第8話 道具を整えよう

 ギルドから出ると俺はすぐ、近くの屋台で串焼きを二本買った。もうお腹が空いてたまらなかった。


 「ゼクロム牛のサーロイン串」という少し怪しい商品名だったが、牛とついてる限り美味いだろうと思って購入した。一本1000リルもしたが、一つの串にかなりの量の肉が刺さっていたため食べ応えはありそうだった。


 俺は200リルでビンに入った水も購入した。瓶に量の記載はなかったが、1リットルはあるように見えた。


 俺はギルド前の広場にあるベンチに座ってまず水を飲んだ。キンキンに冷えていてとても美味しい。一口で4分の1も飲んでしまった。


 目の前の噴水では裸の女性の像が、肩に担いでいる甕から水が流れ落ちていた。陽はどんどん高くなってきている。おそらくもうすぐ正午なのだろう。暑くも寒くもない、心地いい陽気が続いていた。


 次に俺は先ほど購入した牛串を食べてみる。串の1番先に刺さっている肉を齧るとそのまま串を滑らせて口の中に放り込んだ。


 最初に感じたのは炭火焼き特有の香ばしい香り。そして口の中で咀嚼するごとに肉の旨みが広がってくる。サーロインというだけあり、脂の旨みが半端ない。肉質はとろけるように口の中で無くなるほど柔らかかった。


 控えめに言って絶品だった。


(なんだこれ! 美味すぎる!)


 あまりの美味しさに俺は目を丸くした。一つ一つの肉の味を大切に噛み締めていった。初めは高い値段設定だと感じたが、今はむしろ安すぎると感じる。


 食事を済ますと、俺は隣に置いていた石美を抱えあげ、歩き始めた。大量のアイテムを買い取ってもらったため、すごく歩きやすい。


 俺は次にギルドに歩いて来るまでに見つけていたアイテムショップに向かった。店の窓側に槍や剣、ナイフなどが飾られているのを見て後で訪れるつもりだったのだ。


 すでに石美という強力な打撃属性の武器をえている俺であったが、流石に石美ばかりに頼りすぎるのはよくないと思っていた。


 酷使し過ぎて割れたり欠けてしまったりするのも避けたい。俺はメイン武器とは別のサブ武器を探し求めてアイテムショップを目指した。


「おいおい、兄ちゃん、イカしたもの持ってるじゃあねぇか!」


 店に入ると、上半身裸でムキムキなおじさんが話しかけてきた。口髭がボーボーで頭にはタオルを巻いている。胸毛が鳥の巣かと勘違いするほどとっちらかっている。日本だったら間違いなくセクハラですぐ捕まる格好だった。


 しかし、俺は石美を褒められたため気分がいい。別に店員の服装なんて別に気にしない。日本とは法律は違うのだろう。気にするだけ無駄だ。


「こんにちは! わかりますか! この石、けっこう強いんですよ!!」


「ああ、そうだろうよ!! その石は昔は武器に加工されて使われてたぐらいだからな!! だがよ! そんなふうに石を脇に抱えてこの店にきた兄ちゃんはお前さんが初めてだよ! ガッハッハ!」


(変態みたいな格好をしているくせにこの親父は意外と話がわかるな)


 俺は上機嫌なまま会話を続ける。


「初めはどこかに置いとこうと思ったんですけど、誰かに取られちゃうのが怖くて……」


「ああ、そうだろうよ! いい石だもんな! だがどうしてアイテムボックスに入れないんだ? 流石にそのサイズじゃ荷物になるだろう!」


「なんですか? アイテムボックスって!」


「アイテムボックスを知らないのか! お前さん、面白れぇ奴だな! この世界の常識だぞ! ガッハッハ!」


 親父さんは右手で左肩の辺りを掻きむしりながら口を大きく開け笑っている。どうやら見た目通り豪快な性格のようだ。


「これがアイテムボックスだ」


 親父さんはレジのカウンターの上にショルダーバッグのような物を置いた。


「よく見てろよ」


 そう言うと親父さんは近くの壁に掛かっていた。槍や斧、弓などを次々と入れて行った。どう考えても大きさ的に入るわけがないのに、スルスルとショルダーバッグの中に入って行く。


