第7話 大切なものはどこへ

「ねぇ、どうやって倒したの! 相手はドラゴンよ! 王国の騎士団千人がかりで追い払うのがやっとの相手を一人で倒したなんて、ありえないわ!」


 帰りの馬車の中、目を覚ましたフィオラが俺に詰め寄ってくる。


 今回は対面して座っているわけではなく、隣に座って言うものだから、さらにドキッとしてしまう。


 ……相変わらず距離が近い。


 フィオラは下山後も、中々目を覚まさなかった。


 あまりにも目を覚まさなかったから、途中で回復魔法もかけてみたのだが、今まで目を覚まさなかったのはよほど疲れていたのだろう。


 素材も大量に集めていた。下山時にフィオラが集めた素材が入ったカゴを持って見たのだが、フィオラよりも重かったから、頑張って持っていたようだ。


 それに、ドラゴンと対面したこともある。肉体的にも精神的にも疲れが溜まっていたのだろう。


 俺がフィオラを抱えて下山するものだから、御者は勝手に勘違いをした様子で、お疲れ様でしたとサムズアップをされ、何も聞かずに街へと馬車を走らせていた。


 御者のことは伝えず、主にドラゴンを退治したことの成り行きを話したことの反応がこれだ。


 俺は異世界で勇者としてドラゴンを倒して来たから、あの程度のドラゴンは余裕だったといっても信じてもらえないだろう。


 適当に濁すことにする。


「結果なんて気にすることじゃないだろ。それよりも、素材は手に入れたんだ、次はフィオラの番だぞ」


 話を変えるようにして俺が言うと、フィオラが自信なさげに「わかってるわよ」と口を尖らせながら言った。


 フィオラは、駆け出しの魔法使いだと言っていた。ヘルナの病気を治す薬はかなり難易度が高いもので、あまり自信がなさそうだ。


 自信がないからか、ヘクセルに頼ろうかな、などと言い出したものだから、それはすぐさま首を振って制する。


 尊敬していると言っていたから、ヘルナのことを狙っていることは伏せて。


「ヘクセルに頼るのは筋違いだろ。ヘルナを助けたいのは、フィオラの気持ちなんだろ? だったら、難しくてもできる限りのことはやってみるんだ。俺が手伝えることはするからさ」


 ヘクセルを頼ると、あまり良い結果にならないだろう。仮にヘルナの病気が治ったとしても、ヘクセルが付きまといかねない。


 その事態だけは阻止しなければならない。


 ただ、俺には薬なんて作ることはできない。ここは、フィオラに頑張ってもらうしかない。


 フィオラは俺の説得を受けたからか、それとも、ヘルナの顔を思い浮かべたからだろうか、少し沈黙した後で頷いた。


「そうね……そうよね! ヘルナの病気を治すのは私の仕事よね! ウィル、ありがと。ここからは私の出番、頑張るわ!」

「その意気だ」


 馬車が停まった。どうやら、アルハイルブルグまで戻ってきたようだ。


 馬車から降りると、あたりはすっかり夜の帳が下りていた。静かだ。風で揺れる葉の音が心地いい。


 とはいえ、外だからからだろうか、何かに見られているような、ジトッとする感じはあまり気持ちよくない。


 気配の方を向くと、何か白いものが動いたように感じた。あれは、などと思っているとフィオラが言った。


「ウィル、本当にありがとう。まさか、ドラゴンの素材を手に入れられるなんて夢にも思ってなかった。ヘルナの病気を治せるかもしれないなんて……」


 頭を下げているフィオラ。地面には滴が垂れている。


 こう言う時に気の利くセリフを言えればいいのだが、あまり良い言葉が思いつかない。


 このような場数を踏んだ経験は少ないからだろう。


 御者さんは、ニヤニヤした様子で俺のことを見てくるばかりである。馬もヒヒーンと、何かを訴えてくる様子。


 ……はぁ。


 空を見上げると、星がこれでもかと言うほど綺麗に輝いていた。



 翌日、俺はフィオラのアトリエに向かっている。フィオラの店は街の東側にある職人通りの魔導士ギルドのそばにあるとのこと。


 気を失ってから数日間眠っていたとはいえ、夜から薬を作るのも大変だろうという話になり、今朝から作るとフィオラは話していた。


 その点で言うと、俺が寝過ごして八時ごろ行くと言ったのだが、時刻は十時で、二時間も遅刻してしまっている。


 俺も疲れていたのかな?  


 まぁ、疲れた頭で手伝って余計な失態をするぐらいなら、しっかり眠れたのは良かったのかもしれないが、遅くなったことはしっかりと詫びようと早足で歩く。


 目標の魔導士ギルドはすぐに見つかった。


 冒険者ギルドと同じような建物だったからすぐにわかった。


 入り口につけられている紋章が、冒険者ギルドの剣と盾の紋章ではなく、魔法陣という違いはあるが。


 フィオラのアトリエは、魔導士ギルドを正面に右側に進んだ井戸のある家だと言っていた。


 言われた通りに進んでいくと、井戸のある家がすぐに見つかった。看板も『フィオラのアトリエ』と書かれているから、間違いない。


 建物はこじんまりとしているが、女子の店だからだろう外装は綺麗だ。


 とはいえ、入り口のドアのそばにある窓が割れているのが気になる。綺麗な外見でそこだけが目立つ。


 気になりつつも、家の扉をノックする。


 ……応答がない。


 留守か、それとも薬作りに集中しすぎて気が付かないか? 


