#35「黒猫の襲撃2」
エナとエレの奇襲から逃れるため、空へ逃げる
エナは束になったツル植物を両手で掴み、それに押し上げられるようにして空中を移動してきた。さらに鈴葉と皐を逃さないよう、森に隠れた状態のエレが電撃の支援攻撃をあちこちへ放つ。
エナはツル植物から手を離し、勢いよく空中打ち上げられる。妖力を吸い取る青いオーラを両手に纏わせ、電撃で移動を制限された鈴葉と皐に迫る。
「ど、どうしましょう!?」
皐が慌てて左右に目を向ける。一度電撃で撃ち落とされたせいで、速さ自慢の皐も予測不能の電撃から逃げられずにいる。
「風沙梨をお願い!」
「えっ!? ちょっと――」
鈴葉は両手で抱えていた風沙梨を皐に押し付ける。自由になった右手で、背中側の帯に差していた紅葉の団扇を取り出した。
エナはすぐそこまで迫っている。
鈴葉は団扇を振るって風を起こした。発生した風は鈴葉と皐を中心に渦巻き、周囲に風の壁を発生させる。渦巻く風の壁は電撃も巻き込んで、帯電した竜巻となる。
「にゃっ……!」
ツル植物から手を離し、推進力で飛んでいたエナ。一直線に鈴葉達へ向かっていた彼女が咄嗟に進路を変える方法はなく、既に二メートル程に迫った竜巻に驚いて目を見開く。
エナは何とか全身を囲むシールドを発生させると、竜巻に飲み込まれ、しばらくして吹き飛ばされて森へ落ちていく。そんなエナを束になったツル植物が受け止め、大怪我は免れた。
鈴葉と皐は何とかピンチを乗り越え、竜巻の中で胸を撫で下ろす。
「助かりました、ありがとうございます……」
「お互い様だよ。それより、これからどうするか決めないと」
鈴葉の風の妖力で、薄っすら水色を帯びた風の渦。その外ではツル植物に支えられたエナと、電撃を止めてエナの反対側を飛ぶエレがこちらの隙を狙っている。
「あ、あの、作戦会議も大事なのは分かるのですが、私の方も助けてもらえると……」
風沙梨が苦しそうに言う。現在の風沙梨は皐の腰に腕を回してしがみついている状態だ。
背中に翼がある鈴葉と違い、皐は両腕に翼が生えている。当然飛ぶためには翼を動かす必要があり、風沙梨を抱えることができない皐は、自らにしがみついてもらうしか人を運ぶ方法がない。
「皐の巻物で風沙梨に翼を生やすとか、浮けるようにするとかできないの?」
「無理ですね……。消費妖力が私の妖力を上回ってしまいます」
竜巻が弱まらないように、何度か風を送り込んでいる鈴葉も、風沙梨を抱えた状態では団扇を振るえない。早く逃げるか戦うか、先のことを考えないと妖力の消耗や、風沙梨の疲労が限界を迎えてしまう。
「あ、風沙梨さんの腕力を強化することならできますよ」
皐は筆で巻物に文字を書く。やがて風沙梨はあっと声を出した。
「随分楽になりました。では、もう少し失礼します……」
「どうぞ〜」
皐の腹部に顔を埋めるような状態の風沙梨は、申し訳なさそうに現状を維持する。皐は特に気にすることもなく、話し合いを進めようと鈴葉に向き直る。
「逃げるにはエレさんを何とかしないとですね。電撃を食らってまた墜落するのはもう懲り懲りですし」
皐が宙をうろうろして竜巻の隙を探っている黒猫を見る。空を飛べるというのがエレの厄介さを際立たせていた。
「さっきのエナみたいに、シールドで全身を覆いながら逃げるのはどう?」
鈴葉が提案するが、皐は首を横に振る。
「鈴葉さんはそれで大丈夫でしょうが、私と、恐らく風沙梨さんも無理だと思います。エレさんの電撃を耐えられる程のシールドを作れません」
「皐の能力で強化しても?」
「うーん、それならいけるかもですが……。エレさんがどれだけ追ってくるかにもよりますね」
「賭けかぁ……。エナもツル植物で追ってきそうだし、シールドが切れたらまずいよね……」
唸る二人。そんな中、風沙梨が耳をぴくぴく動かしてエナの方に首を回す。エナが誰かと話しているようだ。渦巻く風が轟々と音を立てる中、風沙梨は音を操る能力を使って、自分と鈴葉、皐に竜巻の音を聞こえなくする。
「にゃ? 折角いいところにゃのにどういうことにゃ? ……効率? うむむ、分かったにゃ、すぐ向かう」
急に静かになったためか、鈴葉と皐も何事かと黙り、聞こえてきた話し声に耳を澄ましていた。無言で目配せをして、どういうことだろうと首を傾げる。
