第18話 アトリエの決戦

 同じ人物に複数の呼び名が使用されております。【豹ヶ崎】=【濱家】、【一】=【佐宮】

――――――――――――――――――――――

 【豹ヶ崎】と【一】は【アトリエ】の前に立っていた。


 「では、伝えた通りに・・・・・・お願いします」

 「分かりました」


 扉越しに聞こえてくる獣の様な【恵居】の唸り声が、確かに【恵居】が部屋の中に居る事を伝えてくる。


 【豹ヶ崎】はドアノブを握る。


 この先に進めば【魔法陣】を破壊した敵として相対する事になる緊張感で、【豹ヶ崎】の口内が渇き、鼓動が速まっていく。


 それでも、この部屋に根付く異常に決着を着ける為に、握ったドアノブを回し、扉を開いて室内に入った。


 【アトリエ】へと脚を踏み入れた【豹ヶ崎】と【にのまえ】を待ち構える様に、【恵居】は、女性の裸体やそれを貪る何処か【恵居】に似ている人型の獣、そして蒼月の霧が掛かった墓地を描いたキャンバスや、石膏らしき物で出来た裸婦像と云った自身の作品に囲まれた部屋の中央に立っていた。


 室内は薄暗く、血液と画材、そして閉塞した部屋特有の淀んだ埃臭さが停滞している。


 【恵居】の首は、無理矢理引き延ばされた様に妙に長くなっており、所々に細かく裂けた傷があり、首が据わっていないのかグラグラと揺れている。


 左手首には数本の深い切創があって赤黒い血液が溢れて滴り落ち、腹部の辺りには血液の染みが大きく広がっている。


 全体的に木乃伊ミイラの様な印象を受ける姿の血色の悪い肌色の【恵居】は、落ち窪んで淀んだ眼を【豹ヶ崎】と【一】に向けて、口角に泡の付いた罅割れた唇を動かす。


 「お疲レ様デス。【佐宮】サん。そシテ、【豹ヶ崎・・・】さン」


 【恵居】は苦悶に歪みかけた顔に、嘲りが垣間見える微笑みを浮かべて、隣に立つ【一】を無視して何でもない様に【豹ヶ崎】の名を呼ぶ。


 「……何故、私の名を?」


 一言も言っていない筈の本名を、当てずっぽうでは無く、明らかに確信を持って言っている事が分かる言い方で呼んだ【恵居】に、【豹ヶ崎】が動揺を押し殺して尋ねる。


 「知ラナかったンデスか?貴女、今、【懸賞金】掛かっテイるんですヨ?」

 「……迷惑な話ですね」


 ニヤニヤと嗤って答えられた理由に、【豹ヶ崎】は引き攣ってはいるもののどうにか笑みを浮かべて返す。


 「そう云ウ訳デスから、出来レバ大人シく捕まっていタダけルト有り難イんデスよ。


 ドウセ色々見たカラ知っていルデしょうガ、【魔導店】モ貴女を支払ウナら、取引しテクれるっテ言っテマすし」

 「お断りですねッ!!」


 【豹ヶ崎】は左手に持っていた【短剣】を右手に持ち替えると、突き付ける様に構える。


 対する【恵居】は仕方なさそうに肩を竦めると、笑みを深めて【一】を見る。


 「【佐宮】さンモ、説得しテクれマセんかネ?


 そウスレば、今回ノ【魔法陣】の破壊ハ不問としマスし、危害ヲ加えル事無く帰っテ戴イてモ構いマセんのデ」

 「お断りですよ。自分の保身の為に部下を差し出す様な、情けない上司になんてなりたくありませんのでね」

 「交渉決裂デスカ。困った物デス」

 「あんな物は交渉なんて呼びませんよ。交渉を舐めないで下さい」


 【一】の挑発する様な馬鹿にする様な笑みを浮かべての拒否の言葉に、【恵居】は構う事無く、未だ自身の優位を確信している様な余裕のある笑みを浮かべながら、纏う気配を剣呑な物へと変化させる。


 「来ますよ。手筈通りに・・・・・

 「はいッ!!」


 戦闘の火蓋が切って落とされる。


 「《今際の念を遺す者よ。――」

 「《見えザルかイナよ。――」


 【恵居】と【豹ヶ崎】がほぼ同時に、それぞれの《魔術》の《詠唱》を開始する。


【一】はさりげなく背後に回していた左手に握る【銃口に当たる部分がレンズの様になっている、機械チックな見た目の拳銃の様な物】を、素早く【恵居】へと向ける。


 【一】が躊躇う事無く引き金を引くと、先端のレンズからバチバチと云う放電音を鳴らして一条の電撃は射出された。


 【恵居】はそれを避ける事が出来ずに、そのまま胸に電撃が着弾する。だが、


 「――彼ノ者を掴ミ拘束セヨ!!》」


 【恵居】は電撃が直撃したにも関わらず、平然とした様子で詠唱を完了させる。


 不可視の何かが詠唱中の【豹ヶ崎】の周囲に蠢くと同時に、それが近付く気配がして――霧散する。


 「防御系ノ《魔術》か、身代ワリの【魔導具アーティファクト】持チでシタか……。


 貴女の入レ知恵でスカ?【佐宮】サん」

 「可愛い後輩を護るのに必要でしょう?


