第10話 2-4 新人プロテスト前日 ベンタのバイト先の話

 ベンタは中学卒業と同時に和歌山から上京して、プロボクサーを目指し千葉県松戸の徳川ボクシングジムに入門した。

 選手寮に入り、生活の為に仕事をしなければならなかった。

 徳川会長が仕事先として見つけてくれたのがジムの近くにあるリネン工場だった。

 この会社の大沢社長は、徳川の現役時代から応援してくれた旧知の間柄で、新卒の若者を特に希望していたのだった。ベンタの仕事は、リネン工場のアルバイト社員だった。

 アルバイトとはいえ社員としての待遇は勿論、社会保険も完備されていた。

 朝は掃除と機械の点検から始まり、前日持ち込まれた洗濯物の仕分け、そしてクリーニングされた品物別の整理整頓作業等がベンタの主な仕事だった。

 身体が大きかったとはいえ働き始めた時はまだ十五歳。

 あどけなさが残る笑顔で、ベンちゃん、ベンちゃんとみんなから呼ばれ、可愛がられていた。

 明るく元気で力持ちのベンタは、重宝がられ、辛抱強く仕事を覚えて、少しずつ頼りにされていた。ボクシングの練習や所要のために時間が必要な時以外は仕事を休まなかった。

 責任感を持って誠実に仕事に取り組む姿勢が、みんなから信頼され頼りにされていた。

 入社してから十か月近くが経ち、早生まれのベンタは令和六年一月三十日、ようやく十六歳をむかえたばかりだった。

お昼は会社の食堂で毎日頼んでいる仕出し弁当をみんなと一緒に食べていた。

 但し仕出し弁当は揚げ物が多く油分と脂肪分が多いので、気を付けながら食べていた。

工場長の秋田がベンタに声をかけてきた。

「東弁君、いよいよ明日だな。プロテスト頑張ってな」

 ベンタの肩に手をのせた。

「はい、がんばります!」

ベンタが明るい笑顔で元気よく答えた。

 食堂にいた周りにいた人たちが一斉にベンタの方を見た。

「えっ、いよいよプロテスト受けるのかい?」

 先輩の高木が肩を叩いた。

「ベンちゃん、プロになるの?」

 年配のパートの吉田さんが驚いたようにベンタに尋ねた。

「まだだよ、吉田さん……」高木が笑顔で吉田さんを見た。

「このテストに受かれば正式にプロボクサーさ」

 高木が自分の事のように吉田さんに説明した。

「そうなの?」

 吉田さんが、

「私はボクシングの事はよく分からないけど」

 と言いながら、ベンタを見た。

「仕事とボクシングを一年近く頑張ってきたもんね。うちの子供とは大違いだわ」

「いやあ、ハハハ」

 ベンタが照れくさそうに右手を頭の後ろの首筋に持っていった。

「ベンちゃんなら絶対大丈夫よ!」

 吉田さんがベンタの顔を頼もしそうに見た。

「ベンタ、がんばれよ!」

 先輩の高木が右手の拳を握ってガッツボーズをしてくれた。

「はい、全力を出してきます」

 ベンタも右手の拳を握ってガッツボーズと笑顔で応えた。 

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