調査ノートその1
東部パンゲア学園の周りは、鉄骨とコンクリートで構成された巨大なビルが立ち並んでいる。
学生達はそのビルの中にあるお店に行ったりして楽しむそうで、私がエルに手を引かれてたどり着いた場所もそういった類いのお店だった。
仄かに鼻腔をくすぐるコーヒーの匂いと客層の若さからして、ここはカフェなのだろう。
にしては東区とは全然内装が違うが……。
「ディーちゃんはコーヒーとか飲める?」
「一応……」
「じゃあ同じの頼んじゃうね。安心して、ここは私の奢りだから!」
「あ、ありがとう……」
世話焼きと言うか何と言うか。
昨日今日会ったばかりの筈なのに、エルは私によくしてくれる。
暇なんだろうか。
……いや、授業に出れてないから暇ではないのだろうが。
エルが呪文のような注文を話しているのを聞きながら、私は店内の話し声に耳を傾ける。
「聞いた? ハニー・ミントが学園で講師やってるんだって」
「勉強ダリィ~」
「最近デモが酷くって……」
「昨日から頭痛が……」
「西区のスキャンダル聞いたかい!?」
「南区の範囲拡大させるらしいぜ」
「新しい12席の選挙にさ、あのデモの代表も立候補するらしいぜ」
大方そんな風な会話が店内を埋め尽くしていた。
この東区に来てからちょくちょくデモの話を聞いていたが、どうにも社会運動の気運が高過ぎるように思える。
私が住んでいる西区は個人主義的な場所で、【リリス】の館やトリエントの屋敷の様な権力者の巨大な建造物と、それ以外の簡素な建物しかない。
西区に拠点を構える権力者達は12議席と関係のない者も多く、住民達は投票に対する意識も低かった。
西区でデモが起こったという話も聞いたことがない。
「にしてもだよねぇ……」
東区は少々過敏過ぎる気もしてしまう。
「どしたの? ディーちゃん」
「あぁ、いや……」
誤魔化すようにエルの手からコーヒーを引ったくって一気に飲み干す。
が、その直後舌に広がった味わったことのない味に私は顔をしかめた。
「……甘い」
ゲー。と舌を出して、喉の奥に残った甘ったるい感覚を何とか吐き出す。
「あははは! ごめん、ごめん。コーヒーって言っちゃったから、そうだよね。ここのは大体甘いから気をつけてね」
「コーヒーってか、コーヒー風味の砂糖だったけど」
「んふふ。西区にはこういう飲み物無いの?」
「お酒ならたくさん……」
「あはは、そっかぁ」
文化の違いを見せつけられている私を、エルがニコニコと眺めている。
「それじゃディーちゃん……」
エルが甘ったるいコーヒーを飲み終えて雑談に移行としようとした瞬間、お店の外から誰かの悲鳴が聞こえてきた。
私も含めカフェのお客全員がそっちを振り向き、
「何だろ、白昼堂々盗みとか?」
とエルの方に向き直った時には、そこにエルはいなかった。
「あれ? エル?」
慌てて店内を見渡すが、エルはどこにも見当たらない。
もしや『反転の魔法』で店の外に野次馬にでも行ったのかと外に出ると、ベランダの柵に片手だけでぶら下がり、今にも落ちそうな人間の男の子が目に飛び込んできた。
「あれに悲鳴を上げてたんだ!」
周りをざっと見てみたが、羽のある種族は居ない。
どこからか集まった大人達が布を広げているが、余りにも心許なかった。
私の『異能』を使えば助けられるかもしれないが、あまり人前で使いたい力ではない。
それは『魔法』とは違う特別な力であり、一般には知られていないものだからだ。
しかし悩んでいる間にも子供の体勢が悪くなっていく。
「いや、なりふり構ってられないか……!」
誤魔化す方法は後で考えようと決心して風の『異能』を構えたが、それよりも一足早く男の子に接近する影があった。
そいつは先端に五方正を輝かせたステッキに股がり、空を飛んでいた。
キラキラという効果音でも出しそうな光の軌跡を描きながら、猛スピードで男の子へと迫っていく。
「魔法少女だ!」
事の次第を見守っていた誰かが声を上げて、私もそのステッキが昔読んだ少女漫画に登場する物にそっくりだと気付く。
