調査ノートその2

 数週間前、魔女を産み出した神である【リリス】とその次女であるジェーン・ドゥが引き起こした事件において、私ことディーは【リリス】が消滅する原因を作った中心人物だ。


 つまり【リリス】の長女であるメアリー・スーとは並々ならぬ因縁があるわけで……。


「はぁ~~~~~~~~~~~~……」


 どうやら私の出現で失敗したらしい研究を横に置いたメアリー・スーは、長いため息を挟んでから私の方へ向き直った。


「どうしてここにいるのだ」


「エルにボスに会いたいって言ったら連れてこられたんだよ。あたしのせいじゃないし」


「……え、私?」


 メアリー・スーと私の二人から目線を向けられたエルが目を見開く。

 そもそも私たちが知り合いだったことに困惑していたエルは、さらに困惑を重ねていく。


「いや、その……二人はどういう関係なの?」


「いや、それは……」


「うーん、まぁ……」


「何その反応!? ねぇ、ディーちゃん! 貴方【キメラ】様との関係と言い一体何者なの!?」


「只の村娘の筈なんだけどなぁ」


 何者かと問われれば『異能』を扱う秘密結社の一員なのだが、私個人としては只の村娘以上の自意識はない。


「只の村娘が私の妹を監獄送りにしたのだ?」


「え、監獄……?」


「いや、あれは副次的というか何というか……連れていったのはあんたでしょ」


「いやあのちょっと……私を置いてかないで……」


 エルをそっちのけで暫く睨みあった私たちは、どちらともなくため息をついて視線を剃らす。


「まぁ、良いのだ。あれは妹の暴走の結果……私の監督不行き届きのせいでもあるからな。……それで、何の用なのだ」


「あぁ、いや。エルの【星の力】について聞きたくて。あれって『異能』でしょ? 人に『異能』をあげれるんなら、ちょっと聞きたいことがあってさ……」


 私の話を聞きながら、メアリー・スーの顔がどんどん曇っていく。

 何か失礼なことでも言ったかと返答を待っていたが、メアリー・スーは案外饒舌に語ってくれた。


「お前は、ジェーン・ドゥが『異能』を使えるのを知っているな?」


「あぁ、うん……【キメラ】から聞いた」


「私の研究はそれをどうにかしようとして始めた物なのだ。人にはそれぞれキャパシティーが決まっていて……あー、まぁ、分かりやすく言えば、『魔法』は片手しか埋めないが、『異能』はそれ一つで両手を埋めてしまうのだ。必然的に、『異能』を扱うものは『魔法』を扱えなくなる」


 なるほど、つまりメアリー・スーは『異能』のせいで『魔法』が使えないジェーン・ドゥを助けようと、『異能』こと【星の力】の研究を始めたということか。

 恐らくジェーン・ドゥと【リリス】はそれを知らなかったのだろう。全く、この一家はどこまですれ違えば気が済むのだろうか。


「【星の力】は正確には『異能』を握らせた手を生やすような荒業なのだ。この手技の厄介なところは付けるのは簡単でも取り外すのが困難なところで、残念ながら『異能』を取り除く方向には上手く行ってないのが現状なのだ」


「その【星の力】ってさ、エルみたいに目に星が浮かぶの?」


「あぁ、その通りなのだ。旧世界の『星座』という概念を使って『異能』を移植している形だから……」


「じゃあさ、目に七つの星を輝かせた女って知らない?」


「七つ?」


 私の質問に、あからさまにメアリー・スーが顔をしかめた。


「すまないのだ。別に機嫌を悪くしたわけではなくて……ただ、『星座』において星が七つというのは特別な意味を持つのだ。恐らく貴様ら『B』の妙な行動と関係あるのだろうけど、私がその『星座』を取り扱った過去は無いと断言しておくのだ」


