なぞなぞ大好きスフィンクス

黒澤 主計

前編:あんな脳筋に負けるはずが!!

 これは絶対に、仇を取らねばならない。


「ルトラマ兄さあああああああああん!」

 崖下を見下ろして、僕は声の限りに叫んだ。


 どうして、こんなことが起こったんだ。

 あの賢い兄さんが、あっさりと敗北するなんて。





 僕たちはスフィンクス。

 誇り高き、とても知性に溢れる種族。


 頭は人間。体はライオン。そして鷲の翼を持つという、威風堂々とした姿。それが僕たちスフィンクス。


 ビーキオン山。そこが僕たちの住みかだ。この山を通りかかる旅人がいたら、僕たちは『なぞなぞ』を出し、相手を翻弄する。


『朝は四本足。昼は二本足。夜は三本足。この生き物は何か?』


 ルトラマ兄さんの得意としていた謎。誰も解くことが出来ない難問だった。


「でも、まさかこんなことになるなんて!」

 悔しさから、僕は声を絞り出す。


「犯人の名は、『オイディプス』というらしい」

 二番目の兄が、悲しそうに告げてくる。


「ルトラマ兄さんは、そのオイディプスに謎を解かれた。それによってスフィンクスとしての面目が潰れ、自ら崖下へと身を投じた」


「くう」と僕は呻く。


 それが、僕たちスフィンクスの宿命。『知性』を何よりもの誇りとする僕たちは、賢さにおいて他種族に負けることは許されない。

 だから万が一にも問題を解かれれば、僕たちは死を選ぶしかない。


「でも、絶対に許せない」


 スフィンクス一族の誇りをかけて、この仇は絶対に討たねば。


「オイディプス。必ず僕たちが倒してやる!」





 情報は集まった。


「オイディプスはどうやら、杖をついた男らしい」

 判明した特徴をまとめていく。


「なんでも、生まれた直後に父親がかかとを針で突いたそうだな。そして現在は、テーバイの王となっている」

 セブン兄さん。スフィンクス五兄弟の二番目。頭に大きなトサカがある。


「なるほど。成り上がったわけか」

 ジャック兄さん。兄弟の三番目。これという特徴はない。


虚飾きょしょくに満ちた人間。放ってはおけませんね」

 エース兄さん。兄弟の四番目。大きなトサカと、大きな黄色い目が特徴。


「絶対に倒してやる。僕たちの誇りにかけて!」

 僕はタロウ。兄弟の末っ子。頭の両脇に角がある。


 人間たちの情報を探るのは苦労した。おかげで、ルトラマ兄さんの死から半年もの時間が経過してしまった。


 でも、ようやく『仇』に辿り着ける。

 オイディプス。貴様の命運もここまでだ。





「オイディプス。どうやらもう、死んでるらしい」

 翌日、セブン兄さんがうなだれていた。


「な」と僕たちは絶句する。


「なんでも、テーバイの王となった後、色々と問題が起こったらしくてな。妃にしたイオカステーというのが自分の母親だったとか。それと飢饉が起きて、それがオイディプスの仕業なんじゃないかと疑われて、国を追われるようなことになったとか」