 こっちも貴方がその類の《魔術》を持っている事は知りませんでしたよ。序に云えば、今の《魔術》もねッ!!」

 「フフッ、良いデシょウ?」


 【一】の好戦的な笑みを浮かべての台詞に、【恵居】は余裕の笑みを崩さない。


 一方の【一】も、【電撃銃】が着弾した瞬間に、【恵居】の周囲にある作品の内、二つの絵画が突然、中央から破れて焼け焦げたのを見ており、それが身代わりになっている事を把握していた。


 「厄介な……」


 思わず吐き捨てる【一】を心配そうに見る【豹ヶ崎】に、【一】は気にせずに詠唱を続ける様に視線で促す。


 正直言って、想定以上の厄介さを獲得している【恵居】だったが、【一】はそれでも【豹ヶ崎・・・の時間稼ぎの為に・・・・・・・・前に出て【電撃銃】を構える。


 「――怨みを抱く者、応報の願う者、道半ばで悪意に生を奪われた者達よ、――」

 「別ニ貴女は必要無インですケドね……」

 「生憎と、それを聞き入れられる立場じゃないのでね」

 「……《見エザる小さキ刃ヨ。――」


 継続される【豹ヶ崎】の詠唱をBGMに【恵居】と【一】は短く言葉を交わし、互いが引く気が無い事を再確認する。


 【恵居】が別の《魔術》の詠唱を開始し、【一】は【電撃銃】のリロードを行う。


 「――未だ根付く念は、尚も仇に手を伸ばす。――」

 「――目ノ前の愚カ者を切リ刻め!!》」

 「《【モルディギアン】の名の下に襲い来る脅威を逸らせ!!》」


 【恵居】の詠唱が完了すると共に、【恵居】の近くにあった石膏像の一つが砕け散り、幾つもの鎌鼬が【一】に襲い掛かる。それを【一】が右手を突き出し、差し込む様に素早く詠唱を完了させると、鎌鼬は不可視の膜の表面を滑る様に逸れて通り過ぎた。


 「チッ!!コレも駄目かッ!!」

 「引き篭もりの付け焼き刃に傷付けられる程、軟じゃないのでね。


 此処にある作品の趣味も悪いですし、もう少し外に出て勉強しては?」


 【一】に完全に《魔術》――《幽体の剃刀》を受け流された事に、【恵居】は若干の苛立ちを見せる。


 否、それだけでは無い。その視線は【一】ではなく【豹ヶ崎】へと向いており、その姿は明らかに【豹ヶ崎】が詠唱する《魔術》が脅威となり兼ねないと感じ取っている事が分かる。


 【一】が馬鹿にする様に嗤って挑発すると、【恵居】は更に顔を歪ませて、傷口から出血量を増加させる。


 【豹ヶ崎】は詠唱に集中しながら、挑発と自身が優位である事を示す様に嗤って、【恵居】の精神的な余裕を崩す様に立ち回っている【一】の姿を見て、頼もしく思う。


 「――未だ燃ゆる憤怒の情炎で、汝の怨敵を焼かんとするなれば、――」

 「クソッ!!なラッ!!《乱レ、崩レヨ。狂気ニ沈メ。――」

 「さて、身代わりがあるって云うなら、盛大にやって大丈夫って事ですよねぇッ!!」


 【一】が殺意剥き出しの凶暴な笑みを浮かべて、【電撃銃】の制御装置のツマミを一気に最大出力へと切り替える。


 引き金が引かれた瞬間に、籠められたエネルギーが先程の比では無い事が明らかな電撃が、銃口から真っ直ぐに大気を爆ぜさせて【恵居】へと奔る。


 「――忘我ノ、なガッ!?」


 その凶暴な迄の電撃に焦りはしても、身代わりがあれば耐えられると高を括っていた【恵居】だったが、腹部に突き刺さると同時に、身代わりである絵画が幾つも木っ端微塵に消し飛び、籠められたエネルギーに突き飛ばされて倒され、詠唱を強制的に中断させられる。


 「チッ!!流石にオーバーヒート起こしましたか……」

 「巫山戯ヤガッテ……巫山戯ヤッテェエエエエエエエエッ!!」


 銃口が高温となり、【電撃銃】のモニターに警告表示が出ているのを見て、渋面で舌打ちした【一】の耳に、【恵居】の怨嗟じみた低い怒りに満ちた唸り声が聞こえる。


 そちらに眼を向ければ、【作品】の残骸の上から立ち上がる【恵居】の姿があり、完全に防げなかったのだろう、焦げや焼けた後が見えた。


 「許サナイ……。許サナイゾ!!絶対ニ殺シテヤルカラナ……!!」

 「おぉ、おぉ、怖いですねぇ〜。


 でも、ちょっと本気になるのが遅かったですね」


 最早完全に化けの皮が剥がれて、殺意を剥き出しにした手負いの獣にしか見えない【恵居】を、茶化す様に馬鹿にした口調で鼻で嗤った【一】は、一転して真面目な表情で横にズレて背後にいた人物を見る。


 度重なる挑発で視野が狭くなり、完全に【一】にだけ意識が向いていた【恵居】は、そこで意識から外れていた【豹ヶ崎】の存在を漸く思い出した。


 「――我は今こそ報復の機会を、虐げられた汝等に与えん。断罪と復讐の剣は、汝等にこそ振るう権利があるのだからッ!!》」


 遂に、【豹ヶ崎】の詠唱が完了した。

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