第5話



「はい! ありがとうございました!」


「うーっす。」

「おつかれさまです」

「お疲れさん~」


「お疲れさまです! ライルさん、アイザックさんはこれで今日のスケジュールは終わりです」


 マネージャーがやって来た。

「シザさん、契約会議は十八時から本社の社長室で行うそうですが、大丈夫でしょうか?」

「はい。構いません」

「ご自宅に戻られますか?」


「これからユラを【双魚宮ピスケス】の研究所に迎えに行って、夕食を取ってから戻ります。連絡は大丈夫ですよ。自分で行けますから」


 マネージャーは小さく笑った。

 勿論彼も、【バビロニアチャンネル】本社隣のホテル最上階に住むシザが、時間通り辿り着けない人間などとは思っていない。

 これがアイザックやライルならば、粗忽な所が非常にあるので遅刻や二度寝が心配で彼は連絡確認を行う所だが、シザにはそうする必要はない。

 安心したようだ。


「分かりました。それでは会議はよろしくお願いします」


 三人のスケジュール報告が終わってもマネージャーはまだ仕事があるらしく、きちんと一礼すると彼は急いで去って行った。

 アイザック曰く、有能なマネージャーである彼の唯一の欠点が「忙しい時に100%忙しそうな顔をするところ」らしい。


「男がいつでもバタバタ髪ふり乱して走り回ってちゃダメだよ。

 忙しそうでも出来る男は余裕を演じなきゃ」


「なるほど。そうしてアイザック先輩は余裕を見せる余裕も本当はないのにカッコつけて余裕を見せて遅刻とか失敗とかをしてるわけですね。僕はカッコつけるより、ちゃんと時間は守るとかスケジュールは守るとか堅実に出来る人の方が優秀だと思いますけども」


 だああああ! いつもうるせえな! おまえは! とアイザックがシザの冷静な指摘にキレて、ライルが側で大きな欠伸をしている、というのが【獅子宮警察レオ】所属特別捜査官三人の構図である。


「研究所っつうことはそろそろユラ君のプロテクターとか装備の詳細とか決まって来たの?」

「さすがに僕もそれは聞いてないですよ」

「能力戦闘系じゃねえからなあ……。しかも本業ピアニストだぜ。戦い方とか決まったのかなあ」

「さぁ……どうでしょうね。ただ【双魚宮】の他の二人の能力者は戦闘系能力者なので、彼らを補助する役回りなら出来るかもしれません」


「アリア・グラーツもよくやるねえ。今ユラ君【アポクリファ・リーグ】に参戦させたら、そら視聴者数とか爆上がりすると思うけど、なんかあったら逆に【バビロニアチャンネル】のサイト世界規模で大炎上すると思うぜ。優秀なピアニストになにやらせてんだ! って」