「すげぇ!」


 思わず俺は呟いてしまう。


 すると親父さんが今度はショルダーバッグの中に手を突っ込み、先ほど入れた武器を次々に取り出して行った。


「凄いっすね!」


「ああ、それと容量はグレードによって違う。このタイプは中に3m四方の異空間が広がっているんだ。アイテムボックスはいくら荷物を入れても重さも変わらないんだぜ!」


「まじか……」


 俺はアイテムボックスの凄さに腰を抜かしそうになった。こんなものがもし現代の地球に存在していたら物流業界に激震が起こるだろう。震度7なんてもんじゃない。


 大量の教科書による重みで、肩に食い込むランドセルを背負いながら通学する小学生たちの悩みも解消することができるだろう。


 まさに神アイテムに思えた。


「にいちゃんは、その腕輪を見る限り冒険者だろ! 冒険者だったらアイテムボックスは必需品だぜ。みんな最低三つは持っているよ」


 確かに、これさえあれば先ほどのようなめんどくさい思いはしないで済む。買わない手は無かった。


「これぜひ買いたいです! でも、お高いんでしょう?」

 

 通販番組のサクラのように俺は尋ねてみる。こういえば少し安くなる気がした。


「収容できる容量によって3つのグレードがあるんだ。3m四方のやつが87000リル。7m四方のやつが199000リル。10m四方のやつが295000リルだな」


「な、なるほど……」


(本当にお高いんかい! まぁでも確かにこれがあるとものすごく便利だから。仕方ないか。買おう。えっと、俺の所持金は……?)


 俺は封筒を取り出して金を数える。85500しかなかった。だめだ、買えない。あの串焼きがよく無かった。なんで俺はもう少し空腹を我慢できなかったのだろう。俺は過去の自分の頭をハリセンでしばきたくなる。


(でもダメ元で言ってみるか。この親父さんは良い人そうだし。もしかしたら少しまけてくれるかもしれないしな……)


「親父さんすみません。1番グレードの低いやつを買いたいんですけど、今所持金が85500しかなくて……」


「そうなのか! うーん、他の商品ならまけてやれるんだがな。この商品は元々仕入れ値が高くてな。でも初めてきてくれた客だしなぁ。なんとかしてやりてぇが……。うーん……」


 親父さんはいい方法を考えてくれている。やっぱり良い人だ。


「あの、このお金って換金できたりしませんか?」


 俺はポケットから昔から使ってきた財布を取りだし、中身の日本円をカウンターの上に置いた。計算してみると3270円あった。もちろんこの世界では使うことは出来ないだろう。


 しかし、このお金はこの世界にはない貨幣だ。他に手に入れる方法はない。貨幣としての価値はなくとも希少価値だけはあるはずだ。


「おぉー。長年商売をしてきたがこの貨幣は見たことがねぇな。一体どこの国のやつなんだい?」


「日本という国です。でも、その国はもう行けないというか、滅びてしまっているというか……。とにかく、このお金はもう使えないお金なんです。でも、とても珍しいものなので、飾りとしてどうかなと思って……」


