## パート3: 二回目の配信計画

準備の翌日、アランは朝早くから目を覚ました。窓から差し込む朝日が部屋を黄金色に染める中、彼は風の洞窟に関する古書を再度開いていた。理論知識は彼の強みであり、今日はそれを最大限に活かすために復習を重ねていた。


「風の洞窟の中央広間では、六方向から風が交差し、その中心に『風の核』と呼ばれる特殊な魔力の集束点が存在する…」


彼は小声で本の内容を反芻しながら、メモを取っていた。メモには既に風の流れのパターン図や予想される危険のリスト、対応策などがびっしりと書き込まれていた。


「視聴者にもこの情報を共有して、一緒に攻略を考えてもらおう」


アランは理論だけでなく、視聴者との協力についても考えていた。前回の配信で彼は視聴者の存在が思いのほか心強いことを実感していた。誰かが見ていてくれる、誰かが応援してくれる—その感覚は、いつも孤独だった彼にとって新鮮な経験だった。


胸元の風見鶏のブローチが微かに青く光るのを見て、アランは深呼吸をした。


「よし、行こう」


彼は赤いマントを羽織り、準備した装備を鞄に詰め込んだ。風の洞窟に関する資料、保護結晶、蛍光粉、そして薬剤師から借りた特殊地図—すべてが明日の冒険のために必要なものだった。


「風見の箱」に到着すると、既にマリアが配信準備室で作業していた。彼女は複数の魔法結晶を調整しながら、何やら計算をしているようだった。


「おはよう、マリア」


「あ、アラン!おはよう。早いのね」


マリアは顔を上げると、微笑んだ。その目には昨夜の感情的な会話の名残はなく、新たな日への希望に満ちていた。


「昨日の告知の反響がすごいのよ」彼女は興奮した様子で言った。「ギルドに貼った告知を見た人たちから、遠視結晶ネットワークを通じて問い合わせが何件も来てるわ。初回より視聴者が増えそう!」


「本当に?」アランは嬉しさと緊張が入り混じった表情で尋ねた。「何人くらい見てくれそう?」


「正確な数字は分からないけど、少なくとも前回の倍はいくんじゃないかしら」マリアは手元の装置を指差した。「エコーストーンの反応から予測すると、20人前後は期待できそう」


「20人も!」アランは驚きの声を上げた。フロンティア都市の大きさを考えると、それは決して小さな数字ではなかった。「それじゃあ、計画をしっかり立てないと」


彼はメモと地図を作業台に広げた。マリアも手を止め、彼の隣に立った。


「これが風の洞窟の全体図だ」アランは薬剤師から借りた地図を指差した。「洞窟は大きく分けて三つのエリアに分かれている。入口付近の『風の前庭』、中間部分の『風の切り通し』、そして最奥の『中央広間』だ」


彼は指で各エリアを示しながら説明を続けた。


「特に注意が必要なのは『風の切り通し』さ。狭い通路に強い風が集中して、時には風の刃となって危険なことがある。この部分の対策が重要になる」


マリアは真剣な表情で地図を見つめた。「風の刃に対しては、保護結晶を使うのよね?」


「ああ、でもその使用タイミングが難しい」アランは頷いた。「効果は30分程度だから、切り通しに入る直前に使わないと無駄になる。かといって、遅すぎれば危険だ」


「それなら」マリアが提案した。「視聴者のコメントも参考にしながら、タイミングを見計らうのはどう?風の強さや変化を感じ取れる視聴者もいるかもしれないし」


アランはその考えに目を輝かせた。「それはいい考えだ!配信を通じて複数の目と知恵を借りられるのは、大きな強みになる」


ウィンダム老人が部屋に入ってきたのは、そんな会話の最中だった。彼は穏やかな笑みを浮かべながら、二人の様子を見守っていた。


「風を見る目は一つより多い方がよい」老人は静かに言った。「古来より、集いし者たちの目は真実に近づくと言われる」


アランとマリアは老人の言葉に深い意味を感じつつも、その正確な意味は理解できなかった。しかし、視聴者との協力という彼らの方向性が正しいという確信は得られたようだった。


「先生」アランが尋ねた。「風の洞窟について、何か特別なアドバイスはありますか?」


老人は暫し考え込むように目を閉じた。「風の声に耳を傾けよ。風は過去を知り、未来を示す。特に『中央広間』では、風の流れが交わる場所に注目するとよい」


「風の流れが交わる場所…」アランは地図の中央部分を見つめた。「確かにここが『風の核』と呼ばれる場所だ。風の魔力が最も濃縮される地点で、風の結晶も最も質の良いものが採れると言われています」


