10 不貞腐れたミミック

「今日は残業できるかな」

 何気ない様子で店長が言った。

「できますよ」

 生理は終わっている。久しぶりに翔くんとお寿司を食べるのも悪くない。

 閉店の札を出そうと開いたドアから、私の横をすり抜けるようにお客さんが入ってきた。店長はレジの陰で舌打ちをした。

 その直後にもう一人、『業者』のお姉さんが入ってきた。

「どうも、こんにちは。御用はございませんか」

「あるよ」

 そう言って店長は、渋い表情を浮かべながら店の奥まった所に彼女を連れていった。

「この子なんだけどね」

 私が気になっていた犬だ。明らかに売り時を逃している。運命を思い、瞼を閉じた。

「待ってくれ」さっき入ってきた男の人が声をかけた。「見せてくれないか」

「お客さん、いい子に目をつけましたね」店長は打って変わって上機嫌な顔をした。「普通なら軽く三十万以上する犬種ですがね、今なら二十万にしますよ」

 五万円、と書かれた値札を大きな体の陰に隠している。

 お客さんは、子犬と言うには少々とうの立った犬が不貞腐れたようにあくびをしているケージを覗き込んだ。

「僕がもらうよ。ちょっと愛想の悪いところが気に入った。誰にでもしっぽを振る犬は嫌いなんだ」

 今日はお小遣いがたくさんもらえそうだ。

 『業者』のお姉さんは残念そうにしながら店内を一周して帰っていった。

 ケージ、首輪、リード、当面のエサなど必要なものを用意した。

「育て方は分かりますか」

 私が尋ねると、

「大丈夫、子供の頃に家にいたのと同じだから」そう言って目を細めた。「もしかして、名前がついてたりするのかな」

「いえいえ、まっさらの状態ですから、お好きな名前を」

 店長はそう言ったが、

「私は、」気がついたら声が出ていた。「私は、ミミックと呼んでいます」

 お客さんは一瞬驚いたような顔をしたが、それは笑みに変わっていった。

「悪くない。一緒に帰ろう、ミミック」

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