 俺は正直にこの金に貨幣としての価値がないことは伝えた。この、人が良い親父さんを騙すような真似はしたく無かった。


「なるほどな。流通貨幣としての価値はもうないってわけか!! でも良いぜ! この金を買い取らせてもらうよ! 正直に言ってくれてありがとよ!!」


「親父さん……」


「いや、俺さ、あまり趣味っちゅう趣味が無いんだがな、昔から他国の貨幣を集めるのだけは好きなんだ!! あそこを見てみな!!」


 親父さんが指差した先を見ると店の壁の上部に額縁に入れられて色々な種類の貨幣が飾られていた。


「見たこともねぇ貨幣だしよ。30000ギルで買い取らせてもらうよ!! だからにいちゃんは57000リルだけ払ってくれればいいよ!!」


「えっ!? でもさっきも言った通り、貨幣としての価値はもう無いんですよ? そんなに高く買い取ってもらっちゃって良いんですか?」


 思っても見なかった提案に俺は動揺してしまう。


「ふっ、マニアからしたらな。こういう珍しい物にこそ希少価値があるんだよ。別に貨幣として使えなくても良いんだ! にいちゃんのおかげでコレクター仲間に自慢できるよ! ガッハッハ!」


(親父さん……)

 出会ったばかりではあったが、俺はもうこの豪快な店主がかなり好きになっていた。良い人すぎる。


「すみません。ありがとうございます!」


 俺は感謝をこめて頭を下げる。


「いいってことよ! 俺も珍しいものを手に入れることができて嬉しいぜ! それより、さっき見せたやつはショルダーバッグ型だが、他にもポーチ型やリュック型などもあるぞ」


 親父さんは様々なタイプのアイテムボックスを見せてくれた。色々考えた結果、初めに見せてくれたショルダーバッグタイプにすることにした。


 俺は親父さんに金を支払い、アイテムボックスを受け取った。


「入れる時は何も考えなくて良いけど、取り出す時は出す物をイメージしないと取りずらいからな」


「わかりました」


 俺は早速脇に抱えていた石美を入れてみる。するとすんなりと入っていった。不思議と重さは感じない。すげぇ。


 つぎ、俺はアイテムボックスに両手を入れ石美を持ち上げ取り出した。まじすげぇ。


 俺は嬉しくなって何回かしまったり出したりを繰り返す。異世界の不思議な道具に感動だ。どういう原理かまるでわからない。


 しばらく出したり入れたりを繰り返していると親父さんが声をかけてきた。


「いつまでやってるんだ? ほんと面白いにいちゃんだな! ガッハッハ! 」


「すみません。入った瞬間に重さが無くなるのが不思議で不思議で……」


「まあな。魔法の力は俺にも良くわからねえよ。それよりも、今日はもともと何が欲しくて来たんだい?」


「あっ!」


 親父さんの一言で俺は当初の目的を思い出した。


「武器が欲しかったんでした。まだ、この石しか武器がないので、ナイフや剣でも買おうかと思って……」


「その石、武器だったのか!! ますます面白しれぇにいちゃんだ!」


 親父さんは顔を真っ赤にして笑っている実に楽しそうだ。


(石を武器にするってあまりないのか? 結構強いんだけどなぁ……)


「その腕輪を見ると、にいちゃんはまだ駆け出しの冒険者なんだろう。だったら短めの剣かナイフがおすすめだぜ。ハンマーや斧や槍は扱いが難しいからな」


「なるほど……。じゃあ、ナイフにしても良いですか?」


 瞬間移動で敵の後ろに立ち、首筋にナイフを当てながら厨二台詞を言いたくなってしまった俺はとりあえずナイフを希望した。


「ナイフか! 良いんじゃねぇか? 今おすすめを持ってくるよ」


 親父さんはすぐに三本のナイフを持ってきてくれた。どれも刃渡りは30㎝ほどに見える。


 俺はその中の一本を選んで買うことにした。これだけ刃が黒い金属だったため、かっこよく見えた。


「うん、それは取り回しも良いし、特におすすめの一本だ。初めて使うにもちょうどいいと思うぜ」


「ありがとうございます。それで、値段はいくらですか?」


「3000リルだけど、今回はただでやるよ! 良い貨幣を手に入れたからな!!」


「えっ、良いんすか?」


「ああ、これからもこの店をひいきにしてくれよ」


「もちろんです!!」


 この親父さんはどこまでも気前がいいようだ。俺は素敵なアイテムボックスとかっこいいナイフを手に入れ店を後にした。









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