 もう一度、今度は「おーい」と声をかけてからノックするが、やはり応答がない。


 窓から覗き込むのも、顔見知りとはいえ、女の子の家だからあまりしたくはない。


 試しにドアを押すと、鍵はかかっていなかったようで、すんなりと空いた。


 まずいかなと言う気持ちもあるが、なんだか胸騒ぎもする。心の中で、失礼します、と言い扉の奥に目をやる。


 扉の奥には、まず、お店らしく小さなカウンターと見たこともない薬や道具陳列されているのが目についた。綺麗に並べられているのは、さすがは女子だ。


 その奥には、ぐつぐつと大きな鍋が音を立てているのが見えた。そして、その前にフィオラがいた。呆然とした様子で、へたり込んでいるように見える。


 目には涙を浮かべて。


 何かあったのは確実だろう。駆け寄って声をかける。


「フィオラ、どうした? 何があった?」


 俺の声にようやく気付いた様子で、フィオラが俺の方を向くと、安心とも取れるような顔をしたかと思ったら、目から涙を溢れさせた。


「ウィル、ごめんなさい! 私がもっとしっかりと管理しておけばよかった……」


 話が飲み込めない。


 落ち着くように促すも、俺が来たからか、今まで溜め込んでいたであろう涙がとめどなく溢れて言葉にならない様子だ。


 フィオラを椅子に座らせ、落ち着くまで待つ。


 静かな部屋に、フィオラの泣く声が響く。


 何か声をかけた方がいいかと思うが、何があったかもわからないから、適当な言葉をかけるのもよくないと思い、傍らで見守ることしか出来ない。


 本当に、こう言う時に気の利いた言葉をかけることができないのがもどかしい。


 数分して、少し落ち着いたフィオラが口を開いた。


「……ウィル、どうしよう。せっかく、ウィルが手に入れてくれたドラゴンの素材がないの」

「えっ……?」


 フィオラの言葉に俺は言葉を失った。


 フィオラの話では、昨晩店に戻ると、大きな鍋のそばの机の上にヘルナの病気を直す薬の素材である薬草に加え、ドラゴンの素材を準備して眠りについたとのこと。


 だが、朝起きるとその材料が薬草をのぞいて無くなっているとのことだった。

 

「ドラゴンの素材は貴重なものだから、もっとしっかり管理しておけばよかったのに」


 悔しそうな声を上げるフィオラ。


 その様子を見て、奥歯を噛み締める。


「いや、フィオラのせいじゃない。盗んだやつのせいだ」


 再び泣き出してしまったフィオラに声をかける。


 こんなことをした犯人は許せない。


 拳に自然に力が入る。


 体の周りに溢れ出た魔力による電撃がバチバチ音をたてる。


 ……絶対に犯人を突き止めてやる。


 店を出て行こうとして思いとどまる。


 そうだ、闇雲に探したところで見つかるはずもない。冷静に考えよう。深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


 まず、犯人はどうしてドラゴンの素材を盗んだのだろうか。というか、どうしてフィオラがドラゴンの素材を持っていることを知っていたのだろう。


 このことを知っているのは、俺たち以外にはいない。


 御者も俺たちがブレンネン山に行くことは伝えたが、ドラゴンを倒すことは伝えていない。変な勘違いをしているだけだ。


 そうなると、誰が、フィオラがドラゴンの素材を持っていることを知っているんだ。


 いや、正直なところ心当たりはある。だが、確信じゃない。フィオラのアトリエに何か犯人の手がかりがないか、確認してみよう。


 まず気になったのは、外からでもみて気付いた窓の違和感——窓が割れている状況だ。


「窓はもともと割れてたわけじゃないよな?」

「うん、多分だけど窓ガラスを割って入ってきたんだと思う」


 フィオラに尋ねてみると、やはり窓ガラスを割って、室内に侵入したようだ。そこから音も立てずに、ドラゴンの素材を盗んだのだろう。


 窓の下にはガラスが飛び散っている。外から割って入ったのだろうが、ガラスの破片のそばには割ったものの正体は落ちていない。

 

 ただ、窓にはこれみよがしに、薄汚れた白い布の切れ端がついているのが見えてしまった以上、心当たりが確信になった。


「……全く、ひどいことをする」

「ウィ、ウィルどうしたの? なんか、体の周りがバチバチ言ってるけど?」


 人にはいろいろな事情がある。だから、それを知らない限り怒るのはやめた方がいいのかもしれない。


 たとえ悪いことをしても、事情を知れば、その人のことを慮りたい気持ちが芽生えるかも知れない。


 こんな状況を見てしまったから、怒りたくなってしまうが、まだだ、と自分に言い聞かせ深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


 ……一旦落ち着こう。


「……なんでもない。ところで、ヘクセルの店ってここから近いか?」

「う、うん。私のアトリエを出て右手に進んでいくと見える大きなお店だけど、どうして?」


 不思議そうに尋ねてくるフィオラの質問に今は答えたくないから、スルーをして、伝えたいことだけを伝えることにする。


「とりあえず、フィオラは薬作成の準備をしてくれ。すぐに戻ってくる」

「えっ?」


 というフィオラの声を背中に聞いて、俺はヘクセルの店に向かった。

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