4.ハザマちゃん

 ……優しい幽霊の話ぃ?


 そんなの聞きたがるなんて物好きだね、おにーさん。この飴食べる? 美味しーよ。

 それで、優しい幽霊、だっけ……ちょうどいい話、あるよ。今から一年前くらいかな?


 ウチね、目が覚めたら森にいたの。


 もう、すっげー森。見渡す限り木で、なんか自然のいい匂いがすんの。それでね、顔を上げると、太陽見えるんだ。でもその太陽、青っぽいの。あはは、変でしょ?


 あれ、何してたんだっけ、って考えた。でも、全然思い出せなくて。森に来る前の最後の記憶も、曖昧な訳。家にいたような気もするし、サークルに顔出してたような気もするし、バイト行ってたような気もした。わかんなかった。


 ちょっと怖かったけど、焦ってもしょうがないから、歩いてみることにしたの。景色が全然変わんないから、もしかしたらずっと同じ場所彷徨ってるかもな、ウケる、って思いながら、いっぱい歩いた。


 そしたらね――なんか、神社、見えてきたの。


 すっげー大きな、真っ赤な鳥居があった。まあ、くぐってみるかと思って、くぐってみた訳。そしたら、なんかでっかい広場が広がってて、奥の方にはふっるい建物があって。


 もしかしたら誰かいるかな? って思って、ウチ、話しかけてみたの。「あのー」「すみませーん」「誰かいませんかー」「迷っちゃってー」返事なくて、はあって溜め息ついたとき、とんとんって腰の辺り叩かれたの。びっくりして振り返ったら、ちっちゃい女の子がいたんだ。まだ小学校低学年くらいの歳に見えた。巫女服着てて、ながーい黒髪で、目は浮かんでる太陽みたいに青っぽかった。


「だ、誰?」って尋ねた。そしたらその女の子、にこって笑って、答えてくれた。「ハザマ」って。


 ハザマちゃんはそれから、「おねえちゃん、あそんでくれる?」って言って、さっきまで持ってなかったはずの真っ白なボールを投げてきたの。ウチ、びっくりしてさ、でも子ども好きだから、「いーよ!」って言って、受け取ったボールをぽおんって投げ返した。ハザマちゃん、嬉しそうだったなあ。

 ボールのやり取りをしながら、ウチ、ハザマちゃんとお喋りしてたんだ。


 ――ハザマちゃんって年いくつなのー?

 ――それって、かぞえるものなの?

 ――ふつー、数えるよ! ウチはちょうどハタチ! 大体どんくらいかもわかんないの?

 ――うーん……はっぴゃく、とか……?

 ――あははっ、マジー!? ハザマちゃんめっちゃ年上じゃん! ウケるー!

 ――おねえちゃんは、げんきだね。

 ――え? ふつーじゃない?

 ――そうかなあ? あんまりげんきじゃないひとも、いっぱい、くるよ。

 ――ここ、ウチ以外にも誰か来ることあんのー?

 ――あるよ。ほら、いっぱい、のこってるでしょ?


 ハザマちゃんはそう言って、ぐるーっと広場を指さしたの。言われてみれば、そこにはいっぱい、白いボールが転がってた。白い細長い風船みたいなのも転がってた。さっきまでなかったはずだけど、気付いたらいっぱいあった。何だか、きれいだった。


 それから長い時間、ハザマちゃんとボール遊びしたんだ。投げて、返ってきて、また投げるだけの遊び。それだけだとさ、すぐ飽きちゃいそうっしょ? でもね、全然、飽きないの。どうしてかわかんないけど、すっげー楽しかった。ずっと、永遠に、ボールで遊んでられるような気がしたんだ。


 ――そういえば、ハザマちゃん!

 ――なあに?

 ――ウチも、いつか、白いボールみたいになっちゃうの?

 ――なんで?

 ――だって、「のこってる」って言ってたじゃん! だから、ウチも、残るのかなって!

 ――ハザマは……おねえちゃんに、こんなふうに、なってほしくないよ。

 ――え、そうなの?

