んん? 兄は、もしかして…?




蓋をした鍋の隙間から、ごぽごぽと放たれる湯気と共に、三角形のちまきが覗く。大量に作ったちまきを鍋に入れて数分が経過し、茹で上がるのを今か今かと待っていた。


「んん、何分だったか、忘れちゃったからなあ……。こればっかりは勘でやるしかないね」


近くに置いていた椅子に腰掛けて、オレは小さく息を吐く。


ここ数年は思い出す事もなかった、前世の出来事。ちまきを作る事によって刺激されたのか、忘れてたのが嘘のように次から次へと溢れ出てくる。

長閑な風景が広がる故郷、そこそこに仲良い両親。気兼ね無く話せる友人達、そしてーー


「……小牧こまき……」


4歳差の妹、小牧。兄であるオレには生意気だったが、友人も多く、それなりに学生生活を楽しんでいたように思う。直接的な言い方ではないのは母親越しにしか、近況を聞いていなかったから。思春期に入ったからなのか、きちんとした会話らしい会話をしてこなかったんだよなぁ。挨拶しても無視か、小声でしか返ってこないし。

視線を感じたと思ったら、何故か睨まれてた事もあったし。あ、思い出しただけでちょっと泣きそう。


兄妹仲は悪くなかった、とは思う。

思うんだけど、なぁ。幼少期のように、こう常に仲良くとはいかないまでも……、いや、幼少期のオレは小牧の言いなりだったな。妹は、ガキ大将並に強かったんだよ。オレの友人達を皆、子分してた。妹、あの頃はほんと最強だったんだ。


……仲、良かったんだよな??

あれ、なんか、自信なくなってきたぞ。


「元気にしてるのかなぁ、してると良いなぁ」


湯気が漂うキッチンで、思わず口から出た言葉。会話らしい会話はなくとも、大事な妹である事には変わりないし、何より幸せになってもらいたかったから。


「でも、嫌ってたかもしれないオレに祈られても、迷惑かもなあ……」


眉を下げ溜息を吐くと同時にガシャアン!!と激しい音が隣室から響く。何事かと思い、慌てて立ち上がるも何かが折れた音と割れた音。その後に漏れた声が耳に届くとサッと顔色を変えた。


「に、兄さん!? 大丈夫!?」


「あははは、やあ、リティシア。良い匂いに吊られてソファから立ち上がったら、こう、絨毯に躓いてね……めちゃくちゃ痛いんだ」


「でしょうね! 血が出てるもの!」


隣室に顔を出せば、予想通りの状況になっていた。近くにいたスライム達に指示を飛ばしながら、棚に置いていた救急箱へ手に取り、兄へと駆け寄る。


オレがこんなにも慌てるのはしょうがないんだ。何故なら、兄が転んで良かった事なんて一度たりとも無い。何かしらの弊害が付き、余計な労力を使う事になる。

今回は引っ転んだ兄の両頬が切り傷だらけになり、血があちこちから滲んでいた。

そして、何匹かのスライムが踏み潰され

、ぶつかった衝撃で分離している。ああ、可哀想に……。心無しか、スライム達の表情が暗い。


オレはそれを横目に兄の治療をてきぱきと行っていく。ゆっくりなんてしていると、被害が拡大しそうだ。


「もう、兄さん。気を付けてって言っているでしょう。何で、勢い良く立ち上がったりしたの」


「だって、あの匂いには、あがらえないよ。嗅いでるだけでお腹減ってきたからね」


ぐきゅるるる〜と可愛らしい音がお腹から鳴る。そうだった、兄は、暫く碌な食事をしていなかった。ならば、この香ばしい匂いはかなり堪えるのだろう。


クンクン、と確かめるように鼻を揺らすと兄は緩やかに目を細めた。


「この匂い、かぁ。懐かしいな。もう出来たの?」


「まだだよ、もう少し待ってて。兄さんは! 一歩も動いたらダメだからね!」


「はいはい」


パチン、と最後のガーゼを当てて治療を終えるとオレは立ち上がり、キッチンへと戻る。床掃除はスライム達に任せておけば良い。


早く兄に食べさせないと……、んん?


鍋の具合を見ようとして、オレは動きを止めた。


あれ、どうして、兄は、ギルノールは

匂いだけでちまきを作ってるって、わかったんだ? 今世では始めて作るのに。


嫌な汗が、背中を伝う。


先程の独白。懐かしい記憶。ギルノールは小牧とは似ても似つかない仕草や表情をしている。だが、飛び起きた様子。鍋のアレをちまきと断定した事が、妙に引っ掛かる。

あの調理方法は、我が家独自のものだ。


もしや、兄はーーーー……







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