第3話
「そういえば、ひとつお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
美人は改まった様子で、俺の目の前に正座して座り込んだ。美人は俺の顔をじっと見つめた。何度見ても彼女の顔は非常に整っている。
「どうぞ」
「あなたは藤田香織という方をご存知ですか」
俺は目を見開いた。藤田香織。それは俺の母親の名前だった。なぜ目の前の美女が俺の母親の名前を知っているのか。
そういえば俺は、昨日眠る前に美女に自分の生き別れの姉ではないかを確認するつもりだったんだった。
「はい、まぁ。知ってますけどそれがなにか……」
俺は自分からはっきりとは言えずに、相手が話を進めるのを待つようにして話すことにした。
「私の、母の名前なんです。父と母が別れてからずっと探していて。ここのバスタオルの柔軟剤の香りが、私の幼少期の柔軟剤と同じ匂いだった気がして。だからもし違ったとしてももしかしたらって思って」
「…きっと俺は、あなたの弟です」
美人は目の前で、豆鉄砲を食らった鳩のように驚き、固まってしまっていた。
俺は、美人に向かって過去に姉がいたこと、母親に「姉は死んだ」と知らされたこと、父親と母親が離婚したようだったこと等諸々すべてを洗いざらい話した。
「父は死んだの」美人は重い口を開いた。
彼女によると、俺と彼女の父親は去年胃がんで他界したらしい。確かに、昔から母から父は酒飲みだったと聞いていたから、なんとなく腑に落ちた。
「父は最期に言ったの。あなたのこと、ずっと後悔してるって」
彼女はなんだか寂しそうだった。それもそのはずだ。長い間二人で生きてきた大切な家族が亡くなったのだから。
「でもよかったわ。あなたに会えて。私もう帰るから、ずっとここにいる訳にはいかないものね」
彼女はそのまま立ち上がると玄関の方へと歩みを進めていった。
「待って」
俺は鍵を開けて出ていこうとする彼女の手を思いっきり握り、引き留めた。なぜだか体が勝手に動いていた。
「また、会いましょね」
俺は殴り書きの手帳に書いた電話番号をちぎって彼女に渡した。
なんとなく、彼女にはここで引き留めなければもう永遠に会えない気がしたのだ。
数日後。
彼女は自殺した。
C U 月ヶ瀬 千紗 @amamiya_rain
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