幕間 とある間諜の受難

 前話と同日です。


 最近、ローファンタジーじゃないかと思い始めているとか云えない

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 【総合商社 株式会社 オルトレア・グローバル本社ビル】


 一部を除き・・・・・、本来ならば出社して業務に従事している筈の社員が――受付すらも――居らず、しかし、閑散とは真逆の殺伐とした気配が蠢くビルの通路を、銀糸の様な髪を腰まで伸ばした、何処か中国や韓国系の顔立ちの女性と、血塗れ且つボロボロのスーツを着た男が、周囲を警戒しながら慎重に移動していた。


 「【頭首トォウ】!!こんなの聞いてなかったんだけどぉ!?」

 「騒ぐな!!見付かるだろうがッ!!」


 紅玉を思わせる赤眼を、理不尽な状況に半泣きになって潤ませて、小声で絶叫すると云う器用な真似をした彼女――【蘇芳スオウ】と、其れに同じく小声で文句を言った男は、正しく招かれざる客――まんまと・・・・誘い込まれた・・・・・・間諜・・であった。

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 時は戻り、彼女が数ヶ月前にこのビルに来たのは、ボスたる【頭首】からその【能力・・】を見込まれて、【とある情報】を奪取する事だった。


 『まぁ、多分、死ぬ様な事は無いだろうから、頑張ってよ』


 そんな事を云われて、【人事部】の社員に成り代わって目的の【情報】を探し始めた矢先に、異常な人事異動と云う事案が発生してしまった事は、【蘇芳】にとって不都合極まりない事態であった。


 だが、其れでも頼まれた以上はやらねばならぬと、外部から来た――恐らくは親会社か?――スーツ姿の職員との面談をどうにか切り抜けて潜入を継続していたが……。


 そして今日もいつも通りに、【人事部】のデータベースにある筈の、目的の【情報】の捜索をする為に、ボブカットの黒髪に・・・・・・・・・眼鏡を掛けた・・・・・・黒眼の童顔・・・・・の女性の姿で・・・・・・、最寄り駅から【オルトレア・グローバル本社ビル】へと向かっていた。


 何事も無く、潜入先である8階建ての縦にも横にも広いビルに辿り着き、開いた自動ドアを潜って中に入る瞬間、


 「――来るな、【白瀬しらせ】ぇえええーー!!」


 汗で濡れた必死な顔で、自身の仮初の名を呼んで叫び、こちらへと制止する様に手を伸ばす、スーツ姿の仲間の男が見えたと思ったら、死角から高速で真っ直ぐに飛来した極太の槍が頭部に直撃して貫通する。


 慣性に従って、頭部に刺さった槍に引かれて軽く浮いた身体が床に倒れる姿に、不味いッ!!と【蘇芳】が思うよりも先に、踏み出した足がエントランスの床に着いてしまう。


 直後に、見えない何かに押される様に、エントランスへと引き摺り込まれた【蘇芳】が小さく振り返ると、壁一面にビッシリと《術式》が刻み込まれて、灰色の光を放っている。


 「チッ!!いきなり何だ、此れ!?」


 止まっている暇は無いと、【蘇芳】は直ぐに横たわる仲間の下へと駆け寄ると、胸を右脚で踏んで、頭部を貫く槍を無理矢理引き抜く。


 抜いた槍を近くに放り捨てて、槍が飛んできた方向を見ると、【其れ・・】はいた。


 灰色がかった白色の大きな油っぽい蟾蜍ひきがえるの様な、ずんぐりとした身体をした【其れ】が、ピンクの触手の群れが先の方に生えた頭部をこちらに向けて、存在しない眼で観察する様に立ち止まっている。


 【其れ】の事を知っている【蘇芳】は、顔を引き攣らせながら一歩後退る。


 【其れ】は、自在に変化させられる筋肉を十全に活かして、手脚を伸ばして小太りながらも、大凡おおよそ人型に見えなくも無い姿になると、握った拳をこちらに向けたまま腕を引き、半身になって膝を撓ませる。


