「乖離」②
両親ともに教師ということもあり、ある程度の学習能力は才能として受け継いでいたのかもしれない。それとも、両親が教師として長年培ってきた知恵を使用して幼少期から僕専用の勉強を用意していたためなのかもしれない。どちらが影響したのかは分からないが、小学校に入ってから学校の勉強についていけないということを経験したことが無かった。もし授業についていけないということがあったとしたら、両親が何を言い出すか想像をしたくも無かったがそんな心配はしなくてよかった。
それは、地域の陸上少年団に所属してからも変わらなかった。確かに、母の言っていた通り土日に課される勉強量が陸上の練習や試合があるからなどと言う理由で変わることは無かった。それが影響して陸上の練習に集中しきれない日があったということも事実だ。しかしながら、それで諦めては自分で決めて挑戦するという機会から逃れることになる。加えて、母との約束を破ることになる。そのことは僕のプライドが許せなかった。だから、陸上も勉強も両立することを目指し続けた。
そのため、学校では学力という意味では他のクラスメイトといい意味で差が顕著になってきた。それもそうだろう。小学生のそれも低学年の頃から勉強に真剣に取り組んでいる人など全国的に見ても少数派なのだから。ただ、それも僕が田舎に住んでいることも関係しているのだろう。両親から聞いたことがあることだが、都会の方が偏差値の高い学校が多くそこに進学することを目指し、僕と同じように小さな頃から勉強に勤しんでいる子も多くいるとのことだ。その現実を小さいころから聞いていたため周りとの差にうぬぼれることは無かった。むしろ、周りの環境に影響されないように親が課す勉強のレベルは容赦がなくなってきた。それでも意地でも付いて行こうとした。親から課される勉強だけが普段あまり一緒にいる時間の少ない両親との繋がりを感じられるような部分だったから。
陸上と勉強の両立。それを続けるだけの毎日。勿論、放課後に誰かと遊ぶようなことはできなかった。しかし、それを残念に思うことは無かった。小学校に通い始めたからといって、学校で習っていることはいまだ変わらず初歩的なこと。それに精神の成長途中でもある。周りよりも早くから勉強をしていた僕と周りの間には、精神の成熟度の差が出ていた。勉強をしていたからその差が生じたのかは不明だが、それはいずれ縮まるだろう。しかし、今すぐに起こることでは無いだろう。そのため、周りからは異質に見えたのだろう。
『侑真君って誰とも放課後遊ばないよね。何してるんだろう?』
『分かんない。なんか変に大人びているし。』
『授業もあまり聞いてなさそうなのに、テストほとんど満点だし、不思議だよね?』
そんな声がチラッと聞こえてくることもあった。ただ、幸い陸上の少年団にいたため、そのコミュニティの中では知り合いがおり完全な孤独とはなっていなかった。もし、あの時陸上を始めていなければどうなっていたのか怖かったが、少々周りともコミュニケーションを取らないといけないなと危機感を覚えるのだった。しかし、僕が人間関係でそう思っていようと勿論相談をしていない両親は知らないわけで、良い塾が見つかったと更に僕に勉強しろと強制してきた。それは小学校3年生の頃だった。
それまでも両親が僕に合った塾を探していたことは知ってはいたのだが、どうやら二人の御眼鏡に適う塾はなかなか見つからなく僕としては安心していた。その安心できる時間もその時に終わってしまった。
平日は学校に塾、帰ってきてから親が課した勉強。土日は陸上に親が課した勉強。流石の僕でも小学生の忙しさでは無いと思うのだが、それに文句を言う暇もなくただ時間は過ぎていく。
学校。塾。家。陸上の練習。それを行き来して過ごしていくうちに小学校卒業の時期になった。卒業式で涙を流す子もいたが、特に何も思うことが無かった。忙しかった。ただ、それぐらいしか。
その生活も中学に進学するにあたって変わらないことは親から事前に知らされていた。都会だと中学受験というのもあるそうだが、僕の住んでいる田舎に受験で入るような中学で両親が納得するようなところは無かった。そのため、事前に小学校の時よりも勉強量を増やすよと事前通告を受けていた。だから、変わらない日々が待っているという絶望の気持ちの方が心の中には存在した。
事前に言われていた通り、地元の中学に進学。知らない奴らも同じクラスになるが少年団時代の陸上で知り合った友人に会えたことだけは良かったことだろう。まあ、そこで彼らと陸上部に所属することになるのだが、小学校の頃と同様、勉強の息抜きには丁度よかった。
ただ、部活は小学校時代の少年団とは異なり、平日の放課後にも更には土日にもあるため忙しさは想像していた以上になった。それでも、勉強以外に取り組むことが無いと周りと感覚が離れていくような気がして、意地でもしがみついていた。
