1月1日

〇 〇 〇


 男の子が寝ている。

 そんな男の子の匂いを嗅ぐ。

 甘く香ばしく、草原に咲く草花の匂い。

 男の子からそんな匂いがした。

 私の好きな匂いだった。

 ぺろぺろと男の子の頬を舐める。

 男の子はくすぐったそうにしている。

 それを見てなんだか楽しくなってしまった。



〇 〇 〇


 目が覚める。

 時計を見ると、朝の八時。

 体を起こして、窓の外を見る。外はすっかり明るかった。

 新年の朝だ。新しい一年が始まった。

 ベッドから抜けて、着ているパジャマを脱ぐ。適当な私服を見繕ってそれを着る。

 着替えを終えて、部屋を出る為ドアを開ける。

 ドアを抜けると同時に、隣の部屋のドアが開いた。

 隣の部屋から白が出てきた。


「あっ……」


 目が合った。

 それと同時に気恥ずかしさを覚えた。

 お試しとはいえ、俺たちは付き合うことになった。

 今は、恋人としての初めての朝で、初めての一年だ。

 それを思うだけで、さらに恥ずかしくなる。


「えっと……」

「あの……」


 俺たち二人して言葉が出なくなる。

 もじもじと立つその足元は、落ち着かなく何度も足踏みをする。

 だがこのままでは何も始まらない。だから少しの勇気を出すことにした。


「お、おはよう……」

「お、おはようございます……」


 挨拶はした。しかし、やはりお互い気恥ずかしいものが辺りを漂ってしまう。

 こっそりと白の顔を見る。朝なのに、その顔はほんの少し赤く染まっていた。


「二人とも、早く起きなさい」

「「はい」」


 母の声にハッとさせられ、体を跳ね上げてしまう俺達。

 同時に顔を見合わせた。


「はは……」

「ふふふ……」


 お互い笑ってしまった。



〇 〇 〇


 朝食を終えて、外へ出た俺たちは、夢月の神社へと向かっていた。

 元旦と言えば初詣だ。

 ――実を言うと、夢月からラインで『あの子を連れてきて』と連絡が来た。だから朝から早々神社へと向かうことになったのだ。

 いつも通り手を繋いだ。


 神社へと着く。

 神社はたくさんの人で賑わっていた。

 たくさんの屋台が建ち並ぶ境内。たくさんの参拝客。

 そんな中、夢月の姿を探す。

 すぐに見つけた。夢月は巫女服姿で、参拝客を案内していた。

 巫女服姿は夢月だけではなかった。アルバイトだろうか他の巫女服姿の女性がちらほらといた。

 新年早々、朝から眼福な物を見られた。

 こちらに気づく夢月。近づいてくる。


「いい所に来た」


 そんな夢月が突然白の手を掴む。


「こん?」


 白が首を傾げた。


「こっち来て」


 白の手を掴んだまま夢月が社務所の方へと向かっていく。


「こ、こ、こ~~ん!?」


 突然の事で慌てた声を上げる白。

 社務所へと消えていく二人を、俺は唖然となって見つめていた。


 しばらくして戻ってきた二人。

 特に白の姿を見て、俺は驚愕した。

 白が巫女服を着ている。

 銀髪と巫女服。巫女服とはいえ、その姿はまるで異国の姫と言えるのではないかと思えるほどに、神々しく見えた。

 眼福過ぎて、脳の容量が足りなくなりそうだ。

 見惚れる俺を見て、恥ずかしそうにもじもじし出す白。


「あの、和志さん……そんなに見ないでください……」


 そんな言葉を呟く白に、俺の心は感激で泣いた。


「ふふふ、これで働き手は得られた。この子を置いとけば繁盛間違いなし。むしろ神聖さ抜群で好評になるかも……」


 そんな不気味で不敵な笑みを浮かべる夢月。巫女ではなく商売人になった方が成功するんじゃあないか、と思えてしまう。


「ほら、和志も暇なら働いて。今は猫の手も借りたいから」

「いやいや、なんで新年早々働かされなきゃいけないんだよ」

「この子も働くのに、和志だけぼうっと突っ立っているだけでいいの?」

「うぐぐ……」


 反抗したものの、夢月の物言いに何も言えなくなってしまった。

 ――いや働く巫女服姿の白を、ただ眺めるだけってのもいいのかもしれない。


「あの……和志さん?」

「うっ……」


 純粋な目で見る白に、下心満載な自分が恥ずかしくなった。

 巫女服で、そんな目で見つめてくる白は、破壊力がある。


「……分かったよ」


 こうして俺は折れて、新年早々神社の手伝いに駆り出されることになった。



〇 〇 〇


 ようやく人混みが止み、一息を吐いた時、白がいないことに気づいた。

 ――どこへいったんだ?

 境内や社務所の中、白の姿が無いか探した。

 すると、枯れたご神木の傍に立つ白の姿を見つけた。

 白はご神木をじっと見上げている。


「何しているんだ?」


 そんな白に声を掛ける。

 白は何とも言えないような表情で、木を見上げていた。

 そしてぽつりと口を開く。


「もうこの木は、願いを叶えることが出来なくなったんですよね?」

「そう夢月が言っていたな」


 ともに木を眺める。

 やはり迫力と言うものが何も感じられない、ただの枯れ木だ。


「他に叶わなければいけない願いがあったはずなのに、最後にあんな願いが叶ってしまっていいのでしょうか?」

「あんな願い?」


 ぼそりと語る白に聞き返す。しかし白は何も答えなかった。


「私、もう行きます……」

「あ、ちょっと――」


 白は立ち去った。立ち去る前に見せたその表情は、浮かないものだった。


「ふむ」


 声が聞こえた。声の方を振り向くと、物陰に隠れていた夢月を見つけた。


「お前、立ち聞きなんて失礼だぞ?」

「立ち聞きじゃない。ただ聞こえただけ」


 悪びれもなく答える夢月は、そのまま白が向かった方向へと足を向ける。


「私に任せて」

「は? え、ちょっと――」


 呼び止める間もなく、夢月は白の後を追いかけて行った。


 夢月と一緒に戻ってきた白は、すっかり調子を取り戻していた。


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