第13話 焦燥

13話 焦燥

 これで何回目だろうか。何度も何度も電話やメールを送り。家に赴いては何時間もそこで過ごした。しかし、リョウからの返事はなくガルゴは毎晩酒を呷る生活をしている。

 あの日のことを思い出す。リョウがいなくなった前日のこと。その時は良かったと、キスをした時の感触やリョウの温かさを何度も噛み締めた。しかし、今となってはあの日リョウの首を絞め罵った自分自身が夢に出てくる。それをどうすることもできずに眺め、自分だけが満足そうに微笑み、リョウは背を向けて姿を消す。叫んで手を伸ばしてもリョウは振り返らずそのまま目を覚ます。

 何度目かも分からないそんな夢を見てガルゴは今日も自宅の床で横たわっていた。

「はぁ……。」

 少し動かした腕が酒瓶にぶつかり倒れる。残っていないと思っていたが、中身が漏れ出しめんどくさそうに起き上がる。洗面台に行きタオルを取ろうとすると、鏡に醜い男が映る。髭は伸び、目元は暗く窪んで頬も痩せこけている。そんな鏡に映る男をぼうっと見つめては興味なさげにため息をつき、そこら辺にあったタオルを取りリビングへ戻る。

 倒れている沢山の酒瓶を跨ぎながら溢れた酒瓶を拾い上げ床を拭く。部屋は暗いがカーテンの隙間から入る光が溢れた酒を照らしキラキラと輝きガルゴの顔を映す。タオルを動かすとユラユラと水面は揺れる。そんな水面に映る自身は酷く歪んで見えたが光の反射が眩しく思いつつもそれをずっと見つめていた。

 それからまた何日が経ち酒瓶を跨げなくなると渋々とガルゴはビニール袋に酒瓶を次々と突っ込んでいった。幸い最近のコンビニ飯中心の生活でビニール袋は余っていた。小さな袋に何本か詰めては端を縛り、それを繰り返し運びやすいように大きな袋に分けて重さが偏らないように小さな袋の数を数えた。

 そんな事をしているとガルゴはふと感じた。なんだか以外としっかりしてるじゃないか。今の自分はとても理性的であり、酒を呷って自暴自棄になっている人間とは思えない。自暴自棄になっているのはリョウに会えないから?連絡がないから?本当に自身は自暴自棄になっているのだろうか?酒を呷って姿を汚くするなど典型的な自棄という姿でありそれを倣っているだけなのでは?

「……はは。」

 いつものことじゃないか、リョウが帰ってこない。連絡をしない。いつもそうだった。

「リョウ……。」

 ガルゴは試しに名前を呼んでみた。

 部屋は静かだった。

 薄暗い部屋に消えていって、カーテンの隙間から光が漏れてガルゴの顔に当たる。

 その眩しさに目を閉じようとした時、突然インターホンが鳴った。

「……は?」

 目を見開き玄関の方を見る。ガルゴは片付けていた酒瓶を蹴飛ばし玄関に駆ける。鍵を回し扉を開ける。

 そこには小柄な眼鏡をかけた男性が立っていた。

「あ、あのっ!」

 男性は声と手を震えさせながらガルゴのことを見上げる。

「リョウさんと、ご知り合いでしょうか?」

 その名前を聞いた途端、全身の毛が立つような熱い感覚が体中を駆け巡った。心臓、頭、肺、あらゆるものがカッと熱く蠢く。

「あ、あ……ぼく、ユウジといいます。リョウさんとは会ったことがなくて、でも、その、ユズキからよく話を聞いていてっ!」

 ガルゴは自分自身がどんな表情をしていたか分からなかったが、ユウジは弁解をするように、もしくは命乞いをするように言葉を吐き出す。

「……ユウジさん。それで?」

「え、えっと。ユズキのこと知りませんか?ずっと連絡が取れなくてっ!警察は取り合ってくれなくて!いなくなる前喧嘩して……それで、嫌になっていなくなっただけと言われてしまって!」

 ユウジは声を徐々に荒げながらもガルゴのことを見つめ訴えるように言う。

「……知らない。」

 バリバリと頭を掻く。ユズキ?誰だ?そんな知らない奴の話を聞くほどガルゴには余裕は無く。目の下にシワを寄せながらユウジを睨む。

「リョウさんから話聞いてませんかっ!?えっと、ユズキはその、金髪で、髪が長いんですっ!」

 腰のあたりで手を横に振りジェスチャーをして説明をしているユウジ。ふと、ガルゴの頭に金髪でロングヘアの男性が思い浮かぶ。ぼんやりとしか覚えていないが確か、リョウを迎えに行った時リョウと一緒にいた男だ。