「くっそ! エレ、帰るにゃ! お前ら覚えておけにゃ!」
エナは悔しげに吐き捨てると、エレを連れて森の中に戻っていった。
鈴葉はしばらく竜巻を維持したまま様子を見て、本当にエナとエレがいなくなったと判断してから風を周囲に拡散する。
夏の青空の下に、静かな時が流れる。
「と、とりあえず何とかなった……?」
鈴葉の呟きに、皐と風沙梨もよく分からないが小さく首を振るのだった。
三人は地上に降りてツル植物を切り裂き、休めるスペースを作った。
エナ達に襲われる前から風の術を使い、竜巻もしばらく維持していた鈴葉と、何度か巻物を使って術を使っていた皐の二人は、疲労感を覚えるくらいに妖力を消費していた。倒木の上に並んで腰掛け、それぞれ楽な体勢で休んでいる。
風沙梨はしばらく
「エナって子、森を荒らす私たちの妖力を吸い取るって言ってたよね。ツル植物も操っていたし、あの子が犯人なのかな」
鈴葉が皐に尋ねる。皐は難しい顔をして口を開く。
「エナさんにもエレさんにも、植物を操る力はないはずです。少なくとも百年前から二人のことは存じてますが、そんな力を使っている姿も噂も聞いたことありませんね。誰かと話していましたし、エナさん達が犯人の協力者なんだと思います」
しばらくエナ達について話し合うが、結局協力者であろうという情報以外は何も分からなかった。
話しているうちにも切り裂いたツル植物は再生を続け、いつのまにか鈴葉と皐が座っている倒木にツルが伸びて来ていた。まだ休憩を始めて十分といったところだ。
「これからですが、鈴葉さんたちはどうされますか?」
皐がツルを引っ張ってちぎり、足元に捨てる。
「どうするって?」
「このまま進むか、引き返すかです。進めば必ずエナさんとエレさん、そして何人いるか分かりませんが、二人の仲間と戦うことになるでしょう。私が言うのもあれですが、先程以上の苦戦を強いられることになるかと」
鈴葉はどうしようと風沙梨の方を見る。最初は犯人への怒りで強気だった風沙梨だが、今はそんな様子は微塵もない。青い瞳に申し訳なさそうな色を浮かべ、静かに首を横に振る。
「私はお二人の足手纏いにしかなっていません。私のわがままで師匠と首を突っ込んでしまいましたが、私たちの手に負える事件ではありませんでした。これ以上踏み込むのは危険だと思います」
「でも、このまま放っておいたらもっと被害が増えるかもだし、風沙梨の家もずっとあのままになるよ」
諦めた風沙梨の代わりに、今度は鈴葉がムキになる。エナ達に勝てる方法は浮かばないが、だからと言って放置できる問題でもない。
「皐はどうするの?」
「そうですねぇ……。お二人が協力してくれるとしても、戦力が足りないのは確かです。こちらの協力者を探しつつ、ツル植物やエナさん達についての情報を集めようかと思います」
皐はまだ調査を続けるつもりらしい。戦闘はできなくとも、持ち前の素早さを活かして情報を集め、人を頼ることはできると。
「皐が戦力を探してくれるなら、私達も戦力の一部としてまだ協力できるよ。風沙梨だって索敵やサポートができるじゃん」
「皐さんにもエナさん達にも気付けませんでしたけど……」
風沙梨は自身なさげに溜息を吐く。
皐やエナ達の接近に最初に気づいたのは鈴葉だった。音ではなく、視線や気配といった感覚的なものを、何となく違和感として察知していた。皐達が音を殺して観察していたのもあるが、あの時は風沙梨が憤って周囲の警戒に力が入っていなかったからではないかと鈴葉は伝える。
「風沙梨が能力を使ってくれなかったら、エナ達が帰ったって分からずに、ずっと気を張り詰めていただろうし、それに――」
「わ、分かりましたよ……! そんな必死でフォローしなくていいですから」
風沙梨は少し顔を赤らめて鈴葉の言葉を止める。
「協力しますよ。もう油断はしません」
風沙梨の決意に鈴葉は微笑む。そして力強く皐の方を見る。
「ってことで、私達もまだ協力するよ!」
「ありがとうございます。頼もしいですね。では、作戦会議と行きましょう!」
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