 「おいおい、まさか、冗談だよなぁ〜……?」


 嫌な予感しかしなかった。


 溜め込んだ力を一気に解放する様に、撓ませていた脚を伸ばして床を蹴ると、凄まじい速度でこちらへと接近してくる。


 「……ッ!!」

 「マジかよッ!?畜生ッ!!」


 【蘇芳】は倒れる男を乱暴に蹴って転がして、自身も反対側へと飛び退いた。


 数拍遅れて、明らかに熟練した正拳突きが【蘇芳】の頭部があった場所を通り過ぎ、遅れた風が冷や汗を流す顔を撫でる。


 「ッ!!……ッ!!」


 が、恐るべき事に其れだけでは終わらずに、小さな力士の様な身体を捻り、突き出した腕をそのまま真横に振るい、裏拳として【蘇芳】への追撃を放つ。


 「待って!?嘘よねぇ!?」


 懐から手榴弾を取り出そうとしていた【蘇芳】は、【能力】――自身の姿を変幻自在に改変し、偽装出来る【千姿万恰《トイシェン》】による変装が解除される程に焦りながら、敢えて拳が迫る方に転がって下を潜り抜ける。


 真上に聞こえる風切り音に肝を冷やした【蘇芳】は、転がった勢いを利用し、片手で床を突いて回って立ち上がる。


 【其れ】は、変化させていた身体を最初に見た蟾蜍の様なずんぐりとした姿へと戻すと、足下に転がる槍を回収する。


 明らかな格上の相手。何なら、視線を外せば、文字通りの人外の膂力に武術を載せた必殺の一撃が襲い掛かってくる様な化け物だ。しかも、追撃付き。


 (何よ此れ!?どうなってんの!?)


 内心で激しく混乱しながら、冷や汗を流し強張る顔は決して、其れからは逸らさない。下手な動きは致命的な隙になり兼ねないから動く事も出来ない……!!


 (……どうする?このまま睨み合っていても……!!)


 張り詰めた緊張感が身体を縛り、相手も動かない故の膠着状態が場を支配するその時、


 「シネヤァ!!コノ、ボケガァアアアアアアアアアアーー!!」

 「……ッ!?……ッ!?!?」


 荒々しい大音声の怒号がエントランスに響き渡る。


 吹き抜けになっている2階――3階迄吹き抜けになっている――から、灰褐色の【蜥蜴人間リザードマン】と表現する様な見た目の存在が、大きな鋏を持つ、体長が2m程はあるピンクの甲殻類じみた生物を足蹴に、渦巻く楕円形の頭部らしき部分に片手を突き立てて落下してきた。


 硬く重い物が叩き付けられ、砕ける凄まじい音が響き、槍を持っている【其れ】が、そちらへと顔――触手が生えている部分をそう呼ぶならばだが――を向ける。


 「逃げるぞッ」

 「ッ!!」


 その一瞬の隙を突いて、男――確かに、【其れ】が投擲した槍に頭部を貫かれた男――が【蘇芳】の耳元で短く囁き、左腕を引く。


 囁き声を聞き取ったのか、気配を感じ取ったのかは分からないが、【其れ】が【蘇芳】と男へと素早く向き直ると、槍を持つ腕と踏み締める脚の筋肉を補強して、強力な一撃を放つ準備を即座に整える。