 ――そうだよ。おねえちゃんだけじゃない。だれにも、こんなふうに、なってほしくない。

 ――それって何で?

 ――だって、こんなふうになったら、もう、ハザマとあそんでくれない。


 ハザマちゃんの青っぽい目、すごく、寂しそうだった。


 ――それじゃあ、ウチがずっと、遊んであげる!

 ――え……?

 ――白いボールみたいになんてならないで、遊んであげるよ! それならハザマちゃん、寂しくないっしょ?

 ――そんなこと、できないよ。

 ――できないの?

 ――うん。ここにずっといるってことは、しろくなることだよ。

 ――あちゃー、そうなんだ……

 ――そもそもさ。

 ――ん、何?

 ――おねえちゃんにも、むこうに、だいじなものが、あるんじゃないの?


 そう言われて、ウチは「大事なもの」について思い出そうとしたの。でも、家族も友達も、幸せな日常も、何だか全部どうでもいいような気がした。ハザマちゃんと一緒にいる方が、何百倍も、楽しいような気がしちゃったんだ。


 ――あったっけなー……正直、あんま思い出せないや。

 ――そうなの?

 ――うん! だから、ウチ、ここにいるよ!

 ――え。

 ――ハザマちゃん、その方が嬉しいっしょ?

 ――そうだね……うれしい。

 ――ね! そうでしょ!

 ――でも……いやだよ。

 ――えっ?

 ――たぶん、おねえちゃんは、だいじょうぶだから……のこってるから。あかいろのみちがのこってるから。だから、しろくならなくてもいいの。しろくならなくても、いいんだよ。おねえちゃんはあかいろのままでいいよ。ハザマ、がまんできるよ。


 ハザマちゃん、そう言って、真っ直ぐにウチの目を見た。

 もう、真っ白なボールを渡してくれなかった。



 ――まっかなとりいから、かえりなさい。



 ハザマちゃんの声は、さっきまでとは変わって、本当に八百年生きたみたいにしわがれてた。

 ウチ、そのとき、急に背筋がぞっとした。視界が一瞬きらって光って、それから見えた広場は人の骨で埋め尽くされてた。びっくりしちゃって悲鳴上げて、ハザマちゃんに背を向けて走った。赤色の鳥居をくぐる前に、少しだけ振り返ったの。


 ……ハザマちゃん、泣きながら微笑ってた。


 その次の記憶は、病院のベッドの上だった。何が起きたかわかんなくて、そしたら側に座ってたママが説明してくれた。


 ウチ、ドライブで事故って、死にかけてたんだって。


 生死の狭間はざま、彷徨ってたらしいの。

 それから入院生活が始まって、まあおっきな問題も残らず退院できた訳。なので、今のウチはしっかり健康体だよ、あはは。


 ……神社見ると、思い出すんだ。


 ウチ、ハザマちゃんに謝りたい。


 最後、ハザマちゃんのこと、怖がっちゃった。多分、ハザマちゃんがそうさせたんだと思うけど。ああいう風にならなきゃ、ウチ、ハザマちゃんと一緒にいるって言って聞かなかったと思うの。狭間にいると、きっと狭間に魅了されちゃうんだ……だからハザマちゃん、ウチのこと怖がらせて、「こっち」に戻ってくる手伝いしてくれたんじゃないかなって。


 でもさー……やっぱり、酷いことしちゃったような気がするんだよ。


 ねえ、おにーさんはさ、死んだらそのまま死後の世界に行っちゃうと思う?

 ちゃんと狭間の世界を経由して、ハザマちゃんに会えると思う?

 ……ごめんね。そう思う、って言ってほしかっただけなの。


 ……ほ、本当!?

 あ、ごめん……つい、嬉しくなっちゃって。

 ……ありがとね。気、遣ってくれたんでしょ?


 そうだ。飴、美味しい?

 ウチね、その飴、好きなんだ。

 白くて、まあるくて……ハザマちゃんのこと、思い出させてくれるから。

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