「じゃあ、僕たちの仇は」


「残念ながら、俺たちに出来ることは何もない」

 セブン兄さんがトサカのついた頭を横に振る。


 なんという、ことだろう。

 僕たち誇り高きスフィンクスが、人間に負けたままで終わってしまう。


「そんなことが、許されていいものか!」





 名案を思いついた。


「ねえ、こういうのはどうだろう」

 兄さんたちを集め、僕は思いついたアイデアを伝える。


「オイディプスがいないなら、代わりに『別の奴』をやっつけよう」


 きっと、これしかない。


「人間たちが崇める『英雄』って奴がいる。そいつを倒してやれば、僕たちの名誉は守られるんじゃないかな」


 ふむ、と皆はすぐに頰を緩める。


「いいかもな。ルトラマ兄さんへの手向けともなる」

 セブン兄さんが頷き、他の二人も同意してくれる。


「それじゃあ早速、ターゲットを探しに行こう」





 狙うべきは、どんな奴か。

 英雄として名が知れて、倒すに値する人間。


 本音を言えば、倒しやすそうな奴がいい。


「お、あいつは確か有名な」

 ジャック兄さんが前方を示す。山の麓の道を、てくてくと歩いてくる姿があった。


 僕たちはじっくりと、『ターゲット』の姿を観察した。





 俺の名はペルセウス。言わずもがなの英雄だ。


石化せきか武器ぶきゲット。そそるぜぇ!」


 切断したメデューサの首。これを見た奴はその場で石化する。

 この首を埋め込んだ盾さえあれば、百億パーセント、どんな怪物もイチコロだ。





「あれはちょっと、やめといた方が良さそうだね」

 僕が言うと、兄さんたちも頷いた。


 もうちょっと、話が通じそうな奴がいい。





 私はダイダロス。名のある大工だ。


「ミノス王め。リウマチ用の風呂に入るがいい。その時が貴様の最期よ」


 大工である私を敵に回したこと。後悔させてやる。

 風呂に仕掛けた秘密の装置。これで『密室殺人』の完成だ。





「中々見つからないもんだね」


 あいつも何か、危険な臭いがする。


「どこかにいないものかな。人間たちに愛されてて、もしも倒されたら、ものすごい絶望感を生むような英雄が」


 そいつを倒せば、死んだ兄さんの名誉も取り戻せる。


 うーん、と唸りながら、背中の翼をはばたかせる。

 生贄となるものを探そうと、兄さんたちと大空を飛翔する。


「あ!」とその先で声が出た。


 僕の眼下には、一人の男の姿があった。





「筋肉大好き! マッスルマッスル!」


 両腕で力こぶを作りつつ、『そいつ』は筋肉を誇示して見せる。


 太い首。太い腕。締まった腹筋。全身が筋肉の鎧で包まれていた。





「奴はまさか、ヘラクレスか!」

 セブン兄さんが両目を見開き、道を進む男を睨む。


 髪の色は金。茶色い布の服に、背中には白いマント。今も大腿筋のトレーニング中なのか、片足だけでぴょんぴょんと道を進んでいる。


「むう」とジャック兄さんも声を漏らす。


 胸の中にじわりと、熱いものが込み上げてくる。


「筋トレ最高! ハッスルハッスル!」

 ヘラクレスは今も一人で声を上げ、しきりに腕立て伏せを始めていた。


 これは、と目の前が開けてくる。


「ヘラクレス。『天下無双』の名を持つ、最強の英雄」

 セブン兄さんが熱っぽい息を吐く。


「奴なら我らが敵にふさわしい。別に、『こいつなら勝てそう』と思ったわけじゃない」

 ジャック兄さんも口を開き、「筋肉筋肉!」と叫ぶ男を見下ろす。


「みんな、間違わないでくださいね。私たちが彼を狙うのは、『こいつらなら勝てそう』と思ったからじゃない。あくまでも、彼が名のある英雄だからです」

 エース兄さんが囁き、みんなで頷く。


「そうだね。『こいつなら勝てそう』って思ったからじゃない。僕たちの知性で、あの英雄を打ち負かしてやるんだ」


 そして、僕たちの心は一つになった。





 ヘラクレス。脳味噌まで筋肉で出来ていそうな奴。

 まさに僕たちにとって理想の相手。『なぞなぞ』をぶつけるにふさわしい相手。


 もちろん、『こいつなら勝てそう』という安全策を求めてのことじゃない。


 あの筋肉による武勇を誇るヘラクレスが、知性の面ではどれほどか。それを見極めたいという想いゆえだ。


「俺たちの最強の『なぞなぞ』で奴を倒す。『ヒュドラー』も『ネメアのライオン』も、全て奴に倒された。ヘラクレスを俺たちが倒せば、俺たちこそ最強の怪物の称号を得られる」

