#15「紅と蒼」
虹の森にて、村の騒動の黒幕、
そんな状況で鈴葉は霊羽の名を呼ぶが、次の瞬間、霊羽は赤い瞳をギラつかせ、槍を鈴葉に向けて猛スピードで突っ込んで来た。
目の前に迫る赤い槍に鈴葉は目を見開く。槍は真っ直ぐ鈴葉の首を狙っている。突然の出来事で回避が遅れ、槍の直撃を避けるために体を右に逸らすのが精一杯だった。首スレスレを槍が通り過ぎ、炎のように熱を持った槍の妖力が顔に伝わる。
霊羽は鈴葉の横を通り抜けるとすぐに空中で回転し、槍を横に払って再び鈴葉の頭を狙う。鈴葉は咄嗟にしゃがんで横から来る一撃を交わし、次の攻撃が来る前に後ろへ跳んで霊羽と距離を取る。
霊羽の猛攻は止まらず、逃げる鈴葉を槍で突き、薙ぎ払い、時にはパンチやキックも混えて追い詰める。
「霊羽! お願いやめて! 話を聞いて!」
シールドも使って攻撃を避ける一方の鈴葉。何度も霊羽に呼びかけるがその声は届かず、槍が振るわれるのみだった。そうしているうちに、どんどん開けた場所の端に追いやられていく。
「話は通じないようね……」
闇属性の紫の槍を持った亜静。二人の攻防を少し離れて見ていたが、和解が成立しないと判断し、金色の瞳を鋭くする。相手が鈴葉の妹であるらしいが、同時に
亜静は防衛に専念して押されている鈴葉を援護するため、遠距離攻撃で鈴葉を巻き込まない位置まで、気配を消して移動する。霊羽の右側から翼に狙いを定め、槍を投擲する。
夜闇に紛れて闇の槍は目立つことなく霊羽に迫る。そのまま霊羽の右下の翼をぶすりと貫いて突き刺さる。
「!?」
霊羽がキッと亜静の方を向く。あと一歩後ろに下がれば茂みに躓いていたであろう鈴葉が、よそ見した霊羽の隙をついて横に抜け出し、亜静と反対の位置へ向かう。二人で霊羽を挟む形になる。
霊羽は逃げた鈴葉を一瞥もせず、亜静を怒りのこもった目で睨む。苦痛の声も上げず翼に刺さった槍を引き抜き、足元に投げ捨てて踏み砕く。そして無事な三枚の翼で宙に浮き、鈴葉にしてた攻撃を亜静に対して繰り出す。
亜静は防衛だけでなく、新しく作り出した槍で攻撃を塞ぎつつ、カウンターで霊羽に小さな傷を与えていく。
「と、止めなきゃ……」
戦闘に置いて行かれた鈴葉は息を整えながら、亜静と霊羽の戦いを見つめる。恐らく村人たちと同じように意識がない霊羽。より凶暴性を増しているため、無傷で捕えることは出来なさそうだ。攻撃して弱らせ、精神薬を飲ませるのが最善の方法だろう。
分かっているが、霊羽を傷つけると思うと手が震え、扇に上手く妖力を流せない。内心で焦りながら、無力に行く末を眺めることしか鈴葉には出来なかった。
『師匠! 兎の方が!』
鈴葉の耳元に風沙梨の声が届く。隠れている茂みから、音を操る能力を使って話しかけている。
今の所亜静と霊羽は互角にぶつかっており、すぐに助太刀が必要な様子ではなさそうだ。少し躊躇した後、鈴葉は風沙梨に呼ばれたことを言い訳に戦場から一時逃避し、風沙梨のいる茂みに駆け寄る。
「どう? 大丈夫?」
茂みの裏に回るなり、鈴葉は風沙梨に声をかける。万が一兎の少女が敵対していたらと心配したが、少女は大人しく正座して記憶を探るように頭を押さえている。
「大丈夫です。この方もやっぱり凶暴化の影響を受けていたみたいですが、もう会話できるようになりましたよ」
風沙梨がそう説明すると、兎の少女は座ったまま鈴葉を見上げ、申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんなさい。何となくしか覚えていないのですが、いろいろ迷惑かけてしまい……」
言いながら、少女はその表情を驚きに変えて行く。言葉も途中で消えてしまい、鈴葉と風沙梨はどうしたのかと首を傾げる。
「金髪の狐の獣天狗、赤い瞳、百六十センチくらい……」
兎の少女は呟きながら、鈴葉の頭の先からつま先まで視線を行き来させる。
「もしかして、霊羽さんのお姉さん……?」
「そうだよ」
「え!? えええええ!? 私ったらどうして襲いかかる前に気づかなかったんだろう」
兎の少女は青ざめてさらに鈴葉に対して謝罪する。頭を地面に打ち付ける勢いで何度も土下座する。困った鈴葉は風沙梨と目配せし、一先ず兎を落ち着かせることにした。
「きっと錯乱してて分からなかったんですよ。ほら、もう謝らなくていいですから」
「は、はい……」
風沙梨に背中を摩られ、少女は恥ずかしそうに兎の耳を垂らす。
その後、互いに軽く自己紹介をし、霊羽に何があったのか、
「私と霊羽さんは、一年くらい前に出会って、お姉さん、つまり鈴葉さんを探していたんです。霊羽さんが鈴葉さんに謝りたいことがあるってことで」
何のことか分かりますよね、と里緒瀬が鈴葉をチラリと見る。思いつくのは
