第2話
……などという、応酬がつい先日あったばかりだったのだ。
今日もどうせライルは最近の調子など聞いても「べつにー」などと言って流して来ると思っていたのに、ガンガン返って来て正直、驚いた。
(これは……)
さすがシザ・ファルネジアは勘がいい。
具体的には把握出来ていなくても、かなりライルが不満を溜め込んでいることは、本人が言わずとも勘づいていたのだろう。
ライルはあまり、本気の不満を口にしない。
先輩に「あれやって」などと押し付けることは多々あっても、何をしてほしいなどと頼ることはほとんどなく、それだからこそこいつも何だかんだ言って優秀なんだろうなとアイザックは思う。
【グレーター・アルテミス】に来てからも大概のことをライルは最初から一人でやっていた。
シザの性格から言って、あの男は自分の相棒とは殴り合いも辞さないところがあるが、それでも自分の相棒の愚痴を、他人に安易に話す性格はしていなかった。
アイザックは親友であるナッシュ・デルカなどに、随分シザが新人だった頃、彼の愚痴を言ってしまった。
シザはそういうことは、外部の人間に言わないのだ。
自分がそういう風にされることが嫌だからだろう。
徹底している。
アイザックもシザを年下の同僚ながらリスペクトする部分である。
だから自分でどうにか出来るなら、ライルが最近不協和音を起こしていることなど、アイザックにさえ言わなかったと思う。
言ったということは、それなりに緊急性はないが、深刻ではあると見ているからだ。
(ということは、いつもはライルのことはシザに任してるけど、今回に限っては俺も話を聞いてやった方がいいってことかもな)
シザは環境に不満をもってるのではないかと言っていたが、
ライルは今、オフィスのことを言った。
シザもかつて新人時代、アイザックと同じオフィスは嫌だとごねたことがある。
結局その件はアイザックがうるせー! 新人が個室がいいとか贅沢言ってんじゃねえ! の一言で叩きつけて終わりにして、そのうちシザも段々慣れるうちにどうでも良くなって行ったようだ。
シザはそういう所は、温室育ちのわりに高い順応力を見せる。
しかし。
「おし。分かった!」
「ん?」
「オフィスお前らの別々にするよう、俺が【
ライルは、へぇ、という顔をした。
「マジで?」
「おお。マジで。まあ俺はホント言うと上層部に持ち掛けてやれるような権限全然持ってねえけど、いざとなりゃ俺のオフィスお前にやるし。俺は別にまともにオフィス使ってねえからいいよ。ラウンジでも廊下でも車でも俺デスクワーク出来るし。
だから掛け合ってみて、ダメでもお前には個室やる。
好きに音楽でもスポーツでも、ジャングルにでもして愛する生物を存分に楽しめ」
ライルは口笛を吹いた。
「え~なに。初めておっさんがそんな気前よく俺の要求飲んでくれたじゃん。今日【グレーター・アルテミス】何の日?」
「うるせーな。そこはありがとう! だろ」
「うん。ありがとう。ほんとに個室になっていいの?」
「いいよ。別にお前ら二人を一つの部屋に入れとく利点がねえだろうがよ。
大人しく入ってんならまだしも、そんなことで朝十時から喧嘩されたくねえよ俺だって」
「シザ大先生文句言うんじゃない?」
アイザックは苦笑した。
「言わねえよ。あいつだって新人時代、俺と部屋別にしてくれ集中出来ねえとか言ってたもん。あいつもむしろ個室はむしろ大歓迎だよ」
「マジで? やったー! 言ってみるもんだねえ」
「おう。そのかわり、自分のオフィス好きにセッティングしていいから。
最近お前がミョーにイライラしてる感じがするってシザが勘づいてたから。
あんまイライラしねえの。
いや、イライラしていいんだけど、黙ってやんな。
特に一過性じゃねえ不満とかは、早めに口に出して、俺たちの仕事は命掛かってんだから。同僚の不和は早めに解消させておくに越したことはねえからな。
……っておめー先輩のありがたい説教最後まで聞かずどこ行くんだよ!」
「俺のイグアナ探して来る。個室のことはおっさんに任せた! なるべく早くしてねー」
「アイザック先輩だろォ!」
そうだった、と明るく笑いながらライルが足早に駆けて行く。
やれやれだ。
すぐ機嫌が直りやがった。
(でもそうか。こんなことくらいで直るなら、
あいつ相当シザと同室が嫌だったんだな。
俺の時も相当シザは嫌がってたけど……結局シザの方は俺との同室そのうちどうでもよくなり始めたんだよなぁ。
順応力も確かにあいつ高いんだけど、そういやなんで俺とシザって段々喧嘩とか衝突減ったんだっけ?)
今では記憶も定かではない。
ただ、特にシザのルーキー年は本当に衝突は激しかった。
(毎日言い合いして殴り合ってた気がするんだが……)
決して何かをアイザックが大きく譲歩したり、突然シザが聞き分けよくなったわけではないのに一体いつから、むやみな言い合いや殴り合いをやめたのだったかが分からない。
首を傾げてふと、アイザックは気づいた。
(そういや……)
アイザックとシザ。
シザとライル。
この二つを比べた時に、
決定的な違いがあった。
(――――あいつとシザが殴り合ってるとこって見たことねえな。
くだらねえ言い合いとかはしょっちゅうしてるけど、
深刻な言い合いとかもそんな見たことねえし……)
だから何だかんだ同年代同士上手くやっているのだとアイザックは思っていたが、
ライルのあの喜びようである。
自分とシザの時は、序列がはっきりした時から衝突が減った。
実力ではシザだが、アイザックとは一回り歳が離れているので、年上に敬意を持て! と殴りつけることが出来た。シザの実力を認めた上で後輩扱いすれば、シザはちゃんと「僕の方が強いけど年下」というのを理解した。
アイザックの方もとりあえず歳のことを口にするとシザが仕方ねーなという顔をするようになったのでよしよし、と思うようになったわけだ。
そういう序列がはっきりした。
多分シザとライルはまだ二人の中で序列を探っているのだ。
あの二人の場合年齢もほぼ同じなので、遥かにアイザックの時よりややこしくなる。
ライルは新人だが、元警官で戦いの場数はシザに負けないくらい踏んでるのが特に厄介だ。
あれでは「新人だから先輩の顔を立てろ」と言っても簡単に納得はしないに違いない。
とりあえず個室にすることで目下の摩擦は減らせると思うが、それでどうなるか様子を見るしかないだろう。
アイザックは小さく息をついた。
このまま互いの領域を確立して、対立が減るといいが……とそんな風に思った。
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