発見3
一番奥のテーブルはマスターお薦めのカップル席。
壁を前に店内に背を向け、二人並んでゆっくり愛を語り合えるという、
俺には今まで存在さえ認識しなかったコーナーだ。
親密度を高めるようにマスターが選んだという二人掛けソファはかな
り狭い。
俺は彼女の隣に座り、数センチの距離からも感じられる暖かい彼女の
体温と吐息に懐かしさを感じながら忍耐強く待った。
彼女はカウンターから自分で運んだジンをゆっくり最後まで飲み干し、
意を決したように話し始めた。
「私の話に驚かないでね、ヒョウ」
彼女の通称名はパティ、19歳。出身はイギリス。
彼女が五歳の時、テロに巻き込まれた両親は死亡した。
行き場のなかった彼女は7歳までバーミンガムの孤児院で過ごしてか
らラスティ・シティの近郊に住む現在の養父に引き取られる。
孤児院で育った人間だけが持つ匂い。
どんなに隠しても薄いベールのように体を包むそれを俺の五感は嗅ぎ
つけたのか。
忘れ去ったはずの記憶は懐かしい匂いに無意識に共鳴し、何十年忘れ
去っていたあの時の事が頭の中でよみがえり始めた。
「私を孤児院から引き取り育ててくれた養父の名はエリック・マクガイ
ヤー、貴方が今探している物を依頼した人物」
俺は心の動揺を見せずにうなずいた。
なるほどそうか、そういう事をか。
ははん、依頼人から頼まれどのくらい仕事が進んでいるか調べに来た
という訳か......。
「残念だが、さっきも言ったように君のお義父さんが依頼した品は入手 に手間取っていてね。確かな情報はつかんでいるんだが、直接交渉がな かなか難しく時間がかかりそうなんだ。パティ、おやじさんにはもう一 週間ほど期限を延ばしてくれるように頼んでもらえればうれしいんだが」
「ヒョウ、貴方はまだ本当の依頼人を知らないでしょ。本当の依頼人は、
三 枚 の 葉 義父が勤めている会社の会長よ。Three1Leavesのミセス レイチェル・
アンダーソンなの」
「え、何だと......」
さすがの俺も顔色を変えた。
Three Leaves、その名は世界中で知らない人がいない位の有名な会社だ。
確か、人工臓器部門で 60%以上のシェアを持ち全世界に支社を置く 巨大企業。
従来からあった人工臓器のコンピュータ制御を極力減らし、人間が本
来持つ各臓器のDNAの行動予想解析からより本物らしく動く人工臓器
を開発し、莫大な富を得た会社だ。
この会社が作る人工臓器はあまりにも本物に近いので病気になるくら
いだそうだ。
キャッチフレーズは確か「世界で一つのあなたの臓器」だ。
ミセス レイチェル・アンダーソンはそこのトップだが、確かもう 一三〇歳を越えていたはずだ。後継者は彼女の息子だと記憶している。
「ごめん、ちょっと待ってくれ。そんな大企業のお偉いさんが、どうし
て俺のようなチンケなボディパーツ屋に依頼なんか持ってくるんだ?」
俺はいつもなら理路整然と並べ、核心を容易につける事ができる頭の
中に拡げたカードが突風に吹き飛ばされ、右往左往している気分だ。
そんな大企業のオーナーがなぜ十五歳のアイルランド人少女の右手を
欲しがるんだ?
現在のThree Leavesの本社はアメリカになっているが、確か発祥の
地はアイルランドだったはずだ。
どうやらそこに理由がありそうだ。
パティはそっけなく言った。
「約束の三月十七日までに依頼の物を用意できなければ、貴方は確実に
殺される」
溜まった家賃の返済に残っている生身の右手を売って勘弁してもらう
訳にはいかないようだ。
彼女の大きく開かれた薄いブルーの瞳を見つめながら、俺の心は絶望
の淵に沈んでいった。
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