中学校にもなると塾に行くやつも増えてきて、僕のことを理解してくれる奴も増えてはきたのだが、それでも学力という面では学校では抜きんでていた。まあ、そうでもないと親が何を言い出すか分からないので安心したが。
ただ、親は小学校時代とは異なって受験ということを意識させるようになってきた。勿論、想定していた通り県内で最も偏差値の高い高校を目指せということだった。それは塾の先生からも昔から言われてきたことで、何なら大学の話もしてきた。当時は僕にはまだ早い話ではないかとどこか他人事のように考えていたが、中学生にもなるとそうでもなくなってきた。しかし、そこに自分の意思は無かった。それに対して本当であれば文句を思うのが普通であるのだろうが、まるでそれが自分にとっては当たり前かのように思っていることに疑問は生じなかった。
陸上に関しては可もなく不可もなく。それでも、小学生の時に母に思い切ってやりたいと言ってから続けられている。少年団の頃には自分の身体的な成長によって短距離から他の種目へと試しに変更してみたときもあったのだが、結局自分に合っていたのは短距離だった。それは成績的にも自分の意志的にも。
中学生になり、少年団から部活へと所属しているチームも環境も変更になり、練習の求められる強度も高くなった。それに対して嫌な顔をするチームメイトの割合も大きくなった。しかし、やりたいことをやることが出来ているからだろうか。僕自身は辛いということは思わなかった。本当に辛いことは練習が終わった後から始まるのだから。そのことを知らないチームメイトも勿論いるわけで、時々こんな声を聴いた。
『侑真はキツイ練習でも嫌な顔せず前向きにやってるよな。』
『そう?別にキツイけれど、まあやれば終わるし。』
『なんかポジティブなのかどうなのかよく分からんな。』
本当はそれ以上にキツイことを毎日継続しているかつ陸上が好きだからなのだが、思春期特有の恥ずかしさからなのか本当のことを言えないでいた。
そんな感じで変わらず楽しめていた陸上人生。でも、平日の部活の練習が終わるのは夜の6時。そこから片づけや着替え等をしていると学校を出るのは6時半より少し前。学校からの距離的に自転車登校は許可されていないため、家まで歩いて帰る。本当は直接塾に向かいたいのだが、それを誰かに見られて学校にチクられると他の部員等に迷惑をかけるため、渋々校則を守る。
家に一旦帰ったのはいいが、特に誰もいる気配を感じない。もしかしたら和真が塾から帰ってきているかもしれないがどちらにせよ自分の部屋で勉強をしているだろうから邪魔をするのは申し訳ない。生まれた直後はかわいいなと思っていたのに、自分の生活に熱中しているあまり和真に接している時間も少なくなってしまった。本当は話したいのに。しょうも無いことで笑い合いたいのに。それを許す時間は互いに無い。
隣のドアを開け、部活用の鞄や学校の教科書が入っている鞄を自分の部屋に置いて、代わりに塾用の鞄を手にして家を出る。時間に余裕があれば、洗濯物などを鞄から出しておきたいのだが塾は7時からだ。いつも遅刻気味になるため塾長からじろりと睨まれるのだが、それももはや習慣化してきてしまった。長年の付き合いのようになりつつあるという点からもそうなっているのだろう。とりあえず、余計なことを考えず立ち漕ぎで塾に向かう。
塾が終わるのは10時。周りには見知った顔もいるが彼らと喋ると帰る時間が遅くなってしまう。だから、無視してさっさと帰宅の準備をする。
帰宅すると大体親は帰ってきているが、そうでない時もざらにある。その様子を見て絶対に将来は教師にならないと心から決めこんでいるが、それはどうだろうか。ここまでの人生、親が選択してきたレールの上をただ走ってきた。その終着点が教師なら嫌だがあまりにも先のことすぎて考えたくもない。そう思いながら家のドアを開ける。
『お帰り。』
そう親の声が聞こえてくる。決して大きくはないが。日によっては和真がもう寝ているから。
『ただいま。』
そう返し、とりあえず、鞄を自室へ置いてから再び1階のリビングへ向かう。
そこには、僕用に夕飯が用意されているところだった。
『ありがとう、僕も手伝うよ。』
『いいわ。侑真は父さんと一緒に座ってなさい。』
『うん。』
そう言われたからには渋々座るしかない。というのも、父は寡黙で何を考えているか分かりづらいから接しづらいんだよな。幼少期の頃から仕事の関係で親子のコミュニケーションがとれていなかったことが可能性としては考えられるが。それもあってか準備が済んで『いただきます』を言ってからは黙って食べる夕飯。これが我が家の普通だった。それがおかしいというか、他と違うと気づくのはまだまだ先のことだ。
どうせ、話しても勉強に関する話題以外長続きしないし、せっかくのご飯ぐらいは何も考えないでいたかった。
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