 セブン兄さんが唇を吊り上げる。


「あとは、『なぞなぞ』を用意するだけだね」


 やっぱり、そこが心配。


 オイディプスに解かれた『なぞなぞ』も、元々は芸術の女神ムーサが考え出したものだ。人の創作物を自分のもののように披露する。そういうところもルトラマ兄さんの賢さ。


「もちろん、必死に考えた。相手があのヘラクレスでも、いや、ヘラクレスだからこそ、手を抜くことはしない」

 言うなり、セブン兄さんは足元の土に前足を走らせる。


「見ろ。お前らには『これ』が解けるか?」


 示された先には、謎の文字列が書かれていた。


『こたのたやまたはびたーきおたんたやたまでたす』


 その脇には、『小熊みたいな変な生き物』の絵が描かれている。

 

 フフフ、とセブン兄さんは得意そうに笑う。


「難しいだろ? だが、意外と仕組みはシンプルでな」

 得意そうにし、セブン兄さんは種明かしをする。


「この横に書いてある動物。こいつは『タヌキ』という動物だ。このギリシャには存在しない、異国の動物だ。よほどの知性がなければ存在すら把握できない」


 すごい。この段階で知性的。


「そして、『タヌキ』だから文字列から『タ』を抜く」


 言われた通り、僕は謎の暗号を見やった。


「こうすると『この山はビーキオン山です』という文字列が出現する」


「すごいよ兄さん! こんな暗号見たことない!」


「これで、あのヘラクレスなどイチコロだ」


 間違いない。これで勝利は確定だ。


「では行ってくるとしようか」


 セブン兄さんはそう言って、空高く羽ばたいていった。





「セブン兄さあああああああああん!」

 崖下を見下ろして、僕は声の限りに叫んだ。


 どうして、こんなことが起こったんだ。

 あの知的な兄さんが、あっさりと敗北するなんて。





「どういうことだ。何が起きた?」

 ジャック兄さんが現場を見やる。


 足元には砂地が広がっている。地面は柔らかく、舞い降りるとズブリと足が埋まる。


 耳を澄ます。「筋肉筋肉!」と、繰り返し声が聞こえてきた。


 ヘラクレスめ、と忌々しい想いが込み上げた。

 でも、理解できない。


「セブン兄さんのあの謎が、ヘラクレスなんかに解けるものなのか?」


 僕たちでも驚くような難易度だったのに。

 わからない、と周囲を見回す。


 崖の下には兄さんの亡骸。スフィンクス族の誇りに従い、『謎』を解かれた兄さんは、自ら身を投げてしまっていた。


「なんなんでしょうね、この足跡は」

 エース兄さんが地面を見やる。


 円を描くように、足跡が点々とついている。この柔らかい土の上で、『ダンス』でも踊ったかのよう痕跡が見えている。


「セブン兄さんの謎を解く時に、あいつは『何か』をやったのか? それによって、解けるはずのない難問を解いた?」

 ジャック兄さんが不審そうに、筋肉男のいる方を見る。


 しばらくは、誰も何も言えなかった。

 目の前がぼんやりとする。理解できない事実を前に、頭がうまく働かない。


 でも、口の中には苦みが走る。


「あいつ、きっと何かの小細工をしたんだ」

 どうにか、僕は言葉を絞り出した。


「そうだな。奴は何かの手を使った。そして、あの難問を解いたに違いない」

「つまり、『カンニング』という奴でしょう」

 ジャック兄さんとエース兄さんも同意する。


 おそらく、それ以外には考えようがない。

 そうでなければ、筋肉の脳味噌で謎が解けるはずはない。


「許せない」

 気づけば、そう呟いていた。


 そっちがその気なら、僕たちも本気を出す。


 ヘラクレス。貴様の行った『カンニング』の秘密、必ず僕たちが暴いてみせる。

 その時こそが、貴様の最期だ。

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