨湖だけだ。
日々、婆さんも嘆いている。あんなに可愛いのにって」
「可愛いねえ」
と懐疑的に梨人は呟く。
「可愛いだろうが、とりあえず。
性格は小憎らしいが」
梨湖のあの美貌も見慣れた身内の前ではあまり威力はないようだった。
「ほら、隣の和幸も子どもの頃、梨湖がいいって言ってたんだけど。
あいつ、莫迦みたいに頭がいいって教えてやったら、引いてた」
莫迦みたいに頭がいいという言い方も妙だが。
まあ、普通の男は引くかもな、と思った。
「まあ、梨湖も年頃だし、いろいろ物騒だから、お前よく見といてやれよ」
と微妙に冴木の方を見ながら言う。
「お前が一番物騒な気もするけどな」
「……じゃあ、お前が付いてろよ。
お前なら、何があっても、梨湖には靡かないんだろ?」
充はケロッとした顔で、
「いやあ、誘惑されたらその限りじゃない」
と、あっさり言い切った。
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