2025.3.28 戦慄! 湘南しこふみ夫人 VS アントニオ●木 

「アナタ、高校生の恋愛模様をデバガメしてる場合じゃないでしょう?

 四股を踏みなさいよ! 四股を!!」


 マダムの叱責で、はっと我に返った私。

 気持ちをひきしめ、四股踏みを再開する。


 戦争――

 米不足――

 増えない貯金――

 増える抜け毛――


 四股を踏むたびに、そうした懊悩が心から消え去ってゆく。


(ワオ……ビューリホゥ……イッツ ゼンマインド……)


 かくして、私が世界の真理に目覚めんとしたまさにその時――



「元気ですかー!!!」



 大気を震わすほどの絶叫が、耳元で響き渡る。

 驚愕のあまり、文字通り腰を抜かしてしまった。


 呆然と見上げると、そこには見知らぬオバサンが立っていた。


 マスクで顔は見えないが、カッと見開かれたまなざし。

 真っ赤なコート、千々に乱れてボウボウの長髪。


 明らかにただものではない。


 彼女は、近くに転がっていた流木のところまで駆け寄ると、大音声を上げた。


「元気ですかー!!!」


 どうやら、目につくものすべてに闘魂を注入しているようだった。


(!?)


 そのとき、私の第六感が告げる。

 この御方は、私の同類――それも、私のはるか先を行く存在であると。


 私がその身にマダム・シコフミの生霊を宿しているように、

 彼女もまた、アントニオ●木の御霊を降ろした巫女シャーマンに違いなかった。


 間もなく彼女は、先ほどの高校生カップルをロックオンすると、イノシシのような勢いで駆け出した。


「元気ですかー!!!」

「元気ですかー!!!」

「元気ですかー!!!」

「元気ですかー!!!」

「元気ですかー!!!」

「元気があれば、なんでもできるッ!!!」

 

 巫女様は、二人のことをたいそう好ましく思われたご様子であった。

 だからといって、通常より5倍増しの闘魂を注入されてはたまらない。

 

 アワレな若人たちは、なすすべもなく逃散したのであった。


 心の中のゲヒ殿がささやく。

(トンビのウ●コ爆弾も悪くないが、こういう展開も乙でござるな ゲヒヒヒヒ)


 私も、満足げにうなずきかえす。

(あの二人、手をつなぐたびに、今日のことを思いだすでしょうな ゲヒヒヒヒ)



    § § §



 シャーマンとカップルが去った海岸は、ふたたび静けさを取り戻した。


 四股に対する情熱は、一過性の熱病であったかのように、きれいさっぱり消え失せていた。

 私に憑りついた生霊は、さきほどの闘魂注入にビビッて退散してしまったらしい。


 無理もない。

 近所の有閑マダムと元UNヘビー級王座とでは、明らかに霊格が違い過ぎた。


(さよなら、湘南しこふみ夫人……)


 私は、心の中でそっと一筋の涙を流したのであった。

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