第41話 「伝え合う気持ち」
約束の公園に着いたのは、放課後のチャイムから30分後。
透華との約束時間には、まだ10分以上あった。
けれどどうしても、落ち着いてはいられなかった。
まだ夏本番では無い季節の変わり目、ベンチに座った背中は少しだけひんやりと感じた。
意味もなく片手をポケットに手を突っ込んだまま、何度もスマホを取り出しては、意味もなくロック画面を開く。
予定を確認するわけでも、通知を確認するわけでもない。
ただ、何かしていないと落ち着かなかった。
(……言えるのか、俺)
今日は、ちゃんと伝える日だ。
はっきりと、「好きだ」と。
遠回しじゃなく、言葉にして伝えると決めた。
緊張で喉が渇く。
何回もシミュレーションしてきたはずなのに、今にも声が裏返りそうだった。
そんなとき。
「……ごめんなさい。待たせたわね」
声の方を見ると透華が立っていた。
制服の上に黒いカーディガンを羽織り、手には缶コーヒーを二つ持っていた。
片方を差し出されて、俺は思わず受け取る。
「……ありがとな」
「こういうのがあった方が落ち着くかなって思って」
小さくそう呟いた透華の頬は、ほんのりと赤い。
放課後の空気のせいか、それとも——
ふたりでいざベンチに並んで座ると、少しの間、会話が止まった。
どちらから話し出すべきか迷って、互いに缶コーヒーの口をつける。
そして両者揃ってゴクリ。
そしてまた訪れる沈黙。
しかしその沈黙は、不快ではなかった。
むしろ、落ち着く静けさだった。
けれどいつまでもこうしていてはだめだ。
俺は、今日こそ言わなければいけないと思っていた。
だから、缶をベンチに置き、ゆっくりと呼吸を整える。
大きく息を吸ってから
「……透華」
「なにかしら、いきなり叫ぶかと思ってビックリしたわ」
「ちげぇよ……」
「ふふっ」
微笑む透華。
いつの間にかこういう冗談……いや、本当に彼女がそう思っただけか……真意は分からないがそのようなことも言えるようになって嬉しいのと同時に、少しだけ気持ちが楽になった気がした。
もう一度改まって俺は話し始める。
「今日さ、話したいことがあってわざわざここにきてもらったんだ」
その言葉を口にした瞬間、少しだけ手のひらに汗を感じた。
ずっと、こうして話せる日を待っていた。けど、いざとなると、うまく言葉が出てこない。
それでも——
「ええ、私も。……聞かせて?」
透華の意外なその言葉が、俺の背中を静かに押してくれた。
俺は意味もなく置いてあった缶コーヒーをもう一度手に握り話し始める。
「あのさ……透華と出会ってから、なんか俺、すげぇ変わった気がするんだよ」
透華は静かに頷いた。「私もよ」と。
その一言が、なんか、妙に嬉しかった。
「最初の出会い、覚えてるか?」
「忘れるわけないでしょう。……あんな馬鹿みたいな第一声」
——「胸揉ませてください!」
言った瞬間に顔面にストレートパンチ……ではないけどそんな感じにギロり。
あれが俺たちの始まりだった。
「マジで、あの時は死んだと思ったわ……色々な意味で……。だけど」
死んだと思った……けど、あそこからだった。
なんでか、透華は俺に興味を持ってくれた。
「借りを返す」と言って連絡先を交換して、わざわざペットボトルの飲み物をくれたりもした。
「でも、正直あの叫んだ時はナンパされている人が誰かなんてどうでもよくて、"茨姫"を助けてやろう、なんて思ってもなくて……。たぶん俺、ナンパされているのがあの"茨姫"だったとしても……たぶん、変わらず話しかけてたと思う」
「……何が言いたいの?」
「ううん、なんなんだろうな」
「ふふっ」
いちいち彼女の笑う顔が眩しい。
まぁ、なんだ。運命ってやつなのかなとか、そんなことを言いたくて回りくどい言い方をしてしまった。伝わっただろうか。
「……俺の前ではさ、そういう色々な周りの目とか肩書きとか、あんまり関係なく見えてたんだよな」
透華はほんの少しだけ微笑んだ。
その笑顔は、最初の頃には決して見られなかったやつだ。
「……一緒に放課後ここでベンチで喋ったり、ファミレスで勉強したり、ゲーセンでぬいぐるみ取りまくったのとか、全部鮮明に覚えてる」
「そんなに?」
「ああ。なんでかって……そのたびに、透華の新しい一面が見られて、それがすげぇ楽しかったから」
そう言うと、透華の頬がほんのり赤くなった気がした。
「前に言ったよな。“こういうのが、友達っぽいってやつだ”って。でも、気づいたんだ。俺、友達以上になりたくなってたって」
缶コーヒーを持つ手に、自然と力がこもる。
「最初は、ただちょっと変わったやつだなって思ってた。でもな、一緒にいるうちに、どんどん気になって、離れられなくなって——」
言葉にすると、胸の奥が熱くなる。
透華は黙って、まっすぐ俺の目を見ていた。逃げもせずに。
その視線に、俺も嘘はつけなかった。
「……気づいたら、もう、好きになってた。透華のことが」
言い終えた瞬間、心臓の鼓動がひどく速くなった。
数秒の沈黙。
そのあと、透華がふわっと息を吐いた。
「……よかった」
「え?」
「私、今日、あなたに会って……ちゃんと伝えようって思ってたの」
「伝える?」
透華は一度うつむいて、そして顔を上げる。
「……私も、あなたのことが好き」
その一言が、信じられないくらい、嬉しかった。
「最初は、自分でもよくわからなかった。どうして、毎日あなたに会いたくなるのか。どうして、あなたが他の誰かと話してると、胸がざわつくのか」
透華の目が、少し潤んでいた。
そんなふうに思っていてくれたのか。
「でも……会えなかった日、すごく寂しかったの。スマホばっかり見てて、連絡が来るたびに、名前を探してた」
「……」
「あなたといると、普通に笑えるし、普通に怒ったりもできて……そんな自分が、"茨姫"でもなんでもない"普通な自分"がすごく、好きになれたの」
「透華……」
「あなたと一緒にいる“私”が、好きなの。だから……私、ちゃんと伝えたかったのよ。……私、氷室透華はあなたが好き」
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ここまで読んで頂きほんっとにありがとうございます!
まだ少し続きますが、ゆっくりやっていきます、引き続きお願いします!
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