「その通り」老人は頷いた。「だが、それだけではない。風の交わる場所には、時に『風の記憶』が宿ることがある」


「風の記憶?」マリアが好奇心をもって尋ねた。「それは一体?」


「風が運んできた過去の断片だ。感受性の強い者なら、その風に触れることで過去の出来事の感覚や印象を感じ取ることができる」


アランとマリアは驚きの表情を交換した。そのような現象は冒険学校の教科書にも載っていなかった。


「それは…配信でも捉えられるのでしょうか?」アランが尋ねた。


「それは君次第だ」老人は微笑んだ。「風を見る目と、風の声を聞く耳を持つなら、可能かもしれない」


老人の言葉は謎めいていたが、アランは胸元のブローチを無意識のうちに触った。このブローチは「風を見る」ための道具。もしかしたら、彼にも「風の記憶」を感じ取れるかもしれない。


会話は再び実践的な計画に戻った。


「配信の流れはどうする?」マリアが尋ねた。「どのように進行するか、大まかなプランは考えてる?」


アランは準備していたメモを見直した。「まず、洞窟の入口で基本情報と今回の目的を説明する。視聴者にもダンジョン探索のルールや注意点を共有しておきたい」


彼は指を折りながら続けた。「次に『風の前庭』で風の流れのパターンを観察し、視聴者と一緒に安全なルートを考える。『風の切り通し』では保護結晶の使い方や風の刃への対処を実践的に見せる。そして最後に『中央広間』で風の結晶の採取方法を紹介する」


「素晴らしい計画ね」マリアは感心したように頷いた。「それなら、それぞれのポイントで必要な装備を確認しましょう」


二人は風の洞窟探索に必要な装備を一つずつチェックしていった。基本装備である魔力ランプと保護具、風の流れを可視化するための蛍光粉、風の刃から身を守るための保護結晶、そして風の結晶を安全に採取するための特殊な収集具。


「あと、念のため応急処置キットも持っていった方がいいわね」マリアは実用的な提案をした。「魔力による軽い傷なら、その場で治療できるようにしておきましょう」


「そうだね」アランは頷いた。「あと、水と軽食も必要だ。ダンジョン探索は思ったより体力を使うから」


視聴者との交流方法についても話し合った。前回の配信では、視聴者からの質問や意見に応えることで自然と交流が生まれたが、今回はより積極的に視聴者の参加を促す方法を考えたかった。


「視聴者に選択肢を提示するのはどうだろう?」アランが提案した。「例えば、分岐路に来たら『どちらの道を選ぶべきか』と問いかけるとか」


「それいいわね!」マリアの目が輝いた。「視聴者も自分の意見が冒険に影響を与えられるって感じられるわ」


「あと、風の流れの解釈も視聴者と一緒に考えたい」アランは続けた。「僕の理論と視聴者の直感、両方を組み合わせることで、より良い判断ができるかもしれない」


会話が進むうちに、アランは次第に自信を深めていった。初めてのダンジョン探索という不安はあったが、綿密な計画と視聴者の存在が彼に勇気を与えていた。何より、マリアのサポートが心強かった。


「さて、あとは告知文の最終確認だな」


アランはギルドに掲示した告知の写しを取り出した。「赤マントの冒険者アラン、明日正午より風の洞窟生配信!伝説の風の結晶を求めて」


「少し大げさすぎるかな?」彼は少し照れながら尋ねた。


「ううん、ちょうどいいわ」マリアは笑顔で答えた。「視聴者の好奇心を刺激するにはぴったりよ」


「あとは、配信開始前の最終チェックリストを作っておこう」アランは新しい紙を取り出し、必要な項目を書き始めた。


```

配信前チェックリスト:

1. エコーストーンの魔力レベル確認

2. 視聴者接続テスト

3. 装備の最終確認

4. 安全確保手段の確認(転移札など)

5. 風の洞窟の最新情報チェック(ギルドで)

6. 配信開始前の一般向け告知

```


最後の項目を書き終えると、アランは満足そうに頷いた。「これで準備は万全だ」


「そうね」マリアも頷いた。「あとは実際の配信を楽しむだけ!」


彼女のその言葉に、アランははっとした。そうだ、これは苦行ではなく、楽しむべき冒険なのだ。彼は初めて「冒険を楽しむ」という感覚を味わおうとしていた。これまでの彼は、認められることや評価されることばかりに気を取られていた。しかし今、視聴者と共に歩む新たな冒険のスタイルには、純粋な喜びが含まれていることに気づいた。


