第9話



「シザの巨獣狩りは視聴率取るからもっと大物に出現してほしいのよね」


 

 その日【アポクリファ・リーグ】総責任者のアリア・グラーツは仕事終わりに同僚たちと【バビロニアチャンネル】近くのバーで飲んでいた。


 途中、珍しい人物が合流した。


宝瓶宮アクエリアス】ミルドレッド・フォンテである。


 ミルドレッドとアリアは普段、とても仲が悪い。

 馬が合わないのである。

 というよりもどちらも【グレーター・アルテミス】において有名な女実業家と、屈指の女プロデューサーという似た者同士なので、同類嫌悪が入っている。


【アポクリファ・リーグ】の広告力を買って、自分の会社のPRの為に若干無理矢理自らをリーグにねじ込んできたミルドレッドが気に食わないアリアは、実業家は大人しく家で実業でもしてなさいよと最初から辛辣だったが、他者からの批判など慣れたものであるミルドレッドはやかましいわこの山賊プロデューサーがと、二人は当初から遣り合っている。


 不仲を二人隠しもせず、昼夜舌戦を繰り広げているのは周知の事実だ。

 普通一緒に仕事をする仲間が不仲なら、外には取り繕うものだが、この二人は全く取り繕わない。


 だが珍しく今日ははなから、

「あんたがいるなんて酒がマズくなる」

「ブルジョワのクセにそのくらいでマズくなる安物の酒飲むんじゃないわよ」

 という険悪なパンチを繰り出し合ったが、それがどういう経路を通ってか、

「もっと番組を面白くしたいから要望があれば聞くわよ」というアリアからの変化球に、「あらあんたが人の話を聞くなんて珍しいわね」とミルドレッドがいい具合に打ち返し、今までの【アポクリファ・リーグ】の面白かった回などの話を議論し、仕事場の人間達も集まり、盛り上がったのである。

 

 人間、そんな日もあるだろう。


「まあねえ。確かに巨獣に流星蹴りぶち込むシザは目がキラキラしちゃってるけど。

 でもだからといってあんた自分でキメラ種街に放ったりしたら犯罪よアリア」


「しないわよそんなことは」


「【アポクリファ・リーグ】の視聴率アップするならあんたはしそうなのよね……それにしてもシザといえばあのフワフワ、【アポクリファ・リーグ】に参戦なんかさせてあんたらしくないわね」


「そう? 私は視聴率取るなら何でもするわよ。ユラ・エンデなんて今どの業界もメディアもブッキングしたがってる最高のタレントじゃない。他所に持って行かれるわけにはいかないわよ」


「シザがあんたのこと綺麗な顔で睨んでたわよ~~~~~~。あんた絶対ロクな死に方しないわね♡ ウフフ。あの子今回のことで世界中から注目されてるし、絶大な人気で【グレーター・アルテミス】に凱旋したんだもの。万が一怪我なんかさせたらあんた家焼かれるんじゃないの~? 家燃えたら連絡入れなさいよアリア。

 うちお城のような豪邸だから客間でくらい寝かせてあげるわ」


「そんくらい視聴者が感情移入してくれたら、まあ合格点ね」


「でもあの子戦闘どーすんのよほんと。単なるピアニストよ?」


「広報的な意味合いが強い特別参戦とはリーグでも宣伝してるわよ。だから厳しい戦闘になったら撤退させるから大丈夫」


「あんたの『厳しい戦闘』基準が曖昧過ぎて全然大丈夫な気がしないわ」


「別に構わないんじゃない? 少しくらいヒヤヒヤさせるってのも売る手法よ」


「全くあんた鬼軍曹ね~~~。シザにホントいつかケツ蹴られるわよ。

 んでもそうねぇ。戦いの素人ってのを逆に逆手に取って、日替わりにパートナーつけてみたら? 私たち全員と一度組ませてみるとか」


「そんな程度じゃ誰も興奮しないわよ……」


「あらそうかしら。言うじゃない。弱い後輩を任されて初めて人は成長するって。

 あの子をフォローする過程で、特別捜査官達の別の一面とかが引き出されるかも」


「そんなもん……」


 アリアは脚を組み替え、頬杖をついた。


「……日替わりのお守りねえ」


「王子様と組む日なんて、視聴率絶対爆上がりよォ?」


 視聴率絶対爆上がりという言葉にアリアが背を伸ばして反応を示した。

【視聴率絶対爆上がり】はアリア・グラーツがこの世で最も愛するワードである。

 ぜひ死んだら墓にも彫って欲しいほどだ。聞くだけでテンションが上がる。


「まあタッグを組ませてあの子専用のカメラに追わせるってのも悪くないけど」


「あら豪勢♡ あの子にまともな特別捜査官としての活躍期待したってそれこそ芸がないわよ。本業ピアニストなんだから」

「まあそれは一理あるわね」

「だったら最初から他のヒーローの新たな一面を引き出す要素として送り込むのよ」

 アリアはワインを飲んで何かを考えているようだ。

 彼女は大抵興味が湧かないと「興味ない案」と一刀両断にするので、これは少し検討の余地ある時の反応だ。


「ランキングトップから行ったらぁ?