「つまり……その女とあんたは関係ないってこと?」


「そういうことなのだ。ただ……」


 メアリー・スーは少しだけ口ごもり、私たちが一番欲しかった情報を吐き出した。


「私と同じように『星座』の力を扱う者に心当たりはあるのだ」


「……そいつの名前は?」


「タダで答えてやる気はないのだ。情報とは価値。分かるであろ?」


「お使いか何かしてこいって? RPGじゃないんだからさ……」


 私は別にRPGをやったことはないけど、こういうのは『お使いクエスト』と呼ばれる類いのやつだろう。

 果たしてメアリー・スーはどんな条件を出してくるのか……。


「別に難しいことはないのだ。【星の力】を持つ少女達と戦って勝ってくれば良い。どうせならディーの力を見ておきたいのだ」


「そういう感じね……」


 いかにもといった様相だ。

 簡単な話、自分の勢力と手合わせをさせたいということだろう。


「良いよ、その条件乗った。どうする? 私は今からでも良いけど」


「まぁ、落ち着くのだ。こっちにも準備がある。今日のところは解散なのだ」


 めんどくさそうに伸びをして、メアリー・スーがパチンッと指を鳴らすと、そこは寮の私たちの部屋だった。


「うぐっ! 上手く躱されたか……!」


 そんなわけで学園に帰ってきた私は早速エリーニュスに報告しようとしたのだが、どこを探しても見つからない。

 一応連絡役のトナトに伝言として書いた紙を渡したが、今日中に見つかるかどうか……。


「二人の言ってること全く分かんなかったよー」


「あぁ、まぁ……ちょっと込み入った話でね」


 結局一つも授業に出ること無く部屋に戻ってきた私たちはそれぞれのベッドに寝転がりながら取り留めもない話を続けていた。


「うーん……やっぱりディーちゃんって只者じゃないよね。秘密警察とかだったりする?」


 バキュン。と拳銃のポーズを取って、エルがおどける。

 まぁ、秘密警察ではなくて秘密結社なのだが、ここは適当に笑って流しておく。


「エルはさ、人助けの為に授業サボってるの?」


「え? あぁ、あれ? いやぁ、実はボスにも前に怒られたんだよね。『学業を疎かにするんじゃないのだ』って」


「ふぅん?」


「結局いつも落第寸前だけど……私は後悔してないよ。学長に怒られようが、ボスに怒られようが、例え神様が怒ったって私は止まらないよ。だって困ってる人を放っておけないじゃない?」


「優しいね、エルは」


「そ、そうかな?」


 多分、エルは表も裏もなくただ純粋に人助けをしている。

 見返りを得なくとも、『認識阻害』によってその正体が知られることがなくとも、彼女には関係ないのだ。


「でもね、私……私のやった事を覚えてくれてる人がいて、少し嬉しかったよディーちゃん。やっぱり、ほんのちょっと寂しかったりするからさ」


 そんなことを言った後、エルは直ぐに寝息を立て始めた。

 お風呂は良いのかと聞いてみても、眠そうな生返事が帰ってくるだけだ。


「はぁ……全く。そんなこと言われたら別れづらくなっちゃうじゃん」


 『B』の目的は達した。

 エリーニュスが欲している情報をメアリー・スーから引き出せれば、『B』は学園を後にするだろう。


「……エル。今の聞こえてた?」


「……」


 最早エルの生返事も聞こえて来ず、私の呟きがエルに届いていたのかはとうとう分からなかった。












「エリーニュスから伝言である」


 朝方、ニュルリとトナトが私の影から這い出てきたのは生徒共通の浴場の更衣室だった。

 昨日結局入り損ねたので、朝授業が始まる前に入ろうと衣服に手をかけた所だったのだが……。


「あのさ、もうちょい出てくるところ選べない?」


「? 拙者に性欲はない。襲うことはない故心配するな」


 私とて今さらトナトごときに裸を見られてドギマギする初心うぶな感情は持ち合わせていない。

 ただここは更衣室な訳で、他の女性がいるかもしれないとか考えなかったのだろうか。


 いや、周りに人が居ないのを確認してから出てきたのだろうが……。


「……まぁ、良いか。それで、伝言って?」


「先ず、良くやったとのお達しだ。本来はもう少し狂喜乱舞していたが……同行していたガーニールがドン引きするほどだったので仔細は省く」


「何それめっちゃ知りたいんだけど」


「それで今後の活動方針だが……」


「え、無視?」


 トナトは答える義理も無いと言う風に、つぎの話題に移っていく。


「言わずもがな『絶対に情報をもらってこい』との事だ。それと、お主の目覚めた『異能』を見抜く『異能』についてだが」


「あぁ、これね。お陰で今もトナトが影から出てくるのも先に分かったよ」


「調べて欲しい場所があるらしい。時間があるなら先にそちらに来てくれと言っていた」


「ふぅん?」


 例の情報を差し置いてでも先に見て欲しい物か……エリーニュスがそこまで言うのなら見に行かざるを得ないだろう。


「分かった、じゃあ先にそっちを見に行くよ。エリーニュスにそう伝えてくれる?」


「了解した。では、また夕刻」


 そう言い残して、トナトはまた影の中に消えていった。

 全く、こんな『異能』を持ちながら、本人があのデリカシーの無さではこの先が心配でならない。

 いつか常識を叩き込んでやるべきだろうか。


「まぁ、いっか。今はお風呂っと……」



 ガラリ。と浴室のドアを開けると、そこでは【12議席】のハニー・ミントがお湯にふやけていた。



「なっ……!」


「おやぁ、食堂で踊ってくれた女の子じゃあぁないかい……君も朝風呂派かな?」


 ハニー・ミントはお湯の中でその蠱惑的な体をくねらせ、視線だけをこちらに向けてきた。

 まるで偶然と言うていを装っているが、確実に狙ってここで待ち伏せしていただろう。

 【12議席】はどいつもこいつも、神以上に油断ならない猛者ばかりだ。


「私の事知ってるんでしょ……【キメラ】との関係も」


「あっはっは! これは失敬、昨日僕が自白したのをうっかり忘れていたよ。そうとも、同じ【12議席】であるトリエントから噂かねがね……切れ者だとも聞いているけれど?」