「僕もそう思うんですが」

「あんたを敵に回すことも厭わないんだねえ。大した女だよ」


「誉めてないで、貴方アリア・グラーツとよく飲みに行くなら注意しておいて下さいよ。仲良しなんでしょ」

「はいはい」


「煙草付けないで。エレベーターはあんたの個室じゃないって何度言えば分かるんですか」

「ああ、ごめん今マジで無意識につけようとしちゃったわ。悪気なかった。ごめんごめん。クセなんだね。あはは」


 三人乗り込んだエレベーターの扉が閉まる。

「……。」


 ライル・ガードナーが腕のPDAを起動させ、立体電子画面でどうやら今日見るスポーツでも吟味しているらしい。

 シザはマネージャーから受け取った別件の資料に目を通している。

 これもいつもの光景だ。

 基本的には同じエレベーターに居合わせたかといって、彼らは和気藹々と話したりはしない。


「……。」

 アイザックは腕を組んで、エレベーターの壁に寄り掛かっていた。


 あっという間にエレベーターは三人を駐車場階へ連れて行く。

 降りて、別々の所に止めてある車やらバイクやらへと向かう前の段階。

 三人でエレベーターを降りた、矢先のことである。




「………………なんか、おかしいな……」




 不意にアイザック・ネレスが立ち止まって呟く。

 彼を置いてそれぞれPDAと書類を見ながら歩き出していた後輩二人が、数秒後同じタイミングで振り返った。

「……ん?」

「なんか今言いました?」


 アイザックは頷く。

「言った。ちょっと待てお前たち」


「なによ? また説教?」

「手短にしてもらっていいですか。すぐにユラを迎えに行きたいんです」

「……なんかおかしいなお前ら……」

「誰に向かっておかしいとか言ってんだおっさんコラ」

「キレるの早いですよ、ライル」

「ホントだな。今のは確かに早かったわ。教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」


「絶対おかしいよな⁉ 今日午前中あんなに険悪だったのにさっきの取材中もすんごい静かだったよね⁉ いつもは打てば響く言い合いしてんのに今日のその感じなによ⁉

 あとシザお前『僕とライルが安心して仕事に専念できるのは先輩であるアイザックさんのおかげです』って微笑んだ時完全に嘘ついた顔したな⁉」


「してませんよ……」

「分かんだよ! お前の白々しい笑顔は! 元相棒舐めんなよ! 完全に『このくらい笑っときゃいいか』みたいな顔したろ!」

「どうしたんですかいきなり怒り始めて……相変わらず変わった人ですね……全くついて行けませんよ」


「キレるおっさんって昨今多いんだよ。先生。俺、警官の時も取り調べしてる時笑っちゃったことあるもん。話聞いてて『なんでそんなことでキレんの?』って。

 俺を笑わせるの大概おっさんだった」


「そうなんですか? 僕も犯罪社会のことは調べてますが、凶悪犯には知性と体力を必要とする印象がありましたから実行犯には若い人間が多いのかと」


「いやいや。最近元気なおっさん多いから。中年も元気いっぱいに犯罪犯してるよォ。

 アポクリファと中年犯罪者は近年世界で増加中」


「すべてを鵜呑みにはしませんけど、あなたの犯罪者考察はなかなか興味深いです。いつもしてる女とヤる話と訳分かんない生物とかの話より僕は好きだな」

「マジで?」

「ええ割と。やっぱり経験に裏打ちされてるからかな。説得力ありますよね」

「もしもしシザ大先生……俺、女と爬虫類とかも経験に裏打ちされてるんだけど」

「ああ、そうでしたね。すみません」


「いいよ別に。でも、へ~。あんたがそんなに俺の元警官としての実体験に興味あったとは知らなかった。そういや先生って犯人逮捕とユラ君迎えに行く時だけはドーベルマンみたいにそれのことしか考えられなくなるもんね」


「すみません。直そうとは思ってるんですが」


「いやいや。いいんだってば。そこがあんたの魅力なんだから。俺はそういうとこないから結構そこは尊敬してるんだよ?」

「へぇ。それは初耳です」

「いや。相棒同士で尊敬だなんだとか言ってんの気持ち悪いかなと思って」

「まあそれもそうですね」

「でも貴方もオルトロス時代はドーベルマンのように犯罪者追い回してたんでしょう?」

「まあね。激務だったけどそれなりには面白かったかな」


「オルトロスの治安は相当悪いって有名ですから、大変な仕事だったんだと思いますよ。【グレーター・アルテミス】ではふんぞり返って寝てる怠惰な貴方しか見たこと無いので新鮮ですね。

 ユラのことがあってずっと忘れてましたけど、貴方のオルトロス時代の捜査の話は一度ゆっくり聞きたいと以前から思っていました」


「なんだー。そんなら言ってくれりゃいいのに。

 んじゃ今度飲みながら話そうよ。

 俺、基本的には野郎とは飲まないけどそういうのは大歓迎」


「いいですね。楽しみにしておきます」

「うーす。んじゃ今日は爽やかに解散っつうことで……」


「おい! お前ら!」


 アイザックが後輩二人を正気に戻すように手を叩く。

「ん? なんだよ今話が綺麗にまとまっただろ」

「用があるなら早く話して下さいアイザックさん。予定があるって言ったでしょ。僕がドーベルマンみたいに暴れ出さないうちに早くしてください」


「まだ終わってない! なんなのお前らその仲いい感じ!」


「はあ?」

「普段嫌がる僕たちを捕まえて『仲良くしろ!』と無理に手を縄で括りつけてくるくせに何言ってるんですか。僕ああいう『握手したから仲良しにさせた』みたいな力技な考え方はっきり言って嫌いです」


