アポクリファ、その種の傾向と対策【ペルセウスの難業】
七海ポルカ
第1話
――きっかけは、ものすごく些細なことだったりするんだよな。
「あれっ? いねえ……」
オフィスから出てきたライル・ガードナーはラウンジのソファの上で眠っていたはずの愛犬……ではなく、愛イグアナが消えていることに気付いた。
愛好家のライルでさえ未だに生態の多くが謎に包まれている彼らは、ともすれば半日もずーっと同じ場所で動かないままの時もあれば、
五分でとんでもなくすげー動くことも実はある。
すげー動いたか。
ライルはわしわし、と髪を掻いた。
「先生ー! イグアナ消えたー!」
遅れてオフィスからシザが顔を覗かせる。
「……なんで僕に言うんですか」
「あんたのお説教が長いからだろ。責任取って探してきてよ」
「会社に怪獣連れて来て野放しにしてる人に『責任』とかいうものを他人に求める権利はありません」
ライルは嫌な顔をした。
「……あんたってさ。ほんとイヤなことたまに言うよね」
「それはどうも。あんたのは感情論でしょう? 普通の人が見ればあんたと僕の言ってることなら、僕の方が正しいと誰だって思いますよ。色んな生物会社で放し飼いにして。あいつらが歩き回ってると各地から悲鳴が聞こえて来るのあんたも聞いてるでしょう」
「だから『イヤなこと』って言ってんの。オフィスに入れんの先生が嫌がるから入れないでやってんのに」
「僕は『僕のスペースに勝手に歩きまわせるな』と言ってるんです。貴方のスペースをどう使おうと文句言ってないじゃないですか。あのガラス張りになってる仕切りの向こうで飼って下さいよ。そうしたら何にも言わない」
「なるべくそうしてんじゃん。なによたまに歩き回ったくらいで」
「あのねライル……ここは会社ですよ! 各々のスペースは尊重されるべきなんです!
会社で他人のスペースを尊重するということは、
自分のスペースなら好き勝手に何をしてもいいってことじゃないんです!
視覚的、聴覚的、嗅覚的にも周囲にいる人に配慮は必要なんです!」
「してんじゃん配慮」
「あれでしてるなら不十分なんでもっとしてください。
色んな生物むやみやたらに闊歩させる
大音量で音楽を掛ける
大音量でスポーツ番組を見る
煙草の副流煙!
僕が同じことを一個でも貴方にしてますか?
配慮するってことはそういうことですよ!」
「別に俺らそんな一日中オフィスにはいねえだろォ。
休憩にちっと寄ってる程度じゃねえか。
その短い間くらい好きに寛がせろよ」
「好きに寛ぎたいなら自分の車とかでやんなさいよ」
「車じゃ 俺の可愛いモンスターたちが退屈すんだろォ」
「連れてくんなっつってんのが分かりませんか。家で飼いなさいよ! 何故外に連れて来るというか会社に同伴するんです!」
「連れてって欲しいなー みたいなキュートな目で見られて置いていけっかよ」
「あんたね……」
「じゃーなに。先生はユラ君が一緒に連れてって欲しいなーみたいなキュートな目で見ても『仕事ですから』って冷酷に家に置いて来るわけ」
「そんな可愛いことしたら絶対連れて来ますよ。」
シザは真顔で即答した。
「ほらー!」
「でもユラは別に連れて来てもいい子でソファの隅に座ってちゃんと待ってますよ。
書類を食べながら我が物顔でオフィスや廊下歩き回りませんもん。
貴方と同じ事例には全然当てはまりません」
「ちがうちがう! そういうこと言ってんじゃない。愛情の問題!