「お世辞は止してください。私に何か用ですか? 生憎忙しいのですが」


 ここで【12議席】にまで構っている暇は無い。

 エリーニュスにも呼ばれているし、【星の力】を持つ少女達とも戦わなければならないのだ。これ以上面倒事には巻き込まれたくなかった。

 キツめにハニー・ミントを睨んでみるが、ハニー・ミントはどこ吹く風で自分の用を語り始めた。


「なぁに、少々教師としての壁に阻まれていてね。一限だけで良いから私の授業に出席してくれないだろうか。心配しないでおくれ! きっと君に損はさせないと約束しよう!」


「胡散臭い……」


 顔をしかめながら、私はハニー・ミントの対角のお湯に身を沈める。


「あれぇ!? 君、想像以上に朴念仁だねぇ!? 僕の裸体を見ながらそんな冷静に返してくるのは君が初めてだよ! どんなに経験豊富なやつだって、性別問わず一瞬はたじろいでくれるのに!」


 と言うことは、ハニー・ミントはそれが分かっていて交渉の場として風呂場をよく利用するのだろうか。

 女性ならまだしも、男性だったら色んな意味でひとたまりもないだろうに……。


「はぁ……それで、何を企んでるんです? ノってあげますから話してください」


「こ、これは【キメラ】様が苦戦するわけだね……僕ごときがどうこうしようなんて烏滸おこがましかったよ……。おほんっ。まぁ、君相手に隠すのも失礼と言うやつだね」


 息を整えて、ハニー・ミントはようやく本意を話し始めた。


「実は【妙な思想】が蔓延していて授業が停滞してるんだよ。思想にかぶれた生徒を説得しようとはしたのだが、僕では説得力に欠けてしまってね」


「その【妙な思想】ってのは?」


「『種族特性からの解放』。それが彼らが語っている思想だよ」


 種族特性からの解放。

 それなら私でも知っている有名な論説だ。


 この世界には旧世界とは違い、実に多種多様な種族が人形の生物が繁栄している。

 そして種族それぞれに長所、短所が存在しているのだが、これらの要素は種族間の根深い分断を生んできた。


 簡単な話だ。

 翼を持ち飛ぶことの出来る種族より、飛べない種族はその分不利を強いられる。

 寿命が長い種族より、寿命が短い種族はその一生の内に出来ることがかなり制限される。


 他にも上げればキリはないが、とにもかくにも、こういった種族毎の特性の違いは実に多くの問題を生んできた。

 そのような種族的な格差を無くそうという思想が『種族特性からの解放』だ。


「これらの主張が正しいと思う者も多いらしいが、君はどちら側かね?」


「いや、ダメでしょう……旧世界が滅びた原因が"それ"なんですから」


 【方舟】と呼ばれるこの世界が出来るその前の世界。旧世界と呼ばれているそこは人間が実質的に支配する世界であった。

 しかし彼らは外部からの侵略に合い、必死の抵抗の末に世界ごと葬られた……。


 つまり、人間という単一の種族だけでは侵略者に対する対抗手段足り得なかったのだ。

 【方舟】で多種多様な種族が繁栄しているのは、いつか来るであろう侵略者たちを迎え撃つ準備でもある。


 だからこそ、種族的な多様性は存在し続けなければいけない。


「素晴らしい。さすが【キメラ】様に見初められた女性だ」


「こんなの、常識の範疇だと思いますがね……」


 お伽噺で語られる程有名な話だ。

 神達が意図的に広めていると言っても良いが、とにかく、それほどその侵略者に対して警戒を示しているということだ。


「さて、ではそんな切れ者なら……私が思い浮かべているプランについても考え付いているかね?」


「いや、そっちはさっぱり……ていうか、別に思想なんて好きに語らせれば良いんじゃないですか? バカはバカで固まっていくだけですよ」


「まぁ、別にちょっとしたサークルを作る位なら僕も放置したんだがね……どうも、彼らは近々学生デモを起こそうと考えているらしい。しかも学外の"団体"の協力の下だ」


「"団体"……」


 恐らく、私たちがこの学園に来るときにバスの前に立ちはだかった連中の事だろう。


「彼らは手段を選ばない事で有名だ。学生デモならまだしも、あの団体を関わらせる訳にはいかない……」


「要件は分かりました。それで、何をすれば良いんですか?」


「なぁに、君にしか出来ない……簡単な事だよ」


 それじゃ、ちゃんと授業に出席しておくれよ。とだけ言い残して、ハニー・ミントは風呂場から去っていった。


「なんでこう、偉い人たちは皆話を引き伸ばすのかな」


 交渉の場に着きすぎて変な癖でも付いてしまったのだろうか。さっさと本題を話してくれた方が、私もやりやすいのに。


 しかしそんなことを考えている間に、お風呂場の外が俄に騒がしくなってきた。

 そろそろ始業の時間なのだろう。


「しまった、ちょっとお湯に浸かりすぎたか……」


 ハニー・ミントの授業に出席しなければならないし、その前にエリーニュスの所へ向かう必要もある。


「少し立て込んでるけど……一つずつやってくか」


 昨日までのんびりと調査をしていたのに、急にこれだ。また暫く忙しくなるだろうと考えながら、私は風呂場を後にした。

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