「そうだよねえ。俺もすげー同意見。

 いつも言い合いしてるとおっさんがすげー怒るからなるべくおっさんの前では喧嘩しないようにしてんじゃん。これでも気ィ使ってやってんだよ? ホントはシザ大先生はシーズンMVPだし、俺様はスーパールーキーだからおっさんなんかに気を使う必要ないんだけど、まあシザ大先生が先輩の顔もたまには立てろっていうから一応なー」


 ライルがシザの肩に手をかけ、凭れかかる。

 それを見たアイザックがスポーツの審判のように、すかさず指を差して指摘した。


「それ!」


「ん?」

「シザの肩に体重かけてもたれかかんの! お前さっき取材でも一回それしたのにシザ普通に無視してたろ。いつもそれすると『いちいち僕より背が高いこと鼻に掛けないでください!』とか即激怒すんのに今日無反応なのなんなの⁉」


「そうでしたか。ライル、やめてくれますか?」

「わり。」


 冷静なシザの注意に、ライルが笑って手を放す。

「俺は分かってんだ。シザがそういういつも癇に障ってること無視する時って別の何かにものすげー集中してる時なんだよ」

「へ~。さっすが元相棒よく分かってんねえ」

「そうなんですか?」

「そうなんだ! お前今日、何も無いように見えて今何かにすげー集中してるだろ⁉ 取材の時から上の空って何をそんなに集中してる⁉」

 シザは半眼になる。


「誰が上の空ですか失礼な。僕は仕事はいつも通り100%集中のパーフェクトですよ」


「いいや。お前は集中力ものすげーけど、一極集中型なんだよ。何かにすげー集中してる時はそれに凄まじく入れ込むけど、他全部どうでもよくなるだろ」

「あんただって大して変わらないと思いますけど。出動したあと現場では周囲のこと全然見れてないじゃないですか」

「う……」

「なんだよー。アイザック大先生。折角シザに喧嘩売っといてもう弾切れか?」

「う、うるせえな! シザ、現場のこと出すんじゃねえよ。話がこじれるだろ!」

「別に全く拗れはしないと思いますが……」


「まあでもあんたは確かに一極集中型だよな。ユラ君が【グレーター・アルテミス】に戻って来た時も空港で一瞬国境ゲート越えちゃったもんね。言っとくけどあの瞬間捜査局の奴らいたらあんた逮捕出来たんだよ?」


「出来ないと思いますよ。

 あのタイミングで奴らが逮捕に出て来たらさすがにユラの前では世界の誰より温和で優しい恋人でいたいと願ってる僕も激怒して能力発動して全員ぶちのめしてたと思いますから。物理的にまずそれは不可能ですね」


「まーそりゃそうだわな。けどああいう所なんじゃない? おっさんが言ってる『一極集中型』ってのは。ああ、分かった仕事終わりに集中してるってことはデートのことじゃない? それか今夜のセックスのことだろさては」


「仮にそうだとしたらシザお前お昼十四時から仕事そっちのけで夜のデートのことに集中するって慌てすぎ集中し過ぎだぞ」


「いや俺も久しぶりに会いたい奴とデートとかなったら朝から夜のセックスのこと考えたりするわ」


「だーっ! ライルてめえは! 特別捜査官はIT株とセックスと特売セールの話は禁止だって何度言えば分かる!」


「けどおっさんの説が正しければ先生ってセックスのこと考えてる時滅茶苦茶顔男前じゃね? 今日も撮影全部一発撮りOKだったもんな」

「僕はいつもこういう顔ですよ」

「うん。サラッと美形を鼻にかけるのやめようなシザ」


「先生、ユラ君と付き合って長いのにまだデート一つ一つにそんな集中すんだ!?

