第304話 ミルロ地方の魔塔第2階層1

 暑い瘴気をオーラ越しにも感じる。

 見渡す限りの砂の海。小島のように茶色い岩場が散らばっている。

 ミルロ地方の魔塔第2階層は砂丘であった。

(足元が厄介だが)

 いかにも歩きづらそうな地面を見て、シェルダンはうんざりする。

 砂の上。黒光りする甲虫型の魔物が姿をあらわす。丸めた土の塊を長い2本の後ろ足で投げつけてきた。

 タマガシという。砂地に多い虫型の魔物だ。体長は3ケル(約60センチメートル)ほど。逆立ちして玉を後ろの2本足で転がす習性を持つ。

  シェルダンは鎖を回して土の塊を防ぎ、攻撃が途絶えると勢いのまま、すかさず鎖分銅を放る。狙い通り頭と胸の間、神経節を撃ち抜いてやった。

(実に良い)

 素晴らしい貫通力の鎖分銅に、回転させた時の防御力も鋼鉄製とは段違いである。 アダマン鋼の鎖鎌に、改めてシェルダンは満足した。

「まったく」

  更に数匹のタマガシが、シェルダンの気配を察してか近付いてくる。多少の斜面となっており、全身がまだ見えない。

 姿をあらわしたタマガシを接近される前に片端から鎖分銅で撃ち抜いていく。 自分の鎖鎌は、虫型魔物を倒すに際しては非常に勝手が良い。

「剣よりもやはり俺はこれだ」

 魔物の甲殻を撃ち抜き、急所である神経節にまで届くというのが殊更に良かった。つい自画自讃してしまう。

 ひとしきり、タマガシを撃ち倒すと魔物の姿が消えた。シェルダンは少し配慮して、最寄りの岩場を確認する。更にはタマガシの死体と体液も片付けた。

 きっかり5分後、きらびやかな4人組が姿を見せる。

「砂地か」

 辺りを見回してクリフォードが言う。暑さに顔をしかめている。最古の魔塔第2階層はもっと熱いので我慢してほしい。

「今回は岩場の上に天幕を張りますので、ゴドヴァン様、警戒を願います」

 シェルダンはゴドヴァンに告げて、天幕を張り始めた。 岩場の上は熱いものの、砂の上で休んでいるとなれば、砂の下から魔物に、いつ何時、奇襲されるかもわからない。岩場の暑さも聖なる香木でかなり軽減されるはずだ。

「さて、と。行って参ります」

 天幕を設置し終えると、シェルダンは皆に告げた。

「シェルダン殿、その」

 セニアが気後れしたような声をあげた。

 何か言いたいことがはっきりしているわけでもないらしく、言葉に詰まっている。

 シェルダンはため息をつく。 変わらないところはなかなか改善されてはいないものだ。 ただ自分の方から余計な話も歩み寄りもするつもりはない。

「少しでも強くなれるよう、せめてよく教練書に目を通しておいてください」

 シェルダンは言い捨てて、砂丘を進む。

 手には1本、鉄の杖を持っている。

  熱気は、かつての最古の魔塔第2階層ほどひどくはない。 ただ砂の中には何が潜んでいるか、知れたものではないのが厄介だ。

(それでも警戒していれば無防備ではない)

  次の一歩を踏み出す前に鉄の杖で砂の中を突く。

 サソリの魔物が鋏で食いついている。

 ヒラダサソリという。扁平な胴体に2本の鋏を持つ。毒針こそ無いものの、鋏の握力がかなり強い。

  シェルダンは鎖鎌の刃をサソリの背中に突き立てて仕留める。

  似たような砂の海。時折、あらわれる岩場でシェルダンは休憩し、ノートに記録をとった。岩場の上でも気は抜けない。

 タマガシにハエ型の魔物サンドフライに襲われる。サンドフライの羽音が大きく、察知するのにもそこまで苦労しない。 砂と瘴気の混じった風が吹き荒ぶ。

(うん、油断は出来ない、か)

  少し離れた地面にすり鉢状の穴が見えた。迂闊に踏み込めば滑り落ちそうだ。更には穴の底には2本の鋭い牙が立っていた。

 ザントノーラ、蟻地獄型の魔物だ。

(タマガシに、サンドフライ、ザントノーラ、それにヒラダサソリも、か。そうすれば階層主は)

 砂地に出る虫型魔物を全て網羅していそうな、この第2階層である。

 シェルダンは頭の中で砂地にいそうな魔物を思い起こす。すると自然、階層主となっていそうな魔物の候補が絞られるのであった。

「おっと」

 シェルダンは慌てて飛びずさる。 鉄の杖に引っかからなかったヒラダサソリの鋏が足を刈り取ろうとしてきたからだ。 すかさず鎖分銅を放る。 一発で、頭部と胸部の間にある神経節を撃ち抜いてやった。 立て続けに襲われることも少なくはない。

  ヒラダサソリを仕留めてなお、シェルダンは身動きせず辺りの様子を窺う。

  何も来ないことを確認して、シェルダンはまた鉄の杖で砂を確かめながらの歩みを再開する。

「ペイドランの奴が羨ましい」

 口に出してシェルダンはボヤいていた。

 1つには、あの鋭すぎる直感があれば、足元に敵がいるかいないのかも何となく、で分かるのではないか。

 もう1つには、今頃は愛しのイリス嬢と楽しい新婚生活をイチャイチャと楽しんでいるはずであること。シェルダン自身だって新婚だというのに、この差はなんだというのか。 2重の意味で、シェルダンは羨ましかった。

(まぁ、幸いなのは、サンドノーラの蟻地獄さえ避けられれば、そこまで強力な魔物が多くはないということ)

  まともに戦えば、サンドノーラの戦闘力はキラーマンティスに引けを取らない。硬くて砂の上では素早い。牙の攻撃も強力な上、トルネードの風魔法まで駆使するという。 砂の斜面に足を取られながらトルネードを撃たれればシェルダンにとっても厳しい。 が、巣から動かない、巣の外には攻撃してこない、という性質に助けられているのであった。

  小型のヒラダサソリやタマガシであれば、多少の数や不意を打たれても、対処できない相手ではない。

(暑いな)

 また岩場で水を飲みつつ休憩する。 制圧後の階層で清潔な水を補給できていない、第2階層の内に、水を飲みたくなる暑い環境を用意してくるあたりがとてもいやらしい。

 さらに地図を作り、シェルダンは休憩する。探索の速さも足元に注意しながらでは上げられない。

 いつの間にか早くも1日半が過ぎていた。

  だいぶ広域を探索できたのではないか、シェルダンは自画自賛しつつ、ふと顔を上げた。

「うん?」

  シェルダンは立ち止まり声を上げる。 似たような景色がこれまで続いてきた中、目新しいものを目にしたからだ。

(魔物の襲来もここしばらくは無い、な)

 確証はない。 それでもシェルダンは自身が第2階層の階層主に迫れたのだろう、と察するのであった。

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