可愛いあいつにねだられたら連れて来るか連れて来ないかって話してんの」
「だから連れて来るって言ってんでしょ。
勝手に動き回らせんなって言ってるんですよライルこの野郎」
「ああ~っ?」
「ちょっ、おいおい……お前らなにしてんのよ」
例によって一触即発の空気になりかけた時、丁度アイザック・ネレスがやって来る。
「やめろよなぁー 朝っぱらから喧嘩はよ。ったく……なんだよ何が原因だ」
「ライルが今日はイグアナなんか会社に連れて来て、そのイグアナがいないことを無礼にも僕のせいにしてきたのが腹立って、そもそも連れてくんじゃねーって何度言えば分かる! って根本を先輩として指摘して注意してやりました」
「おう。そら尤もだ。んでお前は。ちゃんとシザに謝ったか」
「謝るわけないじゃん。俺はイグアナのことしか言ってないのにこの野郎が視覚的にも聴覚的にもあとなんだっけ? ……もう忘れたっけどあとひとつ、うるせぇとか他のことでもお説教始めて来るから、腹立っただけ。こんなの喧嘩でもねーからいちいちおっさん口出してくんなよなー。あと俺のイグアナ本当どこよ?
そっちいなかった? いで!」
「おっさんうるせぇ口出してくんじゃねえ、じゃねえ! おっさんお前らのお目付け役だって何度言えば分かる! 口出すのがおっさんのここでの任された仕事だ分かったか!」
「今、おっさん俺様の頭叩いた?」
「おう! 拳骨で行ったぞなんか文句あるか」
「アイザックさん、後輩指導お疲れさまです。僕、上層部と会議があるので行ってもいいですか?」
「おう。いいよ」
「あー! なんでシザだけオッケイなんだよー。贔屓すんなよー」
「なにが贔屓だ。俺たち三人の中で上層部に莫大なデータに基づきつつ何となく話曖昧に誤魔化しながら俺たちがさも激務をこなしてポイント稼いでいるような雰囲気を出しつつ優位性を醸し出して来シーズンのギャラ上げ交渉をエレガントな紙に包みつつも逆らったら中身のダイナマイト爆発させる一歩手前みたいな緊張感を上層部の皆さんに与えつつ笑顔で交渉こなせるなんて芸当出来んのうちじゃシザ大先生しかいらっしゃらねえんだよ。
今日みたいな契約確認会議の日は主役はシザ・ファルネジア大先生しかおられないに決まってんだろ。
俺もお前も今日だけは脇役の端役だ。
この日だけは敬礼して大先生の出陣をお見送り……なにしてんだ。ちゃんと俺のお説教聞いてっか小僧」
キョロキョロうろうろしているライルをアイザックが注意する。
「聞いてねえ。ほんと俺のイグーどこ行った。そっちいなかった?」
「おれ階段から上がって来たけど見なかったぜ」
「まああいつは三次元では逃げねえからその辺にいると思うけど……色白美人だからなあ。悪い奴に声掛けられて攫われねえかは心配……」
「色白美人ってあの緑のバンド巻いたやつか? 真緑だったぞ。つーかお前緑のイグアナに緑の首輪付けんなよ。この前緑の首輪してる奴に餌やっといてとか言われて三十分くらい緑の首輪同化して分かんなくて別の緑の首輪してる奴いるのかと思って部屋中探し回ったじゃねえか……つーか悪いやつが攫うか! あんな目立つもん!」
「そんなもんおめーの目のせいだろ。首に巻くバンドどれがいい~? っつったらあの緑のバンド気に入って放さなくなったからあれにしてやったに決まってんだろ。同化するとか知るかんなもん」
「誰が『おめー』だよ! アイザック先輩だろォ!」
「うっせーバカ。序列にホントうるせぇ会社だなあ」
「会社は序列に五月蝿いとこなの! ライル!」
「なによ。また説教? ったく【
「おう、こっからは真面目な話だよ」
「後にしてくんない?」
「お前最近こう妙に苛ついてる時があるよな」
ライルが振り返る。
「そぉ?」
「まぁ俺やシザが新人だったころに比べれば、お前オルトロスで場数踏んでるだけあって、苛ついても簡単にブチ切れたりしねえとこはいいとこなんだけどよ」
「まー。日々色々腹立つことはあるけど。キレるほどじゃねーからな」
「そういうとこはお前のいいとこなんだけどよ。
シザもこの前言ってたぜ。なんか近頃妙にお前が突っかかって来る時があるって」
「あの野郎なーにおっさんに密告なんかしてんだよ。言いつけるとかガキかよ……」
「別にあいつは言いつけてねえ。最近どうだって俺が勝手に聞き出しただけだ。
不満があるなら言ってみ。全部は聞いてやれねえし、ギャラに関することは断るけど。
それ以外ならまあ、聞くだけは聞いてやるから。改善出来るかは全く分からんが」
「んー。じゃあシザとオフィス別々にしてよ。いちいちうっさいだもんほんと。
文句言ってない時も黙って殺し屋みたいな目で睨みつけて来る時あるし。
周囲の人に配慮しろとか言って来るけどヤダ。俺のオフィスでもあるのになんで配慮しなきゃいけえねえんだ。
挙句の果てに俺の愛しのイグアナとかカメとかヘビとかコンゴウインコとか捨てろとか焼いて食うぞとか暴言吐くし……この前なんかオフィスに戻った時シザの机の上で日向ぼっこしてたヘビどうすんのかなって見てたら掴み上げてホントにあいつゴミ箱に捨てやがったんだぜ? 犬とか猫とかハムスターだったらそんなことする⁉ そこは『わぁ可愛い』って言ってケータイで写真撮るとこじゃないの?
