《ファジーネーブル》狐と狸のキャンディ──〘第2話・①〙

『あのひと』との出会いはずっと前、視線を合わせたのは秋の放課後。裏山が大きくて安心する高校。


でも私は毎年、秋は気持ちが波立ってしまう。悪い意味ではなく高揚する。

簡単に言えば所謂『ワクワク』や『ドキドキ』だ。何故か。


私は狸。


簡単に言えば人間のふりをしている。悪く言えば、化けている。



 秋は実りの秋。正門玄関のきらきらした金色の銀杏の葉が綺麗だ。私は上を向いて、校門の前の大きな銀杏を見上げた。


 栗の実を中学の時、里山でよく拾ったっけ。そういえば去年、私が風邪で寝込んでいるとき、家の前に大きな栗が、花を添えて山みたいに置いてあった。

あの栗を置いていったのは、誰?


「金色のちひさきとりのかたちして銀杏散るなり夕陽の丘に。晶子は恋に生きたのよね……」

 

放課後、独り居残って落ち着いた雰囲気がする中庭の石の椅子に腰かけパラパラと本を読んでいた。


「た、た、立貫さん!一緒に帰ろ?これ、半分個、食べて。肉まん!坂の下の7で買ったんだ。す、好きな人と分けあって何か食べるって、いいよね」

 

好きという言葉が刺さる。そんな言葉が自分に向かって言われたことはなかった。木津根くんは誰にでも優しい。手を捕まれて否応なしに引っ張られるようにベンチに案内される。


綺麗なハンカチを座るところに広げてくれた。


私は受けたことのない扱いに、照れて俯いた。でも、雰囲気で解った。


この男子生徒、狐だ。狐が人に化けてる。同類だ。私が正体を見抜けないとでも思っているのか。


早く逃げよう。狐と関わって、つらい思いしかしたことがない。


 声をかけられた所が周囲から目立たない所だったことが救いだった。手渡された肉まんに罪はない。罪なのはお腹が減ってる私に肉まんを差し出してしまうあなたよ、木津根くん。パクッと食べると秋を感じ自然と私は目を細めてしまう。急いで食べよう。

 

自分よりスラリとしたイケメン木津音くん。女子に大層人気がある。こういう人とは仲良くしない方に限る。やっと、自分のクラスの立ち位置を見つけた。


《勉強はできるけど、ぽっちゃりした、いじられ担当の引き立て役の脇役》


 キラキラ系男子、木津音くんと仲が良かったら女子は敵に周り、男子は質の悪い、からかいにまわる。


早く立ち去りたい。お礼をいって消えたい、走り去りたい。


「立貫さん、いつも難しい本読んで、静かで、格好いいよね。すごく知的で」


 笑ってしまう。格好いい?馬鹿なの?クラスメイトの、度が過ぎた、からかいにNOとも言えずに、薄ら笑いを浮かべて、良く解らないふり。


その私の最後のバリケードが本なのに。拙い懸命な褒め言葉ありがとう。

私みたいな、誰かに恋する資格もないような女子に対するイケメン男子の紳士的な残酷さ。でもここで嫌そうに下を向くのは、クラスでの私の陽気な鈍いキャラじゃない。


「わー!ありがと。肉まん大好き!でも、私自身が肉まんみたいだからー!ウケるー!ハハッ!」


 困った表情の綺麗な顔。踏みつけてやりたくなる。ほら、笑いなよ。


笑わないなら真実を突きつけられた困った苦い半笑いをしなよ。


こっちが身を削って笑いたくもないのに笑ってんだから!

私の心は傷だらけ。

誰かを呼んでる。泣きながら呼んでいるのに。


『助けて』


って誰かを。誰もいないのに。

 

けれど、私の思いを知ってか知らずか木津音くんは悲しそうな顔して、


「そんなんじゃないよ。………立貫さん、笑いたくないときは笑わなくていいよ」

「無理してないよ。私の事なんか気にしないで。ただ、ちょっと疲れ気味かな」


 語尾があがり、やはり笑う。笑いたくないのに。


「『なんか』なんて、やめなよ。俺、立貫さん、いつも物を丁寧に幸せそうに、綺麗に食べるから。偉いと思う。肉まん、美味しい?箸使い綺麗だし。家庭科でちゃんとお米を研げたの立貫さんだけだった」

「うん………」


 食べ物ばっかりの話。でも嬉しかったよ。でも木津音くん、ごめん。私やっぱり笑ってしまう。汚い笑顔をふりまきながら。

 毎日、夕方肉まんを持って現れては、怪訝そうな顔をする私に見つめられながらも、木津音くんは満面の笑みを浮かべる。

「ピーチとオレンジどっちが好き?」

 不思議な質問から始まって、一緒に半分した肉まんを食べる。

「肉まん食べ終わってから食べて」

 とても美味しい飴をくれた。そして、

「一緒に帰ろう」

 という。木津音くんは、毎日

『ピーチとオレンジどっち好き?』

 と私に嬉しそうに訊く。私は

『どっちも聞いたよ。それに、どっちも美味しいよ』

 と照れ臭くてって下を向いて口を尖らせて、不貞腐れて可愛くない顔で初めて笑って言った。


誰かといて久しぶりに心から笑えた。友達ても、同種の中でも、家族とでも笑えなくなっていたのに。『心から』笑ったのはあの日以来だった。

 


─────────────

私が『本当に』笑えなくなったのは幼い頃、好きだった──片思いしていた、狐のせいだ。


 あの頃父さんは仕事人間、仕事狸だったから、家のことを、全部済ましてから、中学校へ行っていた私。


母さんの看病、チビの妹と弟の世話、炊事、洗濯、掃除、勉強、スマホでの上っ面の友達付き合い。狸の姿に戻っての山の神様への神事。


神主さんは私を見るたび私を控えめに撫でる。神主さんの手は暖かい。

普段、狸や狐、他の霊力が高い動物は人間に化けて生きる。

その方が生きやすい。

特にその中で、神に近い霊力をもつ種、神に気に入られた容姿をもつ種は、純潔を守り神官や巫女になる。

私は巫女候補だった。


『神々しいのう。そしてこの毛並み……見事じゃ』


 神主さんは私のつやつやした毛を撫で唸る。その頃の私は始終忙しく頭がおかしくなりそうだった。


そんな時出会ったのがあの狐だった。昔、気を張ってばかりいた私を見つめて話をきいてくれて、


「白は頑張ってるよ。えらいな。少し肩の力を抜けよ。焼きそばパン半分食うか?じゃあ、ちょっと、先に聞かせて。白はピーチとオレンジ、どっちが好き?俺、すげぇ旨いもの飲んだんだ。だから白に、予行練習」

 


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