第十一話:聖女の光と鉱山の影

 クララを集会所のベッドで休ませている間、ルーファスを含めたニャルティの戦士の武具をガルドが修理していた。リリスは歌で村人を慰め、ラッセルとリアンは禁書の内容を説いた。

 レオはニャルティたちに馴染めず、ソワソワしている。

「猫は苦手ダ……」

 そう言ってクララの寝かされている部屋に閉じこもった。


 翌朝、やっと目覚めたクララの頬にレオの耳が当たっていた。

「レオ……さん? おはようございます」

 ピクンと耳が跳ね、レオが起きる。

「おはよウ。クララ、みんなが待ってル。支度しロ」

 キャビネットにはミャリナからの手紙と花が添えられており、クララの心を癒やした。


 外に出ると、ニャルティたちが「聖女様だ!」と口々に称えた。

「ええ? 一体、なにが起きているのです?」

 困惑するクララにリアンが答える。

「老女にかけた癒やしの光が、村全体を包んでいたようだよ。それでニャルティたちも信仰に目覚めたみたいなんだ」

 ニャルティの子どもがクララに駆け寄り、祈ってみせた。

「『女神様、どうか光を』……ほら! アタシも使えたよ!」

 子どもの手は猫そのものの手なのだが、祈ると両手が光った。

 その光景に涙し、泣き崩れるクララ。みんな心配そうに見つめている。

「ごめんなさい。嬉しくて……涙が止まりません……っ」

 昨日の老女、ミャリナと戦士ルーファスがクララを慰め、こう言った。

「あなたの光で村が活気づいた。風詠みのやいばの皆さんにも親切にしていただいたよ。クララさん、ありがとう」



 ニャルティの村を出る際、クララのポケットが光った。アイリーンからの手紙だ。蓋を開け、中の羊皮紙を開くとクララは青ざめる。


『クララ、教会が動き出しているわ。今朝、武装聖職者がルーネから出立したの。院長にクララの居場所を聞かれたけど、知らないふりで押し通したわ。どうか気をつけて』


 それを聞いたラッセルはいぶかしんだ。

「いくらなんでも教会の反応が早すぎる」

「図書館にあった叔父上の本の行方を追っているのかも。ラッセルがあの本を借りたのはいつだい?」

 リアンが紫紺の瞳でラッセルを見る。彼は眉間に手を当て、ハッとする。

「一週間前だね……まさか」

「禁書のスタンプには、追跡の魔法でもかかっているのだろう。今はどこにある?」

「その本なら私が預かっています」

 クララがトランクから本を出し、リアンに渡す。王子は本を手に一瞬ためらい、ガルドにこの本を燃やすように命じた。

「『フレイム』! これならチリ一つ残さんぞ、王子さんや」

「ありがとう、すまないね。今、追いつかれる訳にはいかないんだ」


「ラッセルからクララの手に渡っているのは教会も把握しているはずだ。そして、風詠みの刃の面々と旅に出ることも。この事実から、禁書の内容を他種族に広めると予測するだろう。つまり――」

「私たちは抹消されるわね」

 リリスが目を伏せる。クララが両手で口を押さえ、レオは唸った。

「急ごウ。猫の村の近くに、コボルトとドワーフの集落があル」

 クララはアイリーンに近くの集落に身を潜める旨を手紙にしたため、転送した。



 鉱山の近くにガルドランという集落があった。コボルトとドワーフ混住集落で、犬の頭をした獣人と太った小人がツルハシを片手に歩いている。

 空気には土と鉄の匂いが混じり、遠くで響くツルハシの音が絶え間なく耳に響く。

 クララはその匂いにセルゲイの顔を思い浮かべた。


「「ガルド……?」」

 ガルドを一斉に見つめ、魔法使いはオーバーに否定する。

「わしにゃ、縁もゆかりもないぞ!」

 そんなやり取りをしていると、地響きがして地面が揺れる。土埃まみれの鉱夫が叫んだ。

「ザルクとバルドゥンが怪我したぞ! 担架を用意しろ!」

 鉱夫が指差す方へ一行は向かった。


 コボルトの鉱夫、黒柴のザルクは瓦礫の中で息も絶え絶えになっていた。口で息をし、右足を崩れた岩の下で潰れているのか、動かない。

 一方、ドワーフの鍛冶師バルドゥンは自らも同じ瓦礫の下にいながらも、ザルクに声をかけ続けていた。

「ザルク、しっかりしろ! 今、仲間が助けてくれる!」

「……バル、ドゥン。オイラはもう、ダメだ……。お前だけでも、助かって……くれ」


 その時、まばゆい光が暗いトンネルを照らした。光の方を見ると、ドワーフらしきシルエットが杖を掲げ、叫んでいる。

「よぉ、兄弟。お前さんがバルドゥンか? ザルクはどこにおる?」

 ガルドがバルドゥンを見つけ、声をかけた。

「ザルクはこの奥だ……。ああ、助かった!」

 光の玉を浮かせたまま、ガルドは『フロート』と唱えた。岩が次々に浮き、トンネルの外へ運ぶ。鉱夫たちはバルドゥンを担架に乗せ、出口で待ってる風詠みのメンバーのもとに向かっていった。

