第2話 屋敷でも追放

「ローズマリー。貴様との婚姻関係は破棄だ。今すぐ二人の子供を連れて出ていけ!」


 はあ、そうですか。それはそれはありがとうございます。


 私は心の中でそう思ったのですが、そんなことは顔には出さないようにして夫の顔を見つめていました。


 大好きだった主人が事故で亡くなって2年。

 信じていた義叔父に裏切られ伯爵家を乗っ取られたのが1年前。

 そのまま今の夫の所に側室として嫁がされたのが半年前。


 夫は私の見た目幼い容姿が気に入らなかったのか、手の一つも出さずに今に至る。


「モンド家の血を引いたガキなら、何らかの能力やギフトが授かると思っていたが、なんだヤツの『ルゥ』とかいうふざけたギフトは! 俺のダンジョンと領地に降りかかる災難じゃないか! お前たちは厄災だ! 早く領地から出ていけ!」


 ワーワーワーワーうるさいですわ。どうやらダンジョンで倒した魔物のドロップ品が全て土塊になったのが、ルーデンスのギフト『ルゥ』のせいだって言いたいのね。ボスのドロップまで土塊になったのですって? まあ、いい気味ですわ。


 粗野で横暴な今の夫とその周辺。とっとと出ていきたいと思っていたのですわ。


 ……とは言っても病弱な娘を連れて、貴族の生活もできない平民として私はどう生きたらいいのでしょうか。


 体を売ってまで生きていくことはしたくありませんわね。


 とにかく今は持てるだけのお金を……夫の隠し財産のある場所からばれない程度もらっていかないと。


 元夫の形見のマジックバック。この世にいくつあるか分からない希少品。

 ばれないように使ってきたけど、今回は役に立ちそうですね。


 出ていくために身の回りの整理の時間を一時間だけもらいました。その間にばれないように金貨と宝石をバックに隠しいれたのです。我ながらよくできました。



 カバンの中を調べられましたが、私たち以外には底の向こうに入れたものは取り出すことができないですし、探すことも無理なのです。普通のカバンに入るだけの荷物を隅々まで調べられてから追い出されます。


 今はどうしようもありません。ですがルーデンスの事は心配です。とにかくダンジョンに向かわなくてはいけません。


 領地から出ていく代わりに、息子を迎えにダンジョンまで連れて行って欲しいと言ったら、「そこで野垂れ死んでもらうのも一興だ」と快く馬車で送ってもらえました。町中にいられるのすら嫌だったのでしょうね。


 娘のリューが「ゴホンゴホン」と咳をしています。そのせいもあるのでしょうね。


 ダンジョンの前で降ろされ、「明日もいたら殺す」と告げて馬車は去っていきました。

 ルーデンスは大丈夫でしょうか。まあその前に私達もピンチなのは変わりないのですが。


 とにかく火を。たき火を起こさないといけませんわ。


 ゴホゴホと咳き込んで、具合の悪い娘を見守りながら薪を集めます。私は弱いだけの火魔法「ファイア」の呪文を唱えました。


 指先にわずかな炎が揺らいでいます。油気の多い針葉樹の落ち葉に火を移して、枯れ枝を燃やしました。


 火は尊いものです。獣除けにもなるし暖も取れます。調理をすることだってできるのです。私は調理をしたことはありませんけれども。


 ルーデンスがいればきれいな水も手に入るのですが。

 あの子の魔法では水はいきなり熱湯になってしまうのですが、冷ませば何も問題がないのです。このような場所では綺麗な水は貴重品です。量はそんなにないけれど生きるためには十分ですね。


 私の家系は魔力が弱いのです。戦闘向きではないので生活に役立つように魔法の使い方を考えてきた伝統があります。

 戦闘で魔法を使う皆様からは、おかしな目で見られていましたが便利なのですよ。


 しばらく待っていると、狼がダンジョンの入り口から出てきました。


 これで最後なの? そう覚悟を決めた時、ルーデンスも一緒に現れて狼の頭をなでています。


「母さん、リューまで! どうしたの? まさか!」


 ルーデンスが私達に向かって駆け寄ってきました。


「ルー兄さま。よかった」


 娘のリュミエルが抱きかかえられたまま安心したのか泣き出しました。

 私も一緒に泣いてしまったではありませんか。


 緊張がほぐれ、ひとしきり泣いた後、ルーデンスが経験したこと、館で行われたことをお互いに話しました。狼はフェンリルで友達になったそうです。


「そうだ、これを飲んでみて」


 ルーデンスは鍋にお湯を張りました。


「これが僕のスキル『ルゥ』のせいで出るドロップアイテムなんだ。お湯に溶かすと不思議な飲み物になるんだ」


 私はどこかで見たような、不思議な土塊を手に取りました。


「こうして溶かすんだ」


 お湯の中に土塊を入れました。ルーデンスがお玉でかき混ぜます。

 不思議な、しかし懐かしい匂いが辺り一面に広がります。


「飲んでみてもいい?」


 匂いにつられ、たまらなくなった私は、お玉から直接スープを飲みました。

 その瞬間、頭の中に音楽が鳴り響いたのです!


『♫VER・モンド家の香麗かれいなルゥ

 ♫アップル&ハニーも仲良く混ぜ混ぜ

 家名! ♫VER・モンド家の・カレー』


 懐かしい音楽が頭の中で響きます。ん? 懐かしい? こんな妙な音楽は今まで聞いたことが……? いえ、この曲は……家名はなぜ叫んで言うの? 家名? かめいといえば家の名前……家?……あっ!