「カタコトで喋るやつか?」

 ため息をつきながら問う。

「そ、そうです!喋り方がおかしくて、ずっと横に揺れたり動いてないといけない子でっ!」

 ぱっと表情を明るくしてユウジは希望を持ったような目でガルゴのことを見る。その目がガルゴは嫌になり下を向く。

「あの子、どこ行ったかのか分からなくて。えっとリョウさんとは連絡取れますか?リョウさんからも話を聞きたくて!」

 リョウという名前を聞き、さらにガルゴは拳に力が入り歯ぎしりを鳴らす。

「……リョウがどこにいるかなんて知らない。」

 言葉を絞り出す。

 目の前にいるユウジはがっかりしたのか眉を下げ顔を歪ませる。

「……そうですか。えっと、なら……リョウさんが行きそうな所とかは。」

「……どこにも居ない。あいつもどこか行っちまった。」

 そう言ってガルゴは自身の言葉によって座り込んでしまう。

「っ!だ、大丈夫ですか?」

 ユウジもまたしゃがみ込みガルゴの顔を覗く。

「えっとリョウさんもいなくなられたんですか?それは、いつですか!」

 必死に情報を集めようとしているのかガルゴに問う。

「数カ月前だ。……えっと、2、いや3ヶ月か。すぐ戻ってくると思って何もしてなかった。」

「お、おんなじです。僕もあの子のことだから……すぐに帰って来ると。」

 ガルゴは顔を上げユウジを見る。似たような立場のユウジを見て、さらに大きなため息をつく。リョウやユズキといった人種には分かり合えず振り回されるしかないのかと自傷的に笑う。

「おんなじ頃にいなくなったって?」

「はい!僕らがケンカしてもう3ヶ月くらい経つので。……二人は一緒にいると思います?」

「さぁ……。俺はあいつの考えがよく分からない。親しい遊び仲間なんていくらでもいるんだろう。」

「で、でも二人はよく一緒にいたとバーで聞いたんです!」

「バー?色々聞き回ったのか。」

「はい……。はじめてあんな所入りました。そしたら、色々教えてくれる人がいたり。でも、他の人の話を聞けば真逆のこと言ってたりして僕もよく分からないんです……。」

「ふぅん。」

 ユウジの顔が何通りにでも変わりながら話すので沢山揶揄われたことを察しながらガルゴは思い返す。ガルゴもバーなどに訪れはしたものの口を利いてくれない奴ばかりで大した情報にならなかった。何か情報があるなら見た目を生かして脅せば良かったと後悔しつつユウジの話を聞く。

「それで?リョウなら知ってると思ってきたんだよな?リョウのことは誰から?」

「……え、沢山の人からです。二人は親しいと、それとユズキのことを聞いて回っていたら不思議がられて。」

「……?」

「えっとリョウのことは聞かなくていいのかと。言われて……それで僕そこまで有名な人なんだなって。それならユズキの居場所を知ってるかもって。」

「リョウが有名人?そんな話聞いたことないな。」

「でも、前にもリョウのことを聞いて回っていた人がいたって。」

「……?俺か?別の奴か?聞いて回ったのは何時ごろだ?」

「先月の頭頃からです。」

「……それなら俺じゃないな。もう少し前だ。はぁ……どうせそういう奴らと一緒にいるんだろう。遊んでバカなことしてるのさ。」

「え、でも!こんなに帰ってこなかったことが無くて!心配で!」

 ガルゴはそれ以上何も聞きたくなかった。リョウらが遊び呆けている姿を想像してしまい頭がズキズキと痛む。

「……もう帰ってくれ。」

「い、一緒に探しませんか!心配じゃないんですか!!」

 ユウジは見た目に反して大きな声をあげ。ガルゴが扉を閉めようとするのを両手で扉にしがみつき阻止しようとする。

「おい、怪我する……。」

 彼の行動に驚きつつも呆れはじめる。フラフラと生きる彼らのことを知っていながらも諦めていないのかと目を細める。

「お願いです!一緒に探してください!ぼく、そのまだ行けてない所とか沢山あって、一人だとどうしても怖くてっ!」

「……携帯出しな。」

 ガルゴは自身の携帯を取り出しながら言う。

「あ、えっ、……ありがとうございますっ!」

「何かあったら連絡する。それと一人で行きにくい場所行くなら一週間前くらいには連絡してくれ、都合つけるから。」

 淡白に言い放ち。

「それじゃ。」

 ユウジが嬉しそうにしている隙をついて扉を閉める。

 ユウジが何か言ってるのは聞こえたが無視する。少しすれば静かになって足音が聞こえる。

「……はぁ。」

 また一段と大きなため息をついてガルゴはリビングにのそのそと歩いていく。ソファに寝転び、いつの日か脱いでそのままにしておいた普段着を布団代わりにして寝ようとする。

 先ほどの出来事がガルゴの頭の中を搔き回す。リョウはどうせ知らない男の家にいる。いつものことだ。リョウの友人であるユズキだってそうに決まってる。

 それなのにユウジが諦めず、探し続けようとしていることにガルゴの頭はギシギシと痛んでいくようだった。自堕落なことをして腐敗していくような気がしてならない。

 ユウジは自身とは違うのだろうなと変な確信がある。いくら探しても見つからない、進展がない、そんな日々を過ごしてもああいう奴はやり続けるのだろう。

 リョウのことを思い出す。なぜ俺たちは違うのか。いや、境遇は似てるのになぜユウジは、俺はこんななのかと疑問を持つ。

 頭痛の他に耳鳴りも始まりガルゴは服を握りしめる。頭の奥底で煩い音が鳴り響く。

 耐えられなくなり手を伸ばし酒瓶をあさり中身が入ってるものを掴むと一気に飲み干す。しかし、気分はさらに悪くなりそのまま床に吐く。酒しか飲んでいないせいで鼻いっぱいにアルコールと胃酸の匂いがこびりつく。

「ははっ、最悪だ。」

 ソファの背もたれ側に顔を向け蹲る。

「……リョウ。お願いだ、返事をくれよ。」

 ガルゴは携帯を握りしめ電話を鳴らした。

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