そして魔法少女が身に付けている服が、『東部パンゲア学園』の制服だと言うことにも。
「魔法、少女……?」
そしてその目に、星が瞬いていることにも。
「あいつが、エリーニュスの仇?」
登場した魔法少女は華麗に男の子を助けだして、万雷の拍手に包まれている。
だが、私はその称賛されるべき姿を、苦い顔で見守るしかなかった。
何故なら目に星を輝かせた魔法少女が、紛うことなきエルファガルだったからだ。
「エルファガル、あんたは一体……」
目の前の人助けを行った少女と、エリーニュスの村を滅ぼした女のイメージが噛み合わず、私は苦悶の呻きを漏らす。
やがて男の子を親の腕の中へ返し、お礼を言われたエルファガルは空の向こうへ飛びさってしまった。
「エルファガル……!」
とにかく直接問い詰めるまでは確信を持てない。
私は急いで飛び去った方向へと走って向かう。
幸い光の軌跡は目立ちすぎる程目立っていて、どうして誰も気にかけないのか分からない程だった。
光が先ほどの現場から少し離れた路地に着地したのを見て滑り込むと、股がっていたステッキをクルクルと回すエルファガルがそこにいた。
「んー、今回もお仕事完了っと……さて、ボスに報告を……」
「エルファガル!」
「ひっ!?」
ビクッ!と体を震わせたエルファガルはステッキを取り落とし、信じられないという様子で星の輝く瞳を見開く。
「な、なんで私って分かるの?」
「は? ……あぁ、なるほど。認識阻害みたいなのがあるわけね」
あれだけ堂々としていればエルファガルだとバレそうなものだと思っていたが、ちゃんと対策もしていたらしい。
「しまったなぁ……よりによってディーちゃんにバレるなんて」
取り落としたステッキを拾い上げて、エルは気まずそうに視線を地面に落とす。
「私も探してた人がエルだなんて思わなかったよ……」
「探してた? あぁ、『優秀な生徒』の噂でしょ。あれちょっと恥ずかしいんだよね……」
「そう? 私は立派だと思うけど」
「止めてよ、もう」
照れ臭そうに笑うエルの顔を見て、私はほっと息を吐く。
エルの目には確かに星が瞬いていたが、"七つ"ではなかった。何度数えても、七つ以上の星がその目の中で輝いている。
エルファガルはエリーニュスの仇ではないようだ。
「どしたの? そんな顔して」
「あーいや……そのボスってのは一体誰なの? それに【星の力】って……」
自分がどんな顔をしているか分からないが、エルがエリーニュスの仇ではないからと言ってそこで終わりではない。
目に星を輝かせているという共通点はあるのだから、もしかすると何か情報を握っているかもしれないのだ。
エリーニュスや他のメンバーに知らせたら『拷問しよう』等と言い出しかねない。
ここでなるべく情報を引き出しておくのが吉だろう。
「あ~、秘密なんだけど……ここまで来ちゃったら今さらだよねぇ」
手をもじもじと絡ませながら、エルは目を泳がせる。
やがてじっと見つめる私の視線に観念したのか、ポツリポツリと事情を話し始めた。
「私、実は孤児なんだ……ボスに拾われて育てられてさ……この【星の力】もボスから貰った物なの」
話しに聞く限り、ボスは善良なヤツらしい。
わざわざ【星の力】とやらを与えてまで人助けをさせているのだ、相当なお人好しかもしれない。
「へぇ? その……魔法少女みたいな力が【星の力】?」
「魔法少女? あははは! 確かにそれっぽいね!」
目を丸くして大笑いされ、何故か私が赤面してしまう。
別に私が言い出した訳でもないのに、私の感性をバカにされた気分だ。
「と、とにかく……その【星の力】で人助けをしてたんだよね? 認識阻害までして」
「そうそう。【星の力】は秘密の力だからね。ボスからも『見つからないように』ってよく言われてるよ」
「じゃあその……【星の力】を持ってるのはエルだけなの? 他にも居たりする?」
結局、重要なのはそこだけだった。
エルがエリーニュスの仇でないのなら、同じ様に【星の力】を宿したエルの仲間かもしれない。
