生命維持装置2

マクガイヤーの話は簡単だった。

つまり三日以内にブツを彼に届ける事、今後は絶対にパティに会わな い事、そして、支払う金額は1.5倍の300万ドルである事だった。

俺は沢山の疑問の山の中で一番聞きたかった事を聞いた。

なぜ俺を選んだのか?


一、二秒の間があり、常に眉間にしわをよせている彼が突然ほほ笑み

ながらこう言った。

「そうだね、実は他にも候補が3社ほどあった。しいて言えば、過去の

仕事の成功確率かな、そして後は私の個人的な趣味かも知れない。

なぜか孤児の子供が好きなんだよ」

と言うと、口笛で『聖者の行進』を口ずさんだ。

これは、俺が育った孤児院の院歌だ。


こいつは俺と同じ孤児院育ちという事か。

そうか、彼は俺の先輩という訳か。

口調もいきなり柔らかくなっていた。

だが、まだ俺はこの曲を聞くたびにあの暗い惨めな生活を思い出す。

それから一時間後、俺は銀色のモノレールの中にいた。 帰りの検査は簡単だ。


あっという間に審査が終わり、席についていた。 俺は何気なく手に持っている Three Leaves 社のパンフレットを見た。 創業はBC五年か。 西暦2055年にこの会社は飛躍的な売り上げを記録している。 そう、それはあの世にいうクローン規制法が成立した年だ。


西暦2054年

簡単に人の毛根や皮膚の表面からの細胞培養により世界的に波及した

クローンによる回復医療が、致命的な打撃を受けた年だった。

クローン人間の人権保護団体は、幾つもの訴訟に負け続けていた。

あまりに酷いクローン人間の臓器売買、さらにクローン人間の臓器展示会。


その冷酷な多くの犯罪に対して、世界中の人権保護団体がクローン人

間を守る事に躍起になっていた。

その時にアメリカ合衆国の国防省のトップのJ・ミュラー氏が被告に

なった裁判が全世界を変えてしまう。

彼は生まれながらの心臓の疾患の為に、自分自身の心臓のクローンを

培養していた。


それは平均収入以上の人なら通常の医療保 険の一部だった。

培養臓器には、人権はもちろん認められなかった。

しかし、若き弁護士(後の大統領)K・ロドニー氏がなんとその心臓

の人権を主張したのだった。

陪審員、裁判官の見守る中で、ロドニー氏の演説が全ての人の心を動

かした。


そして極め付けは、裁判官の一つの質問だった。

「その臓器に意思はありますか?」

ロドニー氏は液体の中に浮かんでいる心臓に電極を接続して

こう言った。

「あなたは、今幸せですか?」

その臓器は言った。

「ノー」

その質問をきっかり十回も繰り返した。

答えは全てNOだった。


最後の返答の後、裁判官は猶予を与えずもう一つの質問を出した。

「あなたは、それでもあなたを生んだミュラー氏を愛していますか?」

答えは、「イエス」だった。 その瞬間に、


その臓器はJ・ミュラー氏の全ての財産の半分を手に入れる事になった。

これが、いわゆるロドニー規制法の成立の基礎となった。


それ以来すべてのクローンは、それが生命体である限り元のオリジナ

ルの全ての権利の半分を有する事になる。

これにより、全世界のクローン産業は壊滅状態になり、それに対応し

て人工臓器と人体臓器移植が世界を制する事になった。


特に世界最高技術で頭角を現わしてきていた人工臓器の最大手 Three Leaves 社は

世界をリードする会社となり始めた。

パンフレットにはその事が、いかにも意図的に神の啓示のように書か

れていた。

それは聖書の中の医師ルカがイエスの復活を予言するシーンに酷似している。


俺は、最後のページの最近のThree Leaves社の今年の総会決議を読 んだ。かなり小さめの文字のため、この年寄りには少しきつかったが、 興味深い内容だった。

特に会社規則125条は1号とその17号の変更と追加だった。


125条全体は最高責任の必須条項だ。

それには、会社最高責任者はアイルランド国籍を有する者に限る、と 書かれていたが、変更後は、アイルランド人である事、になっている。 つまり、簡単に言えば国籍さえ取れれば誰もよかったのが、この変更 により人種的に(又は人体組織的に)51%以上のアイルランド人の国籍IDが必要になったという訳だ。


さらに17号では、最高責任者は臓器移植を認めない、という内容が、

今回変更されている。

簡単に言うと現在、臓器産業界を二分する人工臓器と臓器移植、

今後はこれらの企業同士はお互いに相手を認め合おうと。 事実、臓器移植最大手の


Best Life 社の現社長ロイ・シンプソンも最近、最強人工脚(Three Leaves社製)の使用でヒマラヤの登山に成功 したニュースが話題になった。

当社もこれ以降それを認める事にする、という。つまり、最高責任者も臓器に移植ができるようになったという事だ。


これらは役員の全員一致で可決している。

そうか、会長のレイチェル・アンダーソンは今まで臓器移植ができなかったから

130歳で体がもう死にかけていたのか。

確か125歳が今の女性の平均寿命だったはずだ。

それでも、臓器移植を全くせずによくその年まで生きていたものだ。


さらに自社の人工臓器でさえ使用しているようには見えなかった。

俺はまた、あの半分ミイラ状態の顔で見つめられたのを思い出した。

俺は何かが、頭の中を駆け巡った。


なんなんだ、考えろ。

何かが何かと符号す、そうだ、これは、パティが危険だ。

データ・オブ・アイディンティが問題だ。

もし、俺の勘が正しいならばすぐに彼女の D O I が必要だ。 この状況で、どのようにして彼女に会う事ができるだろう。 俺は目をつむりながらパタンとそのパンフレットを閉じた。


考えろ。


そしてゆっくりと目を開けたその時、一本の髪の毛が挟まっているの

に気がついた。

そっとそのページを開くと、パティがエレベーターで俺に指で話したページだ。

それは、奇麗な栗色のパティの髪の毛だった。

おお、なんという幸運だろう。

俺は本当に久しぶりに神の存在を信じた。

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