第305話 ミルロ地方の魔塔第2階層2

 砂の山。

 これまでの探索で、丘ぐらいのものは散見されたが見上げるような山、は無かった。

  シェルダンは近くに岩を見つけると、そっと身を隠す。怪しい物に近付き過ぎてはいけない。なし崩しに戦闘にでもなれば、極めて高い確率で命を落とす。

(根比べだ)

  シェルダンは岩陰にじっと身を潜めたまま、砂山の様子を窺う。

 汗が顎をつたい、先から滴り落ちる。

 夜になることはない。魔塔の中なのだから。暗くなって暑さが弱まる、ということもないのだ。

 ただ耐えるしかなかった。

 サンドフライが一匹、砂山の近くを飛んでいる。 砂山から砂粒がかすかに流れ落ちた。

 中に何かがいる。

(動いたな)

 シェルダンはそろそろと息を吐いた。

 サンドフライが砂山の高い位置に止まる。

 砂粒がいくつか零れて落ちた。

  砂山の頂が揺れて、危険を察知し飛び立とうとしたサンドフライを、砂の中からあらわれた黒い頭が食いついて捕えてしまう。

(巨大クロムカデ)

 階層主である。

 シェルダンはただ、捕われたサンドフライが食われるのを眺めていた。まるで置物にでもなったかのように。 存在を察知されれば次に食われるのは自分なのだ。

 しばらく待つと、サンドフライを食べ終えた巨大クロムカデが砂山の中に潜る。

 シェルダンはそっと気配を消したまま、距離を取り、地図に目撃した地点の記録をとった。

  警戒を維持しながら、セニアらのいる場所を目指すこととする。

  帰りも敵の数が減るわけではない。 鉄の杖で極力、ヒラダサソリを釣り上げて、脅威を取り除く。サンドフライに飛びつかれる前に鎖分銅で叩き落とす。

(分隊の皆は大丈夫かな?ガードナーの奴も)

  メイスンも含めて、そろそろ意識の戻る頃合いではないかとシェルダンは見ていた。

  毎日、ルベントにいる際には2人の元へ見舞いに行っていたのである。都度、病状や診察の経緯も寝台脇の記録で確認していた。

 2人に代わり、今回は自分が戦うこととなっている。

 メイスンがなんと言うか、ガードナーには今度こそ悲鳴をあげられないか。また、会うのが楽しみだから死にたくはないのである。

 集中力だけは、だから切らさない。

  シェルダンは更に歩き続け、ようやく砂丘の中、大剣を持つ、輝くオーラに包まれた偉丈夫を視認した。

「シェルダンッ!」

 嬉しそうにゴドヴァンが声を上げる。

 ヒラダサソリやタマガシの死体が無数に転がっていた。中には神聖術で貫通された死体もあるので、セニアと交代で見張りをしていたのだろう。

「シェルダン殿っ!?」

  ゴドヴァンの声を聞きつけて、セニアも天幕から飛び出してきた。いつも怖がるくせにこういうときだけ飛び出てくるのである。

「階層主を見つけました」

 そっけなくシェルダンは告げて、天幕の中へと入る。

 少し休ませてほしかった。

「さすがシェルダンだ」

 クリフォードが満足げに頷く。

「そうね、どっかの執事は勝手に倒しちゃったのよ?」

  ルフィナも何やら皮肉を織り交ぜて告げる。 多分、メイスンのことだろう。索敵に失敗してそのまま独力で階層主を倒してしまったことがあった、とクリフォードから聞いた気がする。

(体力、魔力を温存できたなら良いではないですか)

 その程度のことで不興を買ったのならさすがにメイスンが気の毒だ、とシェルダンは思う。階層主との決闘など命を落としかねない、危険ごとなのだから。

(いま、ここでそんな論議をルフィナ様としても無駄だが)

  シェルダンは言葉を呑み込んだ。

「今回は巨大クロムカデです。単純だが、とにかく大きい。そんな階層主です」

 シェルダンは説明しながらノートを開き、ゴドヴァンを除く一同に地図を見せた。

「まず、小手調べのような階層主ですが。こちらも小手調べといきましょう」

 白々しく言葉を切って、シェルダンは視線をノートから上げた。 所在なさげな女聖騎士を見据える。

「この階層主は、セニア様お一人で十分でしょう」

  シェルダンは端的に告げた。

「なっ、シェルダン、それは」

 クリフォードが色をなす。

 だいぶ成長した、と思わされる言動もここまで多かったのだが、さすがに心配らしい。

  当の本人、聖騎士セニアも顔を強張らせる。

 かつての蛮勇からは変わった。3本の魔塔での戦いを経て、階層主や魔塔の主である魔物たちの怖さを知ったからだ。

(その上であなたは、ここを独力で乗り越えられますか?)

  シェルダンは内心で問いかけながらセニアを見つめる。

「聞けば、メイスンもガラク地方の魔塔で同じことをしたとか?メイスンに出来たことぐらい、セニア様にも出来てほしいものです」

 期せずして、当てつけのような形になってしまった。 ルフィナが気まずそうな顔をする。

「らしくないぞ、シェルダン。実戦でそんな、試しのような理屈のないような言い方は」

 それでもなお、クリフォードの口からは正論が飛び出してくるだけ、やはり成長したのだ、とシェルダンは思う。

「最古の魔塔が控えているのですよ」

  ただ口調は強く、シェルダンは言い放った。

「もう、この魔塔の次は、かつて私たちが敗走した、あの魔塔なのです。巨大クロムカデの1匹や2匹は苦もなく倒して見せてほしいのです」

 まだ、優しい方だ、とシェルダンは自嘲しつつ思う。 第2階層の階層主が巨大クロムカデであると、倒せる相手であると確認してから言っているのだ。 問答無用で第2階層入りする前から、階層主を独りで倒してみせろ、とシェルダン自身も言えていない。甘すぎやしないか、とも思う。

「私、やります」

 セニアが言い放つ。拒むとは元より思っていない。 きちんと怖がり、緊張して、その上で言っている。

「殿下、私はもっと強い相手との戦いでシェルダン殿との訓練で得た力を使いこなして見せないと」

  まだ七色ビートルやトビツキグモ、せいぜいがキラーマンティス程度としか戦っていない。

  セニアにも分かっているのだ。

「大神官レンフェル様には、私、聖騎士には核を射抜く力があれば、それでも良いんだって言われましたけど。自分で、私、そんな程度でいたくありません。それに」

 セニアが微笑んだ。

 クリフォードがすっかり骨抜きになるような、柔らかい笑顔である。こっそりルフィナが吹き出していた。

「シェルダン殿のことです。勝てない相手ではない、と確認したから言ってくれているのでしょう?」

 生意気にも自分を見透かしてセニアが言う。

  外でゴドヴァンが吹き出し、中ではルフィナがニヤニヤと笑う。 完全に惚れた男の顔をしてセニアを見つめるクリフォードは捨て置いて、シェルダンは憮然とした顔を作る。

「死ねばそれまで。私の考えているのはそれだけです」

 シェルダンは横を向いて告げると、そのまま天幕の中で不貞寝をすることと決め込むのであった。

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