第4話 アイツの好きな人


「あー疲れたなぁ」


友人、佐藤がスマホを置いて伸びをした。


放課後。

教室には佐藤と北見だけが残っている。委員会までの待ち時間。

北見が自分の席に座って単語帳を開いていると、佐藤は隣の神楽の席にどっかり座った。


「ほら、この並び。なのに、お前はともかく、神楽は意外だよな」と佐藤。


北見が目をあげると、佐藤が北見の顔を見ていた。


「誰とでも仲良くします!ってタイプじゃん。いや正直さ、この並びになったとき、神楽からガンガン話しかけて、お前がイヤイヤしているうちに神楽に取り込まれてるってのを予想してた」


「イヤイヤって何だよ」


「言葉のアヤだよ、気にすんな」


ーーまぁ、そうだな。


北見も、佐藤の言うことは理解できる。

神楽と親しくしたいとは思わなかったが、神楽の方から踏み込んでくるだろう。どこかでそう、予想ーー期待をしていた。


だから、シャー芯と言われたときは、内心やっぱりと思った。だが、一対一で話したのはそれが最初で最後。


「しっかし神楽も大変だよなー。聞いた? 一人暮らしだって」


「え?」


あえて神楽のことを耳に入れないようにしているから、知らなかった。


「家に居づらいんかな。苗字変わったならその絡みかな。ああ見えて色々あんのかもな」


北見はマンション一階に入居した「神楽」を思い出す。

ちょうど神楽が転校してきたタイミングだったから、もしやと思ったが、


……一人暮らしで選ぶようなマンションでもないし、やっぱり単なる名前被りだったか。


でも、高校生が一人暮らし。


金銭面さえクリアすれば可能ではあるが、一般的ではない。

ワケアリなんだろうか。


確かに、ぱっと見で分かる部分なんてのはたかが知れている。自分も含め、だ。


北見は、アザの消えた手首を見る。


明るい神楽が、見えないところで苦労していることだってあるだろう。それは分かっているが、


「一人暮らし、いいな」


誰の目もない空間は、どれだけ自由なんだろう。


北見が思わず口にすると、佐藤が何を勘違いしたのか、笑った。


「まぁお前はな。連れこみ放題」


「そんなんじゃねぇよ」


そう答えたとき、ガラッと教室のドアが開いた。


神楽だ。


女子に「似合うー!カワかっこいい!!」と褒められていたハイブランドの白いパーカーを着て、肩で息をしている。


「あ、ごめん」


神楽の席に座っていた佐藤が一瞬どこうとすると、神楽は


「いや、忘れ物取りにきただけで」と、笑う。


神楽はよく笑う。

そういう性格なのか、世渡りのための演技なのか?


うがった見方をしてしまう自分が嫌になる。


「北見、それ」


「え?」


神楽の視線が、北見の手に向かう。北見は、いつの間にか自分の机に置いてあったキーホルダーを弄んでいた。

女子に勝手に置かれたものと思っていたら、神楽のものだったらしい。


「あーこれ、お前のだったの?オレの机に置いてあったから。わりぃ」


神楽が手を差し出してきた。白くて細い綺麗な指につい見とれる。

キーホルダーを渡したタイミングでたまたま触れた。


「ーー! あ!!」


神楽がぱっと手を振り払った。ガシャン、と床にキーホルダーが落ちる。


「え?」


北見は面食らった。神楽は一瞬怯えたような表情をして、慌てて腰をかがめて拾う。

立ち上がった時には、いつもの笑顔に戻っていた。


ーーなんだ今の。


そう思ったが、一瞬のこと。


オレと触れたから? いや、さすがにそこまで嫌われる筋合いもない。

焦って落としただけか。


神楽はキーホルダーを大事そうに手で包むように持った。


「それ貰ったの、神楽だったの?」と、佐藤。


北見が佐藤に『どういうことだ』と目を向ける。

佐藤は神楽に目を向けた。


「それ、吉井さんから貰ったろ。超真剣に選んでたぜ」


「なんで知ってんの」


神楽が少し赤くなった。


「いや、こないだ、オレと彼女と吉井さんの三人で遊びに行ったのよ。そんとき吉井さんが買ってた。北見が持ってた時点で終わったと思ってたけど、お前で良かった」


「失礼だな」


北見が佐藤を睨む。


「まぁでも、そうか、そうか。吉井さんかぁ」と、佐藤が分かったような顔で頷く。


「……なんだよ」


神楽が赤い顔のまま、拗ねたように佐藤を睨む。

そう、こういう表情が鬱陶しいんだよ、と北見は思う。


自分がどう見えるか分かっててそういう顔作ってんだろ、気持ち悪い。


「いやさ、お前みたいな激モテがどういう女の子選ぶのかなって思ってたから。吉井さんなら納得」


北見は吉井の顔を思い出す。


特に美人ではないが目力のある顔。

一年の時は誰もやりたがらなかった応援委員に「私が変えてみせます!」と立候補した。そして、1年後には一番人気の委員に仕立て上げた。行動力がある。


前回のテストでは学年トップを取っていたが……次は自分が取り戻せる自信があるから、あまり気にならない。


「吉井さん凄いよね。ネガをポジに変える力があるんだ。憧れる。成績も良くて、こないだの中間、学年トップだったんだって。オレ勉強教わろうかな」


北見は息を止める。ひゅっと心に傷がついた。


「もう付き合ってんの?」と佐藤。

「ーーまだ」


「もう両思いだろ。じゃさ、もし付き合ったら、オレとオレカノと、お前と吉井さんでデートする?」


神楽は、あはは、と明るく笑った。


「だーかーら、まだ分かんないだろ。じゃ、これありがと」


神楽は身を翻して風のように教室を出ていった。


ふうん、吉井さんか……。

吉井さんが神楽よりオレを選んだら、それは神楽より上ってことか。


北見は無表情のまま黙る。そんな北見を、佐藤は少し心配そうな眼差しで見つめる。

それから、はぁとため息をついた。


「神楽、掴めないとこあるよな。お前がずっと学年トップだったこと、あいつだって知ってんだろ。それを言わずに『吉井さんに勉強教わりたい』って。わざとなのか天然なのか」


北見は黙ってカバンを手にする。


それを見て、佐藤ははっとしたように言葉を止めた。

それから自分の髪をくしゃくしゃと掴んで首を傾げた。


「あーわりぃ、余計なこと言って。でもあいつ、いい奴だよ。吉井さんのことで頭がいっぱいだったんだろな。許したってよ」


「許すもなにも……」


そうやってお前も神楽を庇うのか。

言えない言葉をぐっと飲み込む。



…その日以降、北見は吉井に声をかけるようになった。


神楽の顔を思い浮かべながら。

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