シザは俺にデリカシーがねえとか配慮がねえとかすげー文句言って来るけど、あいつだって全然そんなもん持ち合わせてねーよ」
ライル・ガードナーは。
アイザックの感じる限り、非常に『今どきの若者』っぽい青年だった。
飄々として先輩をあまり敬わず、すぐに不満を持つわりに不満があるのかと聞いても、「べつに……」とあまり口は割って来ない。
だからライルの様子を探る時は、アイザックはシザに様子を聞くようにしていた。
シザは相棒の様子をきちんと把握しているタイプなので、参考になる。
最近のことだ。
いつも通り軽く飲んでるついでに、偉そうにふんぞり返るのが大好きなスーパールーキー様の様子をアイザックがシザに聞くと、彼は「そんな大袈裟に騒ぐほどのことじゃ無いと思いますけど」ときちんと前置きをした上で、
「……少しイライラしていることがありますね」
そう言った。
「以前はあんまりそういうこと無かったんですが。あの人不満を抱えたらすぐ口に出すでしょう」
「出すねえ。おじさんが新人だった頃は先輩に文句なんか絶対言えなかったぜ。堂々としたもんだよなあ。あれだよな。ライルに比べたらお前やっぱ内に溜め込むタイプだったんだな」
それには小さく笑んだだけで、シザはカウンターに頬杖を突く。
「近頃、口には出さないけど苛ついているなあって分かることがあります。
だから具体的な不満があるわけではなく、環境自体に漠然と不満があるのかも」
「環境……待遇とかか? 言っとくけどこれ以上俺はあいつに甘く出来ないよ? 今でもこれでもすげー優しくしてやってると思ってるから」
「いえ。アイザックさんとかは問題ないと思いますよ。あの人はアリア・グラーツがスカウトしてきたので、アリアとも飲みに行ってますし」
「げ。そうなの? すげえ。俺も行ったことねえ」
「僕もアリアと飲みに行ったこと無いですよ。まあ別に行きたくないですし……う!」
アイザックが慌ててシザの口を手の平で押さえつける。
「……ちょっと! 何すんですか!」
「そっちこそやめて⁉ こんな公の場で突然【アポクリファ・リーグ】総責任者批判するの! 君シーズンMVP様だからそんな脅威感じたこと無いかもしれないけどおじさんアリア・グラーツを怒らせたらホント首切られるから! なんなら【アポクリファ・リーグ】と【
「なに馬鹿なこと言ってんですか」
「はぁ~っお前も余程怖い若手だよ……なにあいつアリア・グラーツと飲みになんか行ってんの?」
「アリアはしょっちゅう業界人と飲みに行ってますからね。ライルはおごってーとか普通にアリアにたかってましたよ最初から」
「そりゃすっげぇな。初めてライル・ガードナーすげぇと思っちまった」
「アリア、ポーカー好きですしね。業界人が出入りするバーでビリヤードやダーツを楽しんでるみたいです」
「ライルあいつカードなんかやるの?」
「いや。アリアに気に入られてましたから、相当な腕前ですよ。他の遊びも一通りやるみたいですね」
「へぇ~あいつ元警官なのになんでそんな遊び慣れてんだ?」
「これはライルから聞きましたけど、元々いたオルトロスの街が特殊だったそうです。
合法で警察もギャンブル出来たらしいですし。
なんでも昔は非合法だったらしいですけど、あまりにも規則を破ってギャンブルに手を染める警官が多すぎて、真面目に取り締まってる方が馬鹿みたいになって来たから逆転の発想で合法化しちゃったみたいですよ。