 岩で塞がっていた穴の中に黒柴がいた。

「うーむ。右足が潰れておるな……。痛かろうに、ちっとばかし待っとれよ!」

 ガルドが瓦礫を浮かせ、鉱夫たちはザルクを運び出す。ザルクが尻尾を弱々しく振ると、仲間が吠えて励ます。

 遠のくザルクの意識の中に、赤い髪のスズランの気配があった。



「『女神マリテよ、かの者たちに光あれ』」

 傷口を中心に光の粒が集まる。ラッセルの祈りのイメージをクララは実践してみせた。やがて光が収まり、傷口を見ると完全に塞がれている。

「ザルクさんの右足は……?」

 骨は整形出来たものの、傷は塞がらなかった。クララの額には汗が滲んでいる。ラッセルが改めて祈りを唱え、体毛まで復元できた。

 バルドゥンは不思議そうに三つ編みのヒゲを撫でる。

「お前たち、人間の僧侶だろ? なぜ俺たちに祈りが効いたんだ?」

 やはり、他種族に祈りの魔法が効くことを知らないようだ。ニャルティの村で話した内容をガルドランの皆に説明した。


「女神の力を俺たちも使える? 俺らには錬金術があるが、ガルドというそこの魔法使いも祈りが使えるのか?」

「理論上では可能だろうね。でもガルドは魔法書の信仰者みたいで、使えなかった」

 リアン王子は錬金術師の問いに答える。ガルドは腰のポシェットから魔法書を取り出し、ガハハと笑う。

「わしは祈りより、自分の魔力と妖精の加護に重きを置くのう! 錬金術も里ではさっぱりじゃったからな!」

 リアンは禁書というスタンプの押されてない本を手に、ページをめくる。

「マリテ様に真摯に祈ることが要求されるからね。キミたちがどれだけ神を信じるかにかかってるのさ」

 クララはハンカチで汗を拭き、水嚢に口をつけた。レオは自分に怯えるコボルトに目をやり、尻尾を一振りする。

「魔力のないクララが使えるんダ。信心深い者なら奇跡を起こせるんだろウ。群れの誰かが祈り、仲間を守れル」

 それを聞いたコボルトの女がクララに尋ねる。

「アタイみたいに無力な者でも使える?」

「もちろんです。女神様は他の神様をないがしろにはしません。あなたの仲間を守りたい気持ちに寄り添ってくださります」

 クララがそう言うと両手を組み、目を閉じる。


「『女神マリテよ、かの土地に癒やしと安寧をもたらし給え』」

 祈りの光がカーテンのようにガルドランを包み、集落の者は手を止めた。崩落した坑道はすっかりもとの通りになり、ドワーフとコボルトたちが驚く。リアンが禁書のページをめくり、集まった者に読み聞かせる。

「ユマン種以外の信仰も受け入れてくれる。これは教会が隠しておきたい事実だ。でないと、風詠みのみたいな多種族パーティの僧侶なんて役立たずじゃないか」

 ラッセルが頷き、ガルドとリリスが笑う。

「ドワーフにエルフ、狼獣人にも効くように、先ほどのクララの祈りはこの集落に確実に届いただろう。それは崩落した鉱山の様子を見れば明らかだ」

 リアンの言葉にコボルトの女が意を決したように、目を輝かせた。

「たしかにそうかもしれない。アタイ、マリテ様に祈ってみるよ!」

 コボルトの女が祈りの言葉を言うと、両手から光が溢れる。

「……! アタイにも使えた! この人間の言うとおりだ!」

 遠吠えをし、仲間に伝えるとやまびこのように返事が返ってきた。



 ガルドランの夜は更けていく。今夜は呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎだ。その中心にクララとリアン、風詠みの刃がいる。

 その喧騒を切り裂くように、一本の矢が地面を突き刺した。

「敵襲ー! 戦えるものは武器を構えろ!」

 ガルドランのおさのドワーフが叫ぶ。その言葉を皮切りに、敵の集団が集落の影から姿を現す。


「他種族に禁書の教えを広めた異端の者を差し出せ! さもなくばこの集落を灰塵かいじんに帰す!」

 指揮官の異端審問官が祝福されたレイピアを空高く掲げ、戦闘員に指示をする。

 祈りの詠唱を唱える武装修道士の背後に、レオが高速で近づき剣を振りかざし、詠唱を妨害した。メイスでレオを攻撃しようとする戦闘員の腕を、リリスの矢が刺さる。

「レオ、援護は任せて!」

 次の矢を装填し、弓を引絞る。


「『女神マリテよ、我らの敵の攻撃をわたしたちから守り給え』!」

 ラッセルが祈り、非戦闘員の集落の者を攻撃から守る。ガルドは魔法で範囲攻撃をし、敵を撹乱かくらんさせた。

「『アイススピア』! 『アークスピア』! そろそろ、わしの本気が知りたいか?」

 氷と岩の槍が武装聖職者たちに刺さり、地面に血と唸る戦闘員の体が落ちる。他の戦闘員はその光景に圧倒されるが、なおもこちらに向かってくる。


「『トルネード』! ボクも魔法が使えるんだよ。クララは下がってて」

 リアンが竜巻を起こし、クララを捉えようとする戦闘員を退ける。

 クララは「私にも出来ることがないか」と呟き、コボルトたちに安全な場所まで避難させられる。


 非戦闘員の避難先には、怪我を負ったドワーフとコボルトの姿もあった。彼らの治療を、信仰に目覚めた者たちと協力して行った。クララの癒やしの祈りも安定している。

 そうしている間も戦闘の音は止まない。子どもたちは怯え、泣きわめいている。

(私に出来ること、少ないけどこれなら……!)

 風詠みのメンバー、リアン殿下。集落の人たちも懸命に戦ってくれている。そんな彼らが命を落とさぬよう、クララは祈った。


「『女神マリテよ、戦う戦士の命を守り給え』」

 クララの祈りに応えるように、集落を大きな白い手が現れる。クララは固く握った手に力を込め、額から垂れる汗が頬を伝う。その様子を見たガルドランの子どもたちも、クララと一緒に祈った。

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