生命維持装置3
私の名前はルィザス・リンザリー・トキン。友人たちからはリンと呼
ばれている。私は五月の太陽が好きだ。
ロシアの遅い春に、心地よい日差しが私の髪に降りかかる。私はゆっ
くりとハバロスク駅に入った。
履いている靴は一番お気に入りの薄いブルーの線の入った、軽くて丈 59
夫な旅行には最適な靴だ。少し贅沢だったがこの靴のために一週間の食
費が飛んでいった。
長い歴史のある豪華で荘厳なこの駅は中央に円形の巨大なドーム、さ
らに右手に二つのドーム、左手には一つのドームでできている。
私はセントラル・プラットホームに入ると上を見上げた。巨大で精巧
で見事なレリーフが飾られていた。
何を意味するのだろう?
大きな鹿が武器を手に持った人々と対峙している。この鹿は地上に降
りた神なのだろうか?
それとも、人々の敵だろうか?
それにしてもなんと美しい男鹿だろう、
見事な角が人々を圧倒している。
突然、大音響が鳴り響いた。と同時に、天井のドームが大きく四つに
割れ私に向かって落下して来た。
私は、落ちてくる大きな鹿から目をそらす事はできなかった。
ホームのいたる所から人々の悲鳴と落ちてくる瓦礫の音が鳴り響いて
いる。皮肉なことにその鹿が少数民族の象徴だとは、その時に私は知ら
なかった。
AM六時十五分、突然、私は叫び、そして目を覚ました。
いつも、いつも同じ光景の夢を見る。
この同じ時刻に私は事故に遭った。
あれから、もう九年が過ぎているのに。
私は、ベッドの向きを変えるように、隣に座っている介護ロボットに
指示をした。 「JS25、悪いけど、右に少し向きを変えてくれないかしら」
「はい、リンザリー様、これくらいで宜しいでしょうか?」
「え、え、いいわ」
「また、あの夢をご覧になられたのですね?リンザリー様」 「ええ、JS25。私の事はリンと呼んでいいのよ」
「いいえ、リンザリー様。これは規則ですから。ロボットは人間様には 必ず正式な名前で呼ぶ事、そして敬称を付ける事、これは原則ですから」
「分かったわ......きっと、頑固なプログラマーのせいね」
私は、九年前は医学生だった。モンゴルの山奥の貧しい村から、
全ロシア選抜試験で首席で選ばれモスクワ医科大学に入学した。
その将来は輝かしいものになるはずだった。
そう、あの日までは。
極貧の学生生活で、唯一の楽しみは、鉄道で旅をする事だった。
あの日も同じ医学生同士の数人でハバロスクに小旅行に出かけてモスクワに
帰るところだった。
国立大学の医学生という特権を持つ私たちは全ての国家の運営する
交通機関は全て無料だ。
そして五月十日に、最悪の爆破テロがハバロスク駅であった。
運悪く私は、死者675人、重軽傷者5,000人以上という歴史的 な大惨事に巻き込まれてしまった。
私は、胸の下から下半身全て、さらに左肩、左手を、落下してきた巨
大なレリーフの一部に一瞬で押しつぶされた。
通常なら即死の状況だが、遅れてきた親友で後に世界最高の外科執刀
医になったアンナのおかげで命だけは助かった。
アンナ・レジンスキー、彼女は外科手術で特異な才能を持っていた。
通常の手術では止血は外科の基本だ。
しかし彼女は止血を基本的にしない。
バイパス技術の進化で切った血管を他の血管に縫合してしまうのだ。
私の場合は心臓から下半身に出るほとんどの動脈、静脈を区分して縫合
した。
驚異的な記憶の持ち主の彼女は、数万はある全ての血管を熟知してい
た。これにより、血液の多量の出血は一時的に止まった。
そして、二年間にわたる昏睡状態から目覚めた私を待っていたのは、
医学生の権利の剥奪と、この私を取り囲んでいる無機質な生命維持装置
だった。
私は何度も安楽死を国に要請したが、トキン族の族長である父の申請
ですべて却下された。私はトキン族の正式な血統を受け継ぐ唯一の身だ
からだ。
父は私に死を望まなかった。むしろロシアの大学に行かせた自分を責
めていた。
そして、私はここモンゴルの山奥に52ある少数民族のひとつトキン族の、
唯一の病院に寝ている。この村の財政は決して豊かではない。
私は二年前、族長として即位した。現在私がこの村の財政を支えている。 そして、この私が父に代わり世界中に散らばるトキン族の戦士たちに指 示を出し、臓器移植のための臓器売買や情報で多額の金額を稼いでいる。
最近はやっと村にも水道、電気、ガスを供給できる体制ができてきた。
だが、まだまだ私は稼がなければならない。
この村の子供たちの将来のために、世界中にいる我が同胞の戦士たち
とその家族のために、そして私自身の族長としての誇りのために。
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