面白いんですけど合法化してもっと酷くなるかと思ったら、どこのカジノにも私服警官が普通に入れるようになったから、犯罪組織の人間達もどこに警察が潜んでるか分からなくなって、かなり表立っての行動を控えるようになったらしいですね」
「へーっ。何でもとりあえずはやってみるもんだねえ」
「僕が新人の頃は、お節介なアイザック先輩が嫌がる僕を引きずり回して飲みにつれてったりしてくれたじゃないですか。ビリヤードも教えていただきましたし。あっという間に僕の方が上手くなって負けて拗ねるのだけはホントやめてほしかったですけど。でもありがたいご指導いっぱいしてもらったので僕は今ではとてもああいうの、為になったなあって思ってます。
おかげでユラが来た今、どこに行っても何やっても僕がユラに教えてあげられるようになったので、ユラがいちいち『すごいなあシザさんは』みたいな目で見上げて来てくれるのたまらなく可愛いですしああいうの全部アイザック先輩のお節介のおかげです。お節介でありがとうございます」
アイザックがシザを殴ろうとして、誉められてやめようとしてまた殴ろうとして礼を言われてやめようとして自分でもどっちにすべきか分からなくなっている。
「人を誉めつつ貶すのほんとやめてくれるか! 最近お前そういう手法覚えて来たよね! 先輩すごく! 殴りにくい!」
「僕も後輩が来たらああいうこと教えなきゃダメかなあと思ってたけど、ライルに関してはアリア・グラーツがかなりその点面倒見てくれてるみたいですので楽ですね。ライルは自主的にそういうことやってくれるし。僕は内向的でしたけどライルは社交的ですよ」
「お前のどこが内向的なんだよ……。でも……。へぇ~意外だな。俺は絶対グラーツと飲みになんか行きたくねえ。日頃お前はどうダメかを逐一列記されそうだもん。死んじゃう。飲みに行くのはストレス発散なのにきっと精神的にボロボロにされて死んじゃう」
「変な意味じゃなくてライルは女の扱い慣れてますよ。アリアみたいな人でも、仲良く飲めてるみたいですし。年上でも年下でも臆することなくすぐ仲良くなれる感じします。ああいうタイプは恋愛面でもそんなにストレス溜め込まず上手くこなすと思いますね。」
「随分楽しそうじゃねえか。俺はあいつにもっと礼儀作法をしっかり教えろとか日々上層部から文句を言われているというのに」
「僕の言いたい要点分かります?」
「ん?」
「ライルはそういう、自分のメンテナンスは自主的にやれる方なんですよ。あの人趣味も多彩ですし。昼間ちょっとイライラしてても、夜になって好きなスポーツの試合でも見ればそれだけで上機嫌になりますし」
「まあそうだよな。多趣味だよな。好きなものいっぱいあって、そのどれかが出来てれば大概ご機嫌だよな」
「そうなんですよ。だからずっとイライラしてるとかは基本的にないんですが」
「シザ大先生は違うよなー? 苛々し出すとずーっと一週間くらい引きずるもんなー?
特にユラと会えるはずだったのに都合がつかなくてあいつが戻って来れないとか先延ばしになったりすると、すーぐしゅんとなって『今日は早く帰りたいです』だの『静かにしてくれませんか。頭痛がするんです』とかすぐプンプン苛々し出すもんなーっ?」
ボッ!