 アレクシスなんか普段何やらせても無敵だけど、

 あの子が出て来たら怪我しないか心配でオロオロしそうなとこ新鮮だし。  

 シザもきっとお姫様のように恭しく扱って、女性視聴者が色めき立ちそうだし。

 メイとなんか歳が近いから可愛い感じ出るでしょうし。

 アイザックも父性出して面倒見の良さ出すだろうし。

 ライル・ガードナーは……ウフフなんだか苛めそうね♡」


 アリア・グラーツの携帯が鳴った。

 いつものように鮮やかに取って出る。


「はい。なに? いいえ。帰ってない。スタッフ達と近くで飲んでるわ。……ちょっとルーク、聞こえにくいんだけどなにこの雑音。貴方今どこにいるわけ?」


 部下からのようだ。アリアが立ち上がって、一時場を外す。

 他のスタッフたちと引き続き、ミルドレッドは笑いながら話していた。――と。


「はあっ⁉」


 貸し切りになっていた店にアリアの大きな声が響いて、全員がそっちを振り返った。

「あら。なんかトラブルかしら」

「ヤダなー。今から会社戻るの」

「また誰か不倫でもした?」

 早速携帯などで情報をスタッフたちが確認している。

 さすがはメディア会社の社員である。

「なんだか忙しくなりそうね。そろそろ私は帰ろうかしら。今日は私が全部奢るわ」

 ありがとうございまーす、という声と拍手に笑顔で手を振って【グレーター・アルテミス】でも屈指の富豪であり、実業家である彼女は今日も夜会帰りのような華やかなドレス姿で優雅に立ち上がった。


「鬼軍曹によろしくね。今日は楽しかったわ」


「冗談でしょ?」


 冷静なアリアがいつになく、驚いている。

「なあに? なんか問題?」

 ミルドレッドが尋ねた。

 アリアが怖い顔をして指を揺らす。ちょっと待てという仕草だ。


「あら……」


 片手を頬に当てて、ミルドレッドは首を傾げる。


「分かったわ。今すぐそっちに行く! 電話切らないで!」


 アリアは切らないまま通話を終える。

「ミルドレッド! 悪いけど【バビロニアチャンネル】本社まで送ってくれる?」

「いいけど……何よ?」

「道すがら説明するとにかく決着付かないうちに急いで!」

「決着?」

「ごめん! ここは任せるわ! あとで連絡入れる!」

 店内の社員達にそう言ってから、アリアはミルドレッド・フォンテの高級車にさっさと飛び乗った。

「本社に行けばいいの?」

「本社じゃなく闘技場コロッセオに行って!」

「闘技場?」

 さすがに車を発車させたミルドレッドが「何でこんな時間にそんなところへ?」とアリアの方を見た。

「ん? なんか今その携帯から悲鳴が聞こえなかった?」



『う、うわあああああああああああ!』



 スピーカーモードにしたアリアの携帯から、突然聞こえた。

「……聞こえたわね。なによ。バビロニアチャンネル武装集団にでも占拠されたの?」


 ドン! ドン! と何か聞こえる。


「なにこの音。……大砲?」

「ルーク! 準備出来た! 映像送って!」

 アリアが携帯と自分のPDAを連動させ、電子画面に映し出す。


 その瞬間だった。


 ――ドゴォン!


 いきなり画面に、突っ込んで来た。

 物質が触れるとダメージを軽減する、特殊シールド特有の黄金色の発光が見えた。

 壁に突っ込んで、地に崩れ落ちた人影の向こうに、

 揺らめく光に霞んで佇むその姿が見える。


 いつもは特別捜査官の戦闘服姿でそのフィールドに立つが、今日は普段のジャケットを脱いだシンプルな私服姿で、露わになった長めの金髪が、人工的な風に揺れている。


 ミルドレッドはあんぐりと口を開けっ放しにしてしまった。


「シザ?」


 闘技場にシザ・ファルネジアがいるのは分かった。

 私服で巨獣狩りって趣向なの? などと思った瞬間。


 ――ドン!


 上下に画面が激しくぶれる。

 その瞬間シザが、発現した重力波を避けるようにして迂回して駆り、その助走を踏切に地を蹴って、得意の流星蹴りを放つ。

 紙一重でそれを見切って、すれ違ったシザの背に、強烈な裏拳を叩き込む。


「ちょ、ちょっと何よコレ。シザ一体誰と戦ってるわけ……」


 追撃に出てきたそこへシザは地に手を突き、それを基点にすかさずカウンターの蹴りを放った。

 相手の身体が後方に吹っ飛んで、必死に追ってるらしいスタッフの携帯画面が追う。

 その時初めて、相手の顔が映った。



『シザ! てめぇッ‼』



 完全にぶち切れたその表情。


 ぶう! とミルドレッドが吹き出す。


「ライル・ガードナーじゃない。なにしてんのこの二人」


「闘技場で殴り合ってるらしいのよ……!」

「殴り合ってる? なんで。というかなんで闘技場?」


「知らないわよ!」


 アリア・グラーツが貧乏ゆすりをしている。

 これほど彼女は瞬間移動出来る能力が欲しかったことはない。

 早くカメラを回したくて仕方ないのだ。


『あ、アリアさーーーーーーん! はやく……早く来て止めて下さい!』


 また襲い掛かって行ったライルに、スタッフたちから悲鳴が上がった。

「あらぁ~マジで殴り合ってる……なんでこうなったわけ?」

 ミルドレッドはもはや呆れ顔だ。


「あいつら~~~~~~~ッッ!

 なんでそんな面白そうなこと、私のいないとこで始めるわけ⁉」


 車のひじ掛けを拳で叩いて、いつも通り見当違いの方向に悔しがったアリアをミルドレッドが思わず見遣って、それから彼女は「あっはっはっは!」と大笑いしたのである。

 

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