 「《中断、途絶、停止、我に一瞬の猶予を与えよ、汝の意識に刹那の空白を齎せ》ッ!!」


 【其れ】が槍を投擲するよりも先に、男は素早く《詠唱》を完了させると、標的を示す様に【其れ】を指差す。


 直後に、【其れ】はビクリと身体を一度大きく震わせると、脱力した様に槍を手から取り落とし、強化した腕と脚を縮ませて、その場に崩れ落ちる。


 「ヨッシャッ!!今の内に逃げるぞッ!!」

 「チッ!!《魔術》かよッ!!全く、羨ましいなぁ〜〜ッ!!」

 「ンな事言っている場合じゃねぇ〜んだが!?」


 余裕があれば、ガッツポーズの一つでもしていそうな程に弾んだ声の男に、【蘇芳】は嫉妬を多分に含んだ舌打ちをして毒づく。


 其れに突っ込みながら、【蘇芳】の腕を引いて一番近い右側の通路へと駆ける男は、後頭部に・・・・眼を生成・・・・して後ろを・・・・・確認する・・・・と、床に叩き付けられた甲殻類は完全に絶命して肉体の溶解が開始していた。


 そして一番確認しておくべき【其れ】は、既に意識を取り戻して槍も握っており、流石に逃げる雑魚二人よりも、新たに現れた【蜥蜴人間】の方を優先するべきと判断した様で、こちらでは無く【蜥蜴人間】の方を向いて構えていた。


 「何処に行くんだ!?」

 「取り敢えず、上だ、上!!何なら、吹き抜け近く!!」


 腕を引かれて走る【蘇芳】の問いに、男はヤケになった様なテンションが上振れた様な感じで、行先を曖昧に答える。


 「このビルの中に安置なんて無いからな……ッ!!少しでも【何か】――」

 「チノニオイ!!チノニオイ!!チノニオイィイイイイイイイイィ!!」

 「――チッ!!もう【何か】来やがったか!?」

 「本当に、何が起きてんだ!?」


 通路を駆ける二人は、壊れた音楽プレイヤーの様に同じ言葉を繰り返し叫びながら、通路の突き当たりから走って飛び出してきた、振り回している、刀身が白銀に妖しく輝く刀と、鍔に精巧な装飾が施された西洋の直剣を含め、全身を血で赤く濡らした明らかに正気では無い中年の女の姿を見て、慌てて脚を止める。


 「今度は何よッ!?」

 「見た通りだろッ!!」


 左右に伸びる通路の中間辺りで唐突にピタリと動きを止めた女は、首だけを巡らせて二人の方へと顔を向けると、視認した途端にニタリと大きく顔を歪ませて嗤う。


 女が再び、両手の刀と直剣を振り回して、【蘇芳】に向かって駆け出す。


 ゾクリと背筋の芯に悪寒が流れ込む様な感覚が襲い、関節が凍り付いた様に動きが鈍った身体の中で、本能的に女から離れようと脚だけが後ろに動いて、


 「開いた!!【白瀬】、こっちだッ!!」


 仲間の男を叫ぶ様な【蘇芳】を呼ぶ声で、身体を縛る強張りが解けて、声の方を見る。


 男は開いた扉から上体だけをこちらに出して、【蘇芳】に向かって手招きをしている。


 考えるよりも先に身体が動き、男がいる扉の先に向かって駆ける。


 女が振り下ろした刀の凶刃が【蘇芳】を斬り裂くよりも早く、男が【蘇芳】の腕を掴んで引き寄せると、ダンスでも踊る様に回り、反対の手で扉を閉めると、タックルする様に扉に身体をぶつけて押さえ込んだ。


 ガキンッ!!と云う金属が扉に叩き付けられる音が鳴り響く。


 暫くの間、其れが嵐で吹き付けられた雨粒の様に何度も激しく続くと、諦めたのか突然、其れが止み、二人がいた方向へと遠ざかって行く、遭遇した時に聞いた繰り返される言葉と駆ける足音が聞こえる。


 「……助かったの?」

 「さぁな?兎に角、上がるぞ」


 その言葉に【蘇芳】が見回して場所を確認すれば、成る程、どうやら此処は非常階段の一つらしい。


 「上がったら説明はあるんでしょうね?」

 「上がった先で余裕があればな」


 其れもそうだと【蘇芳】は同意する。


 既に、精神的にも肉体的にも倦怠感で重くなり始めている身体を動かして、【蘇芳】は何か知っていそうな男と共に、階段を登り始めた。

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