突然目の前に火柱が上がってアイザックの顎がちょっと燃えた。
「ぎゃああああああああ!」
シザがコツ、と静かに高アルコール度の酒の入った小さなグラスをテーブルに戻す。
「燃えました!」
アイザックが顎を押さえながら抗議する。
「見ました。ちょっと焦げた匂いしますし」
「違う! 燃えたことの確認じゃねえ! ごめんなさいは⁉ シザ君とりあえずごめんなさい先に言おうか! ライル君の良きお手本として!」
「言いません。僕を怒らせた貴方が悪いですもん」
「おぉ、なんだお前いつから僕を怒らせた世界が悪いみたいな王様みたいなこと言うようになったんだ」
「うるさいなあ。話を逸らして行かないでよ」
「俺がいつ逸らした⁉ 俺は普通に話してたのに突然人を燃やして話逸らしたのお前でしょ!」
「まあそんな理由で怒りはすぐ忘れる方なんですが。
最近口に出さずイライラしていることがあるのは少し気になります」
「おじさんの顎が燃えたことは無かったことにされました……と」
「出動時にそういう気配は一切ないので、今のところ口に出さないようにはしていますが。
僕も普段の苛つきはともかく新人の頃、仕事中だけは仕事に集中しようと思って気を付けてました。仕事はちゃんとこなしてるのに貴方に『大丈夫か』とか『いつもと違う』とか『なんかイライラしてる?』とか言われると仕事はちゃんとしてるでしょうが! って特に腹立ったから、そういうのが無い限りは言わないようにしています。
けど最近断続的に苛々してる理由が分からないのは気になりますね。
だから環境に対しての不満や不安を持っているのかなとは思いますが……」
シザは非常に冷静に、あのライル・ガードナーという鮮やかな性格の新人を分析出来ていた。
自分なら手に余っただろうと思う。
シザも新人時代は気難しい所はあったが、シザは自分の中に重んじて欲しい領域を数少ない幾つかを持ち、そこを尊重し触れないようにしつつ、誠実に相対しようとすれば、時さえかければかなり自分から歩み寄りを見せて来るところは持っていた。
シザに比べれば、ライルは奔放な印象だ。
「あのよぉ……言い方はちょっと悪いが、お前が『芸を覚える犬』ならライルは『芸を覚えない猫』って感じだよな。いて!」
「誰が犬ですか」
「だから最初に言い方悪いって謝っただろ。いい例え、浮かばなかったんだよ」
「なんですか。先輩視点の二人の後輩の見比べですか?」
「そー。お前はまあちょっと我儘だけど忠誠心を理解する心があって、まあ多少過激な所もあるが身内だと思った人間に対する強い愛情があり、まあ多少気難しいけど、別に話が完全に出来ねえってわけじゃないだろ。……まあユラに関してはほぼ出来なくなる時あるけど」
「喧嘩売ってんですか?」
「ちげーよ! それに比べるとやっぱライルは手懐けられねえ感があるよな。
お前はあるんだよ。分かり合える瞬間とか。『おー! 芸覚えたなあよしよし!』みたいな瞬間が。
でももうあいつ来てから一年経つのに全然そういうの、お前の時よりねーんだよな。
煙草とか遅刻とか発言についての注意とかしても、あいつ一向に直らねえじゃん。
その日直ったかなーとか今日はいい子かなーって思ってもふと見るとまた同じことしてたりして、絶対手懐けられねえ! みたいなとこ見せて来るだろ」
シザはワインを一口飲んで、小さく笑ったようだ。
「……まあ、確かに。同じ注意は何回もさせますね。譲らないんですよライルは。我が強い」
「お前はねえ。言うこと確かに聞かなかった時期あるけどそれなりにいい子だったよぉ。いじけて完全に連絡つかなくなったりしなかったし。喧嘩してもちゃんと翌日はスケジュール開始十分前にビシッ! と現われて」
「まあビシッと来ないのあんたの方でしたけどね」
「う、うるさいな! ギルガメシュは渋滞が多いんだよ!」
「だったら渋滞にはまったって大丈夫なようにもっと余裕見て来なさいよ」
「分かってるよバカヤロー」
「馬鹿野郎?」
「あああああ! あだだだだぁぁッ! 先生! 先生カウンターに着いた手を! 握り締めた拳ですり潰そうとするのだけはやめて!」