 その時、頭の中に映像が押し寄せるように流れた。

  給食のカレー。

  調理実習で作ったカレー。

  ファミレスのフェアで食べたタイカレー。

  インド料理店のキーマカレー。

  カレー専門店でトッピングだらけにしたカレー。

  近所の食堂のカツカレー。

  レトルトパックのサクランボカレー。

  カレーうどん。

  カレー南蛮。

  カレーパン。

  …………。

  …………。

  …………。

 たくさんのカレーの画像と幸せな記憶が再現される。


 そして、


 お母さん? と作った、普通の、ごくごく普通のお家カレー。

 家族で食べた幸せの食卓。

 カレーが出た日は、みんなテンションがあがった。

 にこにこの笑顔で進む食事風景。


 そうだ。カレーを作る時、あの人が必ず口づさんでいた歌。

 あの人? 誰だっけ。お母さんかな、


 そこに必ずあったカレールゥの箱には、エントツが長く伸びたお家のマーク[h]が印刷されていた。





 思い出した! あたしは麻里。丁香ちょうこう麻里まり。高校2年生の夏までの記憶があるけど……。もしかしてこの世界に生まれ変わったの? うん。ローズマリーさんの記憶もある。だけど……。今は麻里の人格だよね。それにこれ、カレーだよ。土塊って言っていたのはカレーのルゥ。そうだよね。カレーだよカレー。カレー祭りじゃない!


 っていうかVER・モンド家のカレーって! アップルとハニーが混ぜ混ぜって! そのままじゃないの!


 勝てる! 生きていける! 聖獣フェンリルまで仲間につけて! これラノベでいうところのチートてやつよね。


 こんなかわいい息子と娘。それにカレールゥ。生きていける! 生きていけるよ! 幸せになろうよ!


 あたしは大声で笑っていた。


「あはははははははは」


「どうしたの母さん!」

「お母様が、おかしくなった!」


 あ、そうね。久しぶりのカレーでテンションが上がりすぎた。子供たちが心配している。


 あたしは中身は女子高生の麻里だけど、この子たちにとっては母親のローズマリーなんだよね。心配かけたらいけない。


 ローズマリーの記憶も気持ちも体に残っている。ローズマリーは別人とかじゃないんだ。確かにあたしがローズマリーとして歩んだ29年の人生は間違ったものではない。この子たちを思う気持ちは本物だよ。記憶も礼儀作法も倍になったと思おう!


「大丈夫ですよ。ルーデンスにリュミエル。お母様は嬉しくなっただけなのです」


「嬉しくなった? なんで?」


「ルーデンス。あなたのギフト『ルゥ』は素晴らしいギフトです。お母様と一緒に世界を変えましょう」


 食の世界を変えることができる! ラノベによくある飯マズ世界なんだよね。


「ほら、このスープを飲むと体が温まるでしょう。カレーに使われる香辛料は薬のかわりにもなる素晴らしい成分を含んでいるのよ。リュミエルも飲んでみなさい」


「うむ。この料理はカレーというのか。儂の魔法に反応して古傷を直しおった。魔力に反応し、怪我や疲れを直すようだな」


 聖獣様の解説いただきました! ラノベそのままの世界ですよ!


「辛い! 喉が痛い! おいしくない!」


 痛い? 咳で喉が荒れているせいかも。それに子供には辛いのかな? まだ6歳だし。でも食材はこれしかないし。


 味が感じられないほど薄めないと口にしない娘は、それでもカレーの効果で少しだけ体調がよくなったみたい。


「明日の朝、見回りに来た者に見つかると殺さるから、すぐにここを離れないといけないわ」


 二人にそう告げると、「儂が追い払ってやるぞ」とフェンリルが言ってくれた。

 でもあれじゃない? フェンリルなんて見つかるとヤバいよね。


「聖獣様が見つかればそれはそれで大騒ぎになるわ。ルーデンスのギフトに効果があることがばれても大変なことになるでしょう。とにかく他領まで行かないといけないの。最終的には他国まで行かないといけないわ」


 そう。ルーデンスのギフトが有能だと分かれば、ルーデンスはこき使われ私と娘だけが引き離されて追放される。そういうことをやる男だ。


「でもここから街道を通っても、街に着く前に夜になってしまうよ」


「それなら儂が守ってやろう。主を護るのは従者の役目。儂がいれば魔物は近づきはせんだろう」


 心強い言葉に私達は感動した。


「ありがとう。でも僕たちは友達だ。主じゃなくルーって呼んで」

「分かった。ルーよ。そしてルーの母君、妹君。儂の事は聖獣様ではなくルナと呼んで欲しい」


「分かった、ルナちゃんね」

「ちゃん付けか。まあよい」


 娘が「よろしくルナちゃん」と抱きつきにいった。


「まあリュー。失礼ですよ」

「まあ良い。ルーの妹だから許そう」


 優しい目でリューを見ているわ。ルナ様ってって思ったより子煩悩?


「ありがとうございますルナ様」

「様か、まあ良しとする。母君」


「ありがとうございます。では私の事はマリーとお呼びください」


 ローズマリーと麻里。二人の記憶が重なる名前を呼んでもらうことにした。


 わたしはこれからこの子たちの母親として、そして日本人の記憶を持った麻里として、二人分楽しく生きて行ってやる! みんなで幸せになるよ!

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