「居るよ? でも【星の力】は別にボスしか知らない力じゃなくて、私は後天的に与えられたから目に星が浮かんでるけど、そうじゃなくて、生まれつき持ってる人もいるんだって」
「そうなの?」
てっきりそのボスが特別なのかと思っていたが、どうやらそういうわけでもなさそうだ。
しかし、そうなるとこの【星の力】を頼りにエリーニュスの仇を見つけるのは相当難しいかもしれない。
私が思案していると、エルは私にバレたのが相当ショックだったのか、重いため息をついてステッキの星を弄り始めた。
「それにしても何でディーちゃんにはバレたんだろ。【星の力】は【星の力】でしか暴けないのに……」
「ふぅん?」
そういうものなのかとスルーしようとしたが、ふと私の身に宿る『異能』を思い起こし、エルの瞳に目をやった。
「な、なに? ディーちゃん……そんなに見つめても何も出ないよ?」
「いや、もしかしたらと思って……」
「へ?」
状況を飲み込めていないエルを見つめながら瞳に意識を集中させていると、パチッ。と私とエルの間に火花が散った。
その火花の軌跡を目で追えば、軌跡はエルの目と、ステッキの星に向かって伸びているのが分かった。
「……なるほどね。そう言えばあの島では目に関する実験もやってたっけ」
「な、なんの話? ディーちゃん、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
いつの間に発現していたのか、私は【星の力】を……いや、『異能』を見抜く『異能』を身に付けていたらしい。
私の『異能』は、近くで死んだ者の『異能』を取り込むというもの。あの日島で死んだ複数の子供の『異能』を、私はこの身に宿している。
発現の方法は未だ分からないが、その内の一つが私の目に発現した。
「なるほど、後天的、先天的ってのはそういうことか」
『異能』の痕跡は『魔法』では見抜けない。
それは基本的に『異能』が『魔法』の上位互換であるためだ。
先ほどのエルの『【星の力】は【星の力】でないと暴けない』という発言、そして私の目に宿った『異能』が【星の力】を見抜いた事から、【星の力】=『異能』と考えて良いだろう。
そして、エル曰く後天的な『異能』の保持者は、目に星を輝かせる事になる。
エリーニュスの仇も、そうした一人に違いない。
そうなるとやはり気になるのは、後天的に『異能』を与える事の出来るボスの正体だ。
「ねぇ、そのボスだけど……」
「あー……やっぱり気になっちゃう? でも会ってくれるか分かんないんだよねぇ……」
ボスは秘密主義だから。と、エルは曖昧な笑みを浮かべる。
まぁ、当然と言えば当然か。認識阻害を使わせているのだから、明らかに人目を忍んでいる。
「でもまぁ、ディーちゃんならいっか。【キメラ】様のお嫁さんだし、それなりに社会的地位ってやつもあるしね」
「いや、結婚はしてないんだってば……」
私の訂正には耳も貸さず、エルは私の方に手を伸ばしてきた。
「何? また『反転の魔法』?」
怪訝な顔で握り返すと、エルは愉快そうに笑う。
「いやいや、今度は【星の力】だよ」
そう言ってエルが取り出したのは、空色の鍵。
それを路地の壁に当てて回すと、ギギィ……という木の軋む音と共にゆっくりと光のドアが現れた。
手を引かれるままにドアへ飛び込むと、その先にあったのはこじんまりとした小部屋だった。
壁の棚には無数の本が立て掛けられ、窓の外には真っ白な砂浜。
そして部屋の中心には、実験器具と向かい合う少女の姿があった。
「ボス! 紹介したい子がいてつれてきたんですけどー?」
しかし私にとってもエルにとっても、そして恐らくボスにとっても想定外だったのは、ボスと呼ばれた人物が、私のよく知る魔女だったことだ。
「お、お前……なんでエルと一緒にいるのだ」
「そりゃこっちのセリフなんだけど」
ボスの正体は、先日の事案によって消滅した魔女の神【リリス】の長女、そして【リリス】すら越える『魔法』を扱う、メアリー・スーその人だった。
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