「マリア、ありがとう」アランは素直な気持ちを伝えた。「君のおかげで、僕は冒険の本当の意味に気づき始めているよ」


マリアは少し驚いたように彼を見つめ、それから優しく微笑んだ。「そんな…私は裏方として力になっているだけよ」


「いや、それ以上だよ」アランは真剣に言った。「君は僕に『共に歩む』ことの大切さを教えてくれた。一人で全てをやろうとせず、誰かと力を合わせることの価値を」


彼の言葉にマリアの頬が薄く赤くなった。彼女が何か言おうとした時、部屋の隅にある風見鶏が再び動き出した。今回はアランの方向を指し、青い光を放っていた。


「不思議だな」アランはその現象に目を向けた。「なぜ風もないのに動くんだろう?」


「魔力の流れには、目に見えない風もあるのよ」


答えたのはウィンダム老人だった。彼はいつの間にか部屋の入り口で二人を見守っていた。


「感情もまた、一種の魔力の流れだ。強い決意や純粋な気持ちは、風のように空間を動かす」


老人は静かな微笑みを浮かべていた。「明日の配信が楽しみだよ。君たちの新たな一歩を、この老いた目で見届けたい」


「はい!」アランは力強く頷いた。「必ず成功させます」


「先生も見てくれるんですか?」マリアが嬉しそうに尋ねた。


「もちろんだとも」老人は穏やかに答えた。「私も一人の視聴者として、君たちの冒険を応援している」


その言葉に、二人は改めて配信の意味を噛みしめた。彼らの冒険は単なる個人的な挑戦ではなく、多くの人々と共有する旅になろうとしていた。そこには未知の可能性と、新たな絆の形があった。


「では、最後の準備を終えて、明日を迎えよう」


アランの言葉に、マリアは力強く頷いた。配信準備室には二人の期待と決意が満ちていた。風見鶏は静かに、しかし確かな存在感で青く輝き続けていた。


その日の午後、アランはギルドに立ち寄り、風の洞窟に関する最新情報を集めた。特に変わった報告はなかったが、数日前に洞窟を訪れた冒険者から「風の強さが例年より強い」という情報を得た。


「風の月の影響かもしれませんね」ギルドの情報係が言った。「風の魔力が高まる時期ですから、十分注意してください」


帰り道、アランは再び赤いマントが目立つことに気づいた。数人の若い冒険者が彼を指差し、「赤マントだ」「明日の配信が楽しみだ」と話しているのが聞こえた。彼は少し照れくさい思いをしながらも、内心では温かな満足感を覚えた。


薬剤師の店にも立ち寄り、追加の薬草と応急処置用の軟膏を購入した。薬剤師は彼の配信のファンになっており、「明日も必ず見ますよ」と励ましてくれた。


夕方、「風見の箱」に戻ったアランは、マリアとの最終打ち合わせを行った。全ての準備は整い、あとは本番を待つばかりだった。


「明日は朝9時に集合して、最終確認をしよう」マリアが提案した。「正午の配信開始に余裕を持って間に合うわ」


「ああ、そうしよう」アランは頷いた。「それじゃあ、明日の朝」


「うん、おやすみ」マリアは柔らかな笑顔を見せた。「明日は素晴らしい一日になるわ」


アランが店を出る時、胸元のブローチが再び青く光った。それは小さいながらも確かな光で、彼の決意を映し出しているようだった。


「明日、新たな一歩を踏み出そう」


彼は夕焼けの空を見上げながら、静かに決意を新たにした。これから彼が進む道には未知の可能性が広がっていた。視聴者と共に歩む新たな冒険が、いよいよ始まろうとしていた。


その頃、街の別の場所では、ヴィクター・ゴールドハートが明日の配信に向けて準備をしていた。彼は風の洞窟に関する詳細な資料を読み込みながら、「ナイトフォックス」としての洞察を練っていた。


「理論と実践の間に横たわる溝…彼がどう乗り越えるか、興味深い」


ヴィクターのノートには、風の洞窟の危険ポイントと、それに対する最適な対処法が書き記されていた。まるで彼自身がアランをテストするかのように。


そして街はずれの丘の上では、黒い外套の人影が微動だにせず、「風見の箱」の方向を見つめていた。


「明日、赤マントの少年は初めての真のダンジョンに挑む…彼の力の片鱗が見えるかもしれない」


深まる夜の闇の中、「風見の箱」だけが静かに青い光を放っていた。明日への期待を胸に、アランは眠りについた。

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