「アイザック先輩も言葉遣い悪いですよ。先輩がそんなだとどこぞの後輩のライル・ガードナーがここではそんな感じでいいのかーと思って真似するんでやめてください」
「別にあいつ好き勝手やっててストレス溜めたりしてねーと思うんだけどな……」
「じゃあ単に相棒に不満なのかもしれませんね」
「えぇ?」
「僕はアイザック先輩のこと、今では感謝してますし、初期の頃は僕の方もムキになってこんな奴に後輩扱いされてなるものかみたいな子供じみた感情もありましたから、貴方の言うことが全部癪に触って、こんな奴の相棒なんかになるものかみたいに首輪が顔にめり込んでも頑として散歩から家に帰らない犬みたいになった時期ありますけど」
「……確かにお前ほんとに初期の頃なんだってこんなに反抗的なんだって時期あったな。そんな長くはなかったけど。あれ顔面に首輪がめり込んでたのか」
「めり込んでましたね。貴方がこっちにおいでーと腹立つ顔で手招いて色が気に食わない家に戻そうとしたり安物のドッグフード食わせようとしたり、腹立つ顔でビシッと最高の状態でセットした髪撫でようとしたからそんなことされてなるものかと踏ん張って顔に首輪めりこんでましたが」
「ちなみに君の言う俺の『腹立つ顔』ってどういう時のを言ってる?」
「奥さんに聞いてくださいよ。絶対『ああ、あの顔ね』って知ってるから」
「知ってませーん。奥さん俺の顔全種類大好きでしたー! つーか離婚したからもう聞けねえよ! 俺のこのかっこい……」
ボッ!
さっきと同じ現象でアイザックの顎が燃えた。若干鼻も燃えた。
「どあああああああああ!」
「今の顔ですよ。おちゃらけた時の。顔面に拳めり込ませてやろうかコイツと思わせる。腹立つ顔ですよね」
「ちょっとそこのバーテンダーさんこいつに俺の許し無く燃えるほどの高アルコールの酒持たせないでくれるかな⁉」
アイザックが涙目でバーテンダーに訴えた。
「でもまあ、貴方さっき忠誠心や愛情やらの話してましたけど、ライルも別に忠誠心が無い男ではないですよ。
だって教えてもらったオルトロス時代の給料今に比べてとんでもなく安かったですよ。その上に内容も今より遥かにハードでほぼ二十四時間勤務だし。完全に労基あそこの街は崩壊してます。
その中で必要に応じてあの人たちは遊んだり休みを取ったり、自分でしてたみたいなんですよ。だから他人の都合とかお構いなしに自分たちのやりたい時に自分たちのやりたいことしないと、やっていけなかったみたいなんです。
あの人の車でもセックス出来そうな感じとか、やっぱその名残みたいですね。きちんと家に行ったり、ホテルを取ってあげたりしていられなかったそうです。
それでもあの人十代の頃から勤務して勤続何年だと思いますか? 六年ですよ。
十代の新人とかみんな辞めてくみたいですけどライルは数少ない生き残りだったとか。
なんでそんなとこそんな長く勤めたんですかって聞いたことありますけど、街自体を気に入ってたみたいなことを言ってたから……本来は多忙とかもあんまり気にならないのかもしれないです。
忠誠心が無い人に、あの環境で六年は無理ですよ。
それにあの色々な変な生物へのとんでもない愛情とかもあるし。
まあ確かにそんな和気藹々と慣れ合って来るタイプではありませんけど、その点僕も似たようなものなので人のこと言えませんし。
貴方と僕の新人時代に比べれば、僕とライルは遥かに殴り合ったりはしてませんし言い合いだって少ないですよ。
多分それは、ライルが聞き分けてる部分なんだと思います」
「へ~。お前にそゆこと結構話してんじゃん。
っていうか、ああ。シザ君は絶対折れなかったもんね。顔にめり込んでたもんね首輪が」
「そうですよ。絶対僕は折れませんもん。先輩は折れますか? 折ってあげますよ僕が」
「いい! 折らないでいい! というか何を折るか具体的に言ってないとこが余計怖い! というか光の強化系能力者が折ってやるとか言い始めると洒落にならん!」
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