第19話
どれくらい経ったのだろう。
脚の切断面、その傷から燃える痛みに眠りを醒まされ三錠目を飲み込む。
初めに二錠飲んじまったが、一錠で全然効くらしい。
室内の饐えた匂いに六体の骸からジワ漏れする血と糞尿の匂いが加わり、エアコンディショナーの間欠作動の度に猛烈な激臭に苛まれる。
横に倒れている男、血に砕けた後頭部を見つめながら、自決用に一発残しておくべきだったと何度目かの強い後悔がこみ上げてきた。
いや、でも此処に居た人間だけで全員なんて思わないじゃん・・・
重力もあるし、絶対艦船か小型基地、せめてセーフハウス程度の規模はあると思っちゃうって。
室内映像や警報の鳴動、銃声なんかで直にゲリラの構成員が駆けつけて銃を握ったあーしを排除すんだろなんてなんとなくぼー、と考えてたらそのうちに意識を失って激痛で目覚める、を繰り返している。
見たくないが、ひざ下の止血状況を見る・・・うわ、めたくそ膨らんでるじゃん。
パンパンに張った止血フィルム。
ドレーン・・・穴を開けたいがなんも・・・って救急キットの射出機でいいや。
めたくそ小さな注射針を刺し、黒い液体を絞り出す。
鮮血が見えた所で、逆足もそうする。
なにか圧迫を感じる・・・と思いながら股ぐらを探ると、割いたあーしのスーツで左右の腿の付け根が縛られている。
恨むべきか感謝すべきか、なんとなしに横に倒れている男の血塗れ後頭部を見つめ、片側数秒ずつ緩める。
左を緩め、妙な痺れが太ももに広がったあたりで右に移り、両脚を縛りなおしたところで強烈な悪心が起こり吐く間もなく意識が闇に沈んだ。
『ゾラを開放してくれ』
暗褐色・・・4PB付近の髪色を馬糞のように固めたアタマの少年が、あーしを開放しろとのたまっている。
・・・ゲツ少年?
アニメの設定画のように斜め前方を向いた立ち姿。
「どうすれば出来る?」
口が勝手に動く・・・意識と肉体のインターフェースのシンクロがズレかけてる感じ。
つーか、そうよ。
ピュアな女の子の人生を返して!
つーか今どきのコたちってピュアとかつーかとか言うんだろーか?
いや、それよりも前世の、草林茂の人生により人間の半分を知ってしまったこのあたしは、ただ無心にパピプッペポ様を信じていたあの頃に戻れるのか?
『パピプッペポ・・・そんな変な性だったのか。ジローにしろシゲルにしろ、なぜゾラはそんな老害達に振り回されるんだ。ほんと歯がゆいよ』
心を読んどるなおぬし・・・それよか歯がゆいてどんな形容詞だっけ・・・歯が痒い、だけど掻いても固いだけで痒みが一向に治まらない・・・なんて苛立ちを修飾してんだっけか。
「パピプッペポ様は老害じゃありませーん。あーしは老害でドンピシャだけど」
『なあシゲルさん、あんた孫がひ孫をつくっちまうくらいの年齢なんだろ?孫やひ孫の娘さんにジジイが転生してくることに怒りは感じないのか』
「?・・・ああ、そう言われて想像してみれば、心底許せない怒りがこみ上げては来る」
『だったら消えてくれよ!今だって、もう既に十分以上にゾラのカラダを愉しんだろう?!そのまま正義の怒りを燃やしきって果ててくれよッ!』
両目から熱い涙が流れてゆく。
『うっ、あんたに酷いこと言っちまってんのは判る、でも』
「いやいや、違うチガウ!そこらのジジイが若もんから消えろ言われたって恐怖と寒さとベターっとした暗い怒りしか込み上げねえよw」
『じゃあ、なんで泣いてるんだ』
「お前の必死さがわかるからな。共感しちまうんだよ・・・俺じゃなく、ゾラが、だ」
『僕の心が・・・通じているのか?』
「報われない奉仕の虚しさと、その裏腹の大きな満足。女の生涯について回り、抜け出すこと敵わない・・・脳内報酬系の構造による薬理的、器質的な呪いからくる共感だよ」
いや、それ言っちゃ男女関係なく人間は化学反応による感情で動くロボットに過ぎない・・・て何ティーンの女の子みたいなコト言ってんだよ俺は。
『報われない・・・共感してる?ゾラには僕の気持ちが通じてるの?それとも通じて無いの?どっちなんだ!』
「ああ、その性急さ。懐かしいよ・・・男は結果ばかりを求める、わかるさ。俺もラブホの前でその日釣った女と随分モメたもんだ」
嫌なのか?好きなのか?はっきりしてくれ!!!!!
