三題噺「幼気ゆえの」

城異羽大

応えられなかった約束を


郊外とも呼べない田舎を走る最終電車。平日の真ん中、目に届く範囲に人はいない。線路を走る音だけが響く。到着時刻はだいぶ先。

何もする気が起きず、ただただ頭を抱えた。

そして朦朧とした意識の中で思い出す。


春先の暖かくなった頃、小さい時からお世話になっていた隣人に家に遊びに来ていた。少し広い庭の縁側で日向ボッコをして、将来のことなんか考えていた気がする。

そうしていたら面倒を見ていた少女に声をかけられて、少し驚いた。昔から考えごとに夢中になると現実を置き去りにしてしまう。


彼女は件の隣人の子供で、高校生の時にバイトと言って子守を頼まれた。部活もしておらず、交友関係も少なかったから快諾した。というのは建前で、初恋だった人に頼られて断れなかった。以前から様子を見ていたが、仕事が忙しくなったらしく、土日はもっぱら彼女と過ごしていた。


「どうしたの?」って尋ねてみたら、照れ臭そうにもじもじして、四つ葉のクローバーを渡してくれた。そして少しの沈黙のあと満面の笑みを浮かべて少女は言った。


「結婚してください」


なんて返事をしたか覚えていない。とてつもなく悩んで、何度も言葉を濁してたっけ。あの時は一喜一憂する彼女に振り回されてた。懐かしい楽しい思い出に自然と笑みが溢れる。


「ちゃんと答えてあげればよかったな」


無意識に出た言葉が耳に届いた瞬間に、悲哀が込み上げてきた。涙がとめどなく流れる。


もうあの少女はいない。

今日は、一周忌に行って地元を歩いていた。

何度もやるせなさが込み上げて、コンビニで買った酒で感情を押し殺していた。それでも気を抜くと思い出す。ため息が電車の揺れる音にかき消される。


窓に目を向けると、暗闇に反射した自分が情けない。こんな姿、あの子も見たくないはずだ。

耐えきれず目のピントを外の景色に合わせようとした刹那、漆黒先に自分じゃない顔とめがあった。それは歪んだ破顔をしていた。


すぐに目をつむり、下を向いた。身体が条件反射で震えた。僅かに残る理性が見間違いと主張するが、確認するほどの勇気は芽生えてこない。状況に対する言い訳を必死で探す。けれども本能が訴えかける恐怖は揺らがない。次の停車駅はまだだろうか。それだけが唯一の希望なのに、一向に音がしない。なにも。


そこで異変に気づいた。思考に溺れていて気づけなかった。電車の音もアナウンスも何一つ音がしない。揺れてもいない。でも俺は座っている。背中が汗で濡れて服に張り付いてるのがわかる。増長していく畏怖と困惑でついに、思考が止まった。


「お兄ちゃん」


あの子の声だ。知ってる状況に安心して目を開いた。暗闇の中、最後に会ったままの姿の少女がハッキリ見えた。空白と化した脳内に幾重もの感情が湧き出して、認知機能はまともではなくなっていた。


「久しぶりだね。会いたかったよ」


少女は、あの時と同じ無邪気な笑顔をうかべて、一枚のクッキーを渡してくれた。次に言う言葉はもうわかってる。今度こそ応えよう。


「結婚してください」


「うん、結婚しよう」


「じゃあ、そのクッキー食べて欲しい。頑張って作ったんだ。」


「ありがとう。じゃあ、いただきます」


何回かに分けて味を噛み締めた。こうしていればよかったんだ。あの人はもう人の物になってしまったからこの子を選ぶべきだった。きっと美しくなるだろう。やっと結ばれた。

最後の一口を飲み込んだら、大音量の不協和音が耳元で轟いた。まるでノイズの激しいトランペットのファンファーレの録音のようだった。もがき苦しんだ果てに、膝から崩れ落ちた。


「ずっと、ずっと待ってたの。ひとりでこの暗闇で。たまに誰か見かけるけどみんなすぐどこか行っちゃうんだよ。怖かった。何度も泣いていろんなこと考えてたんだけどね、やっぱりお兄ちゃんのことばっか思いつくの。きっと迎えに来てくれるって信じてたよ?でもいくら待っても来なかった!来なかった!」


始め穏やかだった声は、徐々に語気を強めて狂気を見せ始めた。彼女の目は真っ黒に染まっていた。怖気付いて、ようやく正気を取り戻した俺は悟った。もう彼女は人間じゃなくなったんだと。恐怖に寂しさが混じる。同情の目を向けた俺を見て、彼女も落ち着いたようだ。そしてまた笑顔に戻って、話を続けた。


「待ってもダメだなって思ったからね。お兄ちゃんを探しに行ったの。そしたら神さまがいたの!」


もしかして、、、


「頑張って説明したらね、お兄ちゃんと一緒にしてあげるって言ってくれたんだ!」


「え?」


会える、じゃなくて、一緒に、、?


「お兄ちゃんが食べてくれたクッキーも神さまに手伝ってもらって作ったんだ。これを食べればずっと一緒にいれるんだって!」


記憶の中のあるワードがこの状況に示し合わせるのに最適だった。黄泉竈食ひ


「神さまがお兄ちゃん連れてきてくれたし、ぜんぶぜんぶ神さまのおかげだね!!」


なにも言えなかった。呆然と立ち尽くしてると後ろから足音が聞こえてきた。


「神さま!!!ありがとう!!お兄ちゃんと結婚できたよ!!」


振り返って見えたのは、電車で見えたアイツだった。ニタニタと気色悪く破顔するソレは、二重になった重い声で言った。


「こちらこそ、ちょうどいい肉体をありがとう。それと幸せにね」


俺は泣きながら笑った。

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三題噺「幼気ゆえの」 城異羽大 @akg0283

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