ある女の自白

天西 照実

第1話 天下無双しなかった少年


「夜だけじゃない。昼間、うとうとしている時にも出てくるようになって……」

 薄暗い病室。

 ぐったりとした様子で、ベッドに腰掛けた女が話し始める。



『天下無双! レンジャーキーック!』

 子どもの頃の話です。

 両親が離婚して、母の再婚相手に連れ子が居ました。

 私も思春期だったので、色々思うところはありましたけど……あの子の方が年下でしたから。

 ずっと、我慢していたんです。

 だけど、あの時は私の大事な物を壊されて、ついカッとなって怒ってしまったんです。

 ずっと許していた私が突然怒り出したので、驚いたのだと思います。

 家を出て行ってしまって、警察にも届けましたが、見付からないままで……。

 私も結婚して子育てに追われている内に、頭から離れてしまっていたのは事実です。

 忘れた訳じゃありませんけど……。

 最近になって、急に夢に現れたんです。

 毎晩、毎晩……いいえ、夜だけじゃありません。

 昼間、疲れて眠ってしまった時にも出てくるんです。

 私に怨み事があるのか、遺体を見付けて欲しいのか……でも私には、どうする事も出来なくて――。



 俯いていた女が、ふと顔を上げると、目の前に見知らぬ少年が立っていた。

 何もない、真っ白な空間。

 小学校高学年ほどに見える少年は白い服を身に着け、翡翠色ひすいいろの肌に苔色こけいろの髪、瞳も深い緑色をしている。

 初めて見る奇妙な少年に、女は眉を寄せ、

「……だれ?」

 と、聞いた。

「僕はウラミモリ。この子を、連れて来たの」

 ウラミモリと名乗った少年は、自分の背後に視線を向けた。

 恐るおそるという様子で顔を見せたのは、戦隊もののプリントが付いたTシャツ姿の、5歳ほどに見える少年だった。

 ハッとして、女は目を見張る。

一也かずや――」

 幼い子どもには似つかわしくない暗い表情で、

『……天下無双?』

 と、重く曇った声で呟いた。

 一也と呼ばれたTシャツ姿の少年の肩を、頭二つ分ほど大きいウラミモリ少年が優しく撫でた。

『それを言ってたのは僕じゃない。あんたの親が離婚するときに父親が連れて行った、あんたの実の弟が言ってた台詞だ。僕は、あんたの物も壊してない』

 一也少年は、5歳ほどとは思えない口ぶりで言い、女を睨みつける。

 ウラミモリ少年も頷きながら、

「だいたい、あんたの両親が離婚したのも、あんたが父親にキモイだの死ねだのと罵り続けたからだ」

 と、話す。

 先ほどまで、しおらしく話していた女は声を尖らせ、

「人のせいにしないで。思春期の女子は誰だって一度や二度、そういう事を言いたくなるのよっ」

 と、言い返した。

 ウラミモリ少年は肩を落として見せ、

「一度や二度なら、そうかもね」

 と、溜め息交じりに答えた。

「どんな父親だったか、知りもしないくせにっ」

「僕が知っているのは事実だけ」

「そんな事実、どこにもないわ」

「人間たちの法で、罪に問える証拠は、見付かって無いね」

『……』

 一也少年が、悲しげにウラミモリ少年を見上げた。

 ウラミモリ少年は、一也少年に優しい笑みを返し、

「だけど、それは罪が存在しなかった事になる訳じゃない」

 と、言って、女には冷たい視線を向ける。

「……罪なんてないわ」

「嘘も、簡単に犯せる罪だよ。僕は怨守うらみもり。事実と怨みを見守る者。たくさんの怨みが、絡み合ってわからなくならないように、時々口出しもする」

 ゆっくりと話し、怨守少年は小さく溜め息をついた。

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