ラブホ前で逡巡する女をツめようと必死に捲る男の絵が浮かぶ。
勝率はむろん高かった。具体的な数字の開陳は国家安全保障上の秘奥()として伏せさせてもらう。
そして別れ話では逆に揉める。
常に生汚くその場の欲求のみを主張する感情を俯瞰して見つめ、疑問を持つところから人間はスタートする・・・なんてムスメが持ってたダイエットの広告で見たっけ懐い。
『なあ少年、そんなガッツいてちゃ女の子は離れていくだけだぞ』
横で延髄を破壊され死んでるハズのザイオン兵士がゲツの肩を抱く。
『なっ、なんだオッサン!馴れ馴れしいぞ』
『だから少尉殿、いきなり距離が近すぎますって』
壁際で死んでるハズの兵士達が朗らかに笑っている。
ああ、これは彼岸への旅路に現れるという・・・脳が酸素の消費を抑えるために現像する幸せのイメージを継ぎ合わせた妄想か。
『そうだ!あんた達も手伝ってくれよ!ゾラを、女の子をジジイから解放するんだ!』
目の前の男全員があーしを向く。
それなりにモヨオすもんが無いでもないが、叫ぶ。
「傾注!連邦宇宙軍地球圏特別機動戦隊ダナーンズ士官、ゾラ・ソラビアレである。階級は、中尉」
ちゅーい、つったとこで漫画やアニメのように全員が踵を鳴らし敬礼する。
あー、軍国主義的演出で敵方はこんな感じの軍礼って設定だっけ。
ゲツまでがつられ同じように手を挙げあーしに敬礼してて笑うwww
「のう、ゲツよ・・・お主、なんのかんの言っておるが、このゾラをコマしたいだけじゃろ?ワシのカラダが目当てなんじゃろ?」
ちょっと変なキャラが入ってしまった・・・いや、銃創で入院したときの看護士さんがこんな変な女だったっけ、奴か・・・
『ち、違います中尉殿!』
「いやいやわかる、わかるともゲツよ。ワシも男を65年も続けた身・・・女をベッドへ連れ込むための労は口で済むなら幾らでもしたわ」
カネ使うなら絶対プロのがいいからな・・・
『僕は本気だ!俗悪な欲得に溺れ切ったジジイなんかにあれやこれやと言われたくない!』
「本気だと?なら命も差し出せるかえ?」
『命だって?でも・・・』
「ほぉ躊躇するか。まぁ本気だなんだ言いつつ、借金だ病気だという女のブラフに心離れてゆくのもまた男のむべなるサガというのも承知。いや~~~俗悪じゃ欲得に溺れたジジイじゃとワシをディスりながらも結局ワシと同じじゃなあ少年よ」
『勘違いするな!ボクはもう、差し出せる命が・・・あるのか?』
「無いというならなぜそこに居る。男なら四の五の言わずにさっさと差し出せい!」
『今のままじゃゾラを守ることなんてどうしたって出来ない。・・・いいさ、やってやる。僕の命をジジイ!お前に差し出してやる!』
ジジ呼びは変わらんのか・・・まあええわ。
ゲツのシャウトに喝采を贈るジオ・・・ザイオン兵士達。
右から三番目の、若くゲツより頭一つ分は背の高い兵士を指す。
「お前、名は?」
『ライアンであります。階級は二等兵一般』
末端兵でもリーゼに搭乗できるんだっけか。
やっぱユニオンとは違って風通しよさそうだな~
「お前のカラダ、肉体を徴発する。当然精神も蘇ってしまうが、受け入れよ。これは命令である」
『ハイッ!公国軍人としてしかと拝命仕りました!』
マジかよ・・・
左手の、今や仇になりつつある()恩人を見る。
「少尉、部下を一名貰うぞ。事後承諾で悪いな」
『ふふ、奴はまだ童貞です。我ら男の夢を壊す事無きよう何卒のお願いを奉る』
「我は俗悪の権化。心置きなく全て任されよ」
ゲツを向く。
「では、ゲツよ。お前の命・・・・・・貰い受ける」
ワケ分らん夢は、そこで終わった。
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