おあとがよろしいようで。
珠邑ミト
おあとがよろしいようで。
(出囃子)
(メクリ・
(拍手。アスラ高座に出てくる。おざぶに上り、扇子は正面、藍で竜を白抜きに染めた名入りのおてぬは懐へ)
えー、
えー……、
今日はあれだね、物書きのセンセイ方が御客席に多いようだね。なんでも、カクだかヨムだかいうネットに素人が小説を書けるっちゅーやつの、九周年イベントがあったんだってねぇ? あら、皆さん方、そのコンテストの受賞者さんと。あらー、じゃあ将来は大先生にもなるってなもんだ。それなら今の内にサインを(言いながらおてぬを紙、センスをペンに見立てて持つ。客席笑う)……ふっふっふ……。
(アスラ、センスとおてぬを膝の上におき、小首を傾げつつ、黙ってじっと客席を見て笑う)
(まだまだ同じ姿勢で黙ったまま、にやぁと笑う。ばちばちと過剰に瞬きする。客席笑う)
――知ってますよ。読んでますよ。カクヨムでしょう?
私が大の怪談好きなの、皆さんもご存知でしょう? おや、ご存知ないと。あんたらなんで私がトリの席に来てんのさ。(小笑い)まあいいや。ちゃんと読んでますよ、ホラー。
『東海地方のある場所について』とかね、『
ちょっと何言ってんだい、ちゃんと買って読んでますよ。私ゃこれでも本屋さんからしたら上客なんだからね。
えー、今日はチケット切るときに、裏に好きな言葉を書いていただきました。その中から抽選で三つ、お題を選ばせていただきました。
が、それがまあなかなかのとりあわせじゃないの。「天下無双」「ダンス」「布団」ですってよ。時間も押してますからね、皆さん電車の都合があるだろうし、いきましょう。
(題目入り)
――客と言えば、真夜中に客が来た話がありましてねぇ。
場所はそれこそ東海地方のね、とある場所に、
こいつがひとつの神様を担ぎ上げて宗教団体をこしらえた。
この神様、名前を〈おてんとうさま〉といってね、元は日本の神様じゃあない。大陸から戦争のどさくさでこっちに渡ってきたんだが、これがまた、とんでもないおっそろしい代物で、女の身体から身体へと渡り歩くってんで。
それでね、この神さんをどの女の身体に下ろすかを決められるのは、神さんを持ってる女の旦那だけときた。何がどうは詳しく説明しませんが、
そうやって次の女を選ぶってんだから――まあ聞きようによっちゃあ艶っぽくもあるんですが。
さて、この天道会教。立地としては山の中腹に、ご神体をお守りするための神殿を儲けている。山の下は平地になっていて、山の際をずずずいっと一本の川が流れてござる。この川が平地を東と西とに分けていた。
西側のほうが古いんです。昔ながらの和風の御屋敷に田んぼやらソーラーパネルやら製麺所やら和菓子屋やら、まあ個人商店が多い。
一方の東側といえば、山はこちら側にある。田んぼがあるのは西とおんなじなんだが、平地側に古い家はない。つまり川沿いの、べたっと広がっとった田んぼを潰して、新しくそこに家を建てたってことですな。近隣にいくつか誘致された企業の工場があって、余所からやってきたそこの従業員が、そういうところの家を買って住むわけだ。
平地から山に向かって坂を上ってゆくと、少々古い家が出てくる。そこからさらにもうちょっと上がると、バブル少し手前ごろにできた住宅地と、道一本隔てて令和になってからようやく売られた土地の上に建てられた高級ハウスメーカーの家々が、仲良いんだか悪いんだか、微妙に調和の取れない佇まいで肩を並べている。
川を隔てて西の平地には古い家があり、東にはないというところで、察するものはあるというもので、ちょいと新聞を調べれば、大昔にあった台風のせいで決壊した川から水がどっちに流れ込んだか察せられるわけです。
西は、知っていて口を開かずと。
まあ、ローンを組んだあとで余計な差し出口を叩くのもね、よっぽど空気の読めない
まあそういうわけで、この川に先に名前があって、土地も同じ名でよばれるようになったという歴史があるというのを頭においていただいてですね。
とんとんとん。
真夜中に戸を叩く音がして、
「誰だ」
「お義父さん、私です。
来客は天下の義理の息子だった。
「入りなさい」
「失礼します」
すらりと引き戸を引いて総哉が入ってきた。
室内――といって、これは実は神殿の中なんですね。教団の本殿というもので、奥の方にはお誂え向きのまぁるい鏡と、その前にはご神体と思しき刀が安置されている。
総哉は天下と顔を見合わせてうなずくと、ご神体の手前に寝かされている二人の人間を見た。
