三章 権力による圧力(1)

渡辺は、そのことをスタッフと街宣活動の準備をしている時に聞いた。

参議院選挙から1年が過ぎようとしていたある日、渡辺は党のスタッフから次のように聞いた。

「草矢壮一さんが、自分の動画配信で『命の選別ともとれる発言』をしたようです」

草矢壮一氏は、先日の参議院選挙の曙新党立候補者の一人である。渡辺同様当選はできなかったが、今後の選挙には一緒に闘って欲しいと考えていた一人であった。

ーこれが本当のことなら、曙新党の立党の精神に反する発言で、看過かんかすることはできない。党として国民の皆さんに、ことの経緯を含め、きっちり説明しなければならないー

渡辺は、直ぐに問題の動画を確認し、参議院議員となった足立と小松に会って、今後の対応を相談することにした。

「草矢さんの発言は『命の選別は、政治によって決められる』と理解できるもので、避け難い恐怖を覚えました。と同時に、とても悲しかった。地域で差別とたたかってきた私の35年間の活動が否定されたようで、とてもくやしく、いかりをおさえられませんでした。個人的には、草矢さんは『除籍じょせき』相当であると思いますが、曙新党には『何度でも人生をやりなおせる社会を構築する』理念があります。命の選別問題に取り組んでおられる方からレクチャーを受けて頂き、気付きの機会を持ってもらっては如何でしょうか?」

足立に続いて、小松がこの件で事前に用意していたコメントを、付添者が代読した。

「『命の選別』発言は、到底とうてい容認ようにんできるものではありません。

草矢さんは、高齢者について発言されていますが、次は障がい者、難病患者、かせげない人……と、あらゆる人たちに広がっていく問題だと思います。私は、進行性の難病のため、人工呼吸器を使わなければ寿命じゅみょうきてしまいます。草矢さんの論によれば、私もいずれ線引きの対象にされることになるでしょう。草矢さんの配信動画を拝見はいけんして、『相手に対し自分のほうが上だと思う心がある人』だと感じました。そういう人は、政治家に向かないと思います。なので、『草矢さんは除籍』というのが、私の意見です。

最終的には、党としての結論を尊重そんちょうしたいと思いますが、草矢さんの処分しょぶんでこの問題が解決するわけではありません。党内はもちろん、社会に対しても、今後も働きかけていきたいと思います」

2人の意見は、おおむね渡辺の考えと同じであった。

「直ぐに、命の選別問題の当事者のレクチャーを実施し、党の総会を開催かいさいして方針を決定しましょう」

渡辺は、大きく息をいて立ち上がった。

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