 本当にえらいなあ。俺飽き性だからあんたのそういうとこはマジで尊敬するよ。

 本命には絶対手は抜かねえ! ってとこ」


「だからこいつは一極集中型だと言っておる」

「あ。なるほど~」

「一極集中型の人間は極悪人ですか?」

 呆れたようにシザが言う。


「んーん。いんじゃない。集中力ある男って出世するっていうし」

「そうですか……」

「うん。シザ君今なんでこっち見た?」

「ほんとだー。集中力無い人って全然出世してないー。って思ったんじゃない?」

「ライルお前は思ったことすぐ口に出すな!」

「えー。俺オルトロス時代は先輩に思ったことは忘れないうちにすぐ口に出せって教育されたんだけどなあ。ここじゃ反対のこと言われる」

「まあ先輩によって言うこと違うっていうのは仕方ないことですよ。ある程度は諦めないと」

「後輩ってのは苦労するよねえ。シザ先生!」


「だから何なのお前らその今日の、仲の良さは! 怖いんですけど!」


「仲良くしてるんならいいじゃんねえ。大体『怖い』ってなんだよ」

「なんでしょうね? 喧嘩してるのが怖いなら理解出来ますけど」


「そうだよねえ。俺は今日、すげーご機嫌。おっさん……じゃなかったアイザック大先生がオフィス個別にしていいって言ってくれたから」

「まだ上層部に掛け合ってねえぞ」

「でもダメって言われても個室にはしてくれるって言ったじゃん」

「するよ。いざとなったら俺のオフィスはやる」

「やったー☆」

「良かったじゃないですかライル。僕も嬉しいですよ。個別のオフィスは前の相棒の時からの僕の悲願でもあったので」

「俺がいなくなって寂しくなるだろうけどごめんね!」

「とんでもない構いませんよ。僕も細かいことで貴方を注意は本当はしたくないんで」

「おいシザ。今なぜ『前の相棒』とかいう言い方した」

「アイザック・ネレスさんじゃあまりに直接的かと思って。オブラートに包んでおきました」

「オブラートに包まなきゃならんようなもんをそもそも出すな!」


「あっ、ユラからだ。僕出ます」


 シザがハッとして携帯を取り出し、明るい顔になると急いで車の方に駆けて行く。

「途端に可愛い顔しちゃって……」

「ユラ君が撫でている限りシザ大先生の心のドーベルマンはいい子にしてるからねぇ」


「あいつあんなで来シーズン、ユラが【アポクリファ・リーグ】参加なんかして集中出来んのかなあ。心配ばっかするんじゃねえかな……完全無欠の唯我独尊のシザも腹立つが、なんだかんだいってそんな理由でアレクシスに負けられても困るんだが……」


「まあでもアリア・グラーツがあんだけゴリ押ししたら断る訳にもいかないだろ」

「グラーツなんかシザはいざとなりゃ屁でもねえよ。ユラに危ないことなんかさせねえ! って地の果てまで言い張るはずだろ」


「ってことは?」


「ユラ自身がやってみたいって言ってんだろうな。あいつユラのお願いだけには弱いから」

「なるほどー。ユラちゃんのことだから、今回のことでお世話になった皆さんに少しでも恩返しできるなら……とかいって引き受けちゃったんだろうなあ」

「引き受けちゃったんだろうねぇ」


 そのまま特に何も言わず車を出して行ったシザを、同僚二人が笑いながら見送る。

「同僚にお疲れさまでしたも言わずに去るやつがいい子か?」

「あれは言うの忘れちゃっただけ。俺もよくやるよ」

 笑いながら、ライルはアイザックと反対方向に歩き出す。

 アイザックは車だがライルは今日はバイクだからだ。


「まあ……確かに別に今はお前もフツーみたいだな」


「だからそうだって最初から言ってんじゃん。俺とシザ先生はあんたたちが組んでた時と違って、別に楽しくていつも言い合って遊んでるわけじゃねえよ。面倒臭いだろそんなの。平和に行けるならそっちの方がいい」

「まあそれはそうなんだけどよ。んじゃホント別になんかお前ら企んでるわけじゃねえんだな?」

「企むって何をよ……」

「嵐の前の静けさじゃねーだろうな?」

「違げーっての。いつからあんたそんな人を信用しなくなったんだよ……」

 呆れたように言いながらライルは去って行った。


「明日の時間遅れんなよー」


 アイザックの呼びかけに、ライルは軽く手を上げるだけで応えた。


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