一人はご遺体です。何枚にも重ねられた豪勢な真綿の布団でね、その上に女が一人寝かされていました。これは総哉の妻の
もう一人もまた女です。同じ真綿の布団の上に寝かされていて、こちらには息がある。こちらの名前はミサキと言いましてね、病弱で伏せることの多い都美子の代わりに家のことをするお手伝いさんで――まあ、代わりも勤めるというので、総哉とはねんごろの仲だったわけです。
そうです。この都美子にこれまで〈おてんとうさま〉が入っていて、これからそれをミサキに移そうというのですね。
「お義父さん。そろそろ〈おてんとうさま〉をお移ししましょう」
「ああ、そうだな」
「お義父さん。急がないと追手が」
「ああ、わかっている」
「お義父さん」
「ああ」
「私もうやりますからね? 都美子の身体が傷みだす前にお移ししないと、〈おてんとうさま〉が解放されてしまうのでしょう?」
「ああ、わかっている。わかっているんだ。だが、それでも妻が守り、妻から娘へ受け継いだ〈おてんとうさま〉を――こう言ってはなんだが、君の愛人に譲り渡すというのはな?」
「お義父さんその話は」
「聞きなさい。理屈では分かっていても心では納得できないものなんだ。わかっている。――そうだな。時間がない、はじめよう」
「はい!」
喜色満面で総哉がミサキの下へ向かいかけたその時、
とんとんとん。
再び戸を叩く音がして、
「誰だ」
「お父さん。僕です。純一郎です」
来客は天下の息子だった。
「入りなさい」
「失礼します」
すらりと引き戸を引いて純一郎が入ってきた。
「失礼ながら、話は外で聞かせていただきました。お父さんのお気持ちはもっともです。僕も母さんから都美子が受け継いで、家族で護ってきた〈おてんとうさま〉を――こう言ってはなんですが、義理の弟の愛人に譲り渡すというのは」
「そうなのだ、純一郎。それで私も踏み切れずにいる」
「そこでご提案なのですが」
「なんだ」
「私がミサキさんの配偶者となるのはいかがでしょう?」
慌てたのは総哉だ。
「純一郎さん、あなた何を言ってるんですか」
「いやいや総哉くん。元々君は赤の他人の入り婿だ。その君が引っかけてきた愛人に〈おてんとうさま〉を納めようものなら、これはもはやお家と神様の乗っ取りではないか。だったらば、妹から〈おてんとうさま〉を移した女性と僕が結婚することで全ては丸く収まるじゃないかね」
「確かに……」
「ちょっと待って下さいお義父さん! そんな今更殺生な! 話が違います!」
「しかし、これならば筋は通る」
「通りませんよ! ミサキの気持ちはどうなるのですか⁉ 私の都合いや彼女の意志を無視していいとは私は断じて思いません」
とんとんとん。
みたび戸を叩く音がして、
「誰だ」
「お爺さん。ぼくです。
来客は天下の孫だった。
「入りなさい」
「失礼します」
すらりと引き戸を引いて無双が入ってきた。
「失礼ながら、話は外で聞かせていただきました。ミサキさんのお気持ちをというならば、その配偶者にはどうぞ、ぼく、天下無双をお選びください。ぼくとミサキさんは愛しあっています」
「なんと! どういうことだ」
「無双! お前何を言っている⁉」
「そうだ! ミサキさんと愛しあっているとは、どういうことなんだ無双くん!」
「ふふふ、一家の父親の愛人として不遇をかこっていた女性と、本妻とその前夫との間に生まれた二十六歳と若くて美男のぼくが、一つ屋根の下で共に暮らしていれば――それはそうもなるでしょう?」
「なにをっ、許せん!」
「無双くん! 抜け駆けはずるいですよ!」
「愛は全てに勝るんですよ!」
喧々諤々後継者争いで、男三つ巴のつかみ合いの取っ組み合い。天下が腕を組んでううんと唸っていると。
とんとんとん。
よたび戸を叩く音がして、
「誰だ」
すらりと戸が開いた。
「警察です。天下都美子さん殺害容疑で皆さま御同行願います」
さあそれから真夜中の大捕り物。最終的には全員とっつかまって、ぴーぽーぴーぽーが川沿いに走って行ったワケでございますが、さあて、ところでこの川と土地の名前をお教えしておりませんでしたね。
ダンスですよ。
その流れにのって、自由になった〈おてんとうさま〉はまた遠くへ流れて行かれたやらそうではないやら。
(座布団をはずして叩頭)
ありがとうございました。
(幕引き)
(跳ねる)
おあとがよろしいようで。 珠邑ミト @mitotamamura
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