「でも私と霊羽さんは今日まで鈴葉さんを見つけられませんでした。霊羽さんはストレスや罪悪感で悪夢を見るようになり、憔悴していったんです。それで……」
里緒瀬は続きを言うのを躊躇う。正座をして太ももの上に乗せていた拳をギュッと握り、悔しそうに表情を歪める。
「その、私が気分転換になればと思って、野老屋村の夏祭りに霊羽さんを連れて行ったんです。そこで霊羽さんが、恐らく故郷の天狗と鉢合わせしたようで……。いろいろ溜まっていたものが爆発して、能力の暴走状態になってしまいました。周囲の人にも能力が影響してしまい、あんなことに……。
ごめんなさい。私が迂闊だったせいで」
「あなたのせいじゃないよ。それにしても、霊羽の能力って何? ちょっと戦闘が得意なことと、風の術とか狐火を操れるくらいしか知らないんだけど」
深々と頭を下げる里緒瀬に、鈴葉が慰めの言葉と疑問を問う。里緒瀬は顔を上げ、鈴葉が能力について知らないことに不思議そうに目を丸くする。
「ご存知なかったのですか? 霊羽さんは怒りの感情を操る能力を持っているのですよ」
「怒りの、感情……?」
今までそんな力のこと、霊羽から聞いたことがなかった。
「怒りの感情を操る能力。霊羽さんが言うには、怒れば怒るほど肉体や妖力が強化されるみたいです。周囲から自信に向けられる怒りも、養分として吸収できるとか。
今回は霊羽さんの感情が許容量を超えてしまい、自我すら怒りに上書きされているのだと思います」
鈴葉は亜静と戦闘中の霊羽に目をやる。亜静に傷つけられた翼や他の傷も、強化された妖力でどんどん回復している。そして受けた痛みを怒りに変換し、疲れ知らずという様子で攻撃を続けている。
「霊羽……。何に対してそんなに怒っているの……? どうすれば……」
風沙梨と里緒瀬が会話を続けている中、鈴葉は小さく呟いて霊羽を見つめる。
急所を外して亜静が霊羽に攻撃をするが、霊羽は怯むことなく猛進する。霊羽を軽くいなしていた亜静だが、里緒瀬との戦闘での疲労が徐々に動きに現れてきた。
「あの右手……」
ふと霊羽の右手に視線が吸い寄せられる。そこには鈍く赤い光を放つ三本筋のアザ。昔から霊羽の腕にあるものだった。確かここ数年でアザが痛むようになったとかで、特殊な包帯を巻いていたはず……。
「……」
なぜただのアザが薄っすらと赤く光っているのか。他にも同様に赤く光っている黒い翼の先端、金髪の毛先など、記憶の中と違う点がある。
「里緒瀬、霊羽の能力だけど、暴走してない時はどんな感じだった?」
「どんなって、普通に霊羽さんが怒りながら戦ってるだけでしたけど……?」
「右手の包帯は? 髪や翼もあんな風に赤くなってた?」
「い、いえ。包帯はしてましたし、赤くもなっていませんでした」
急に畳み掛ける鈴葉に戸惑いながらも、里緒瀬は質問に答える。
「村で霊羽さんが暴走した時に、右手の包帯が破けてしまったんですよね。あれがないと腕が痛むって言ってて……もしかして」
里緒瀬がはっとして目を見開く。
「あの包帯、裏側に術の文字が書かれていて、封魔の包帯って言われてるの。私は霊羽の能力についてよく知らないし、確証はないけれど、あの包帯が暴走と関係してるかも。破れた包帯ってまだ持ってる?」
鈴葉の考えに同意しながらも、里緒瀬は首を横に振る。
「包帯は普通に破れたのではなく、焼けるように破れて、そのまま消えてしまったんです。だからここにはありません」
がっかりと肩を落とす二人だが、里緒瀬はあっと短く発すると、言葉を続けた。
「こ、ここにはありませんけど、家に行けば予備があるはずです……!」
里緒瀬が立ち上がる。少しここで休憩したが、ほとんどエネルギーを使い果たした状態で足元がふらつく。隣で風沙梨も立ち上がり、そんな里緒瀬の肩を支える。
「私が取りに行きます! 幸いここからそれほど離れていません。十五分くらいで戻れるはずです!」
「ですが、里緒瀬さんはもうフラフラじゃないですか」
「霊羽さんのためなら頑張れます!」
場所さえ分かればこの中で最も速く移動できるのは鈴葉だ。鈴葉も自分が行くと名乗り出ようとしたが、亜静から飛んできた声に制される。
「ちょっと! いつまで私一人に相手させる気? 早く戻ってきてほしいのだけれど!」
鈴葉がごめんと小声で言って身を縮める。
「里緒瀬に包帯を頼んで、私が霊羽を時間稼ぎするしかないよね……」
「はい! 早く霊羽さんが救われるよう、全力で行ってきます!」
霊羽を思う気持ちが強いためか、僅かであるが先程より里緒瀬の力が漲っている。早速とばかりに里緒瀬の足元に光が集中し、発射されるように森の中へ走って行った。
茂みの裏に残された鈴葉と風沙梨は、里緒瀬の巻き起こした風に髪を揺らされる。
「私も亜静を手伝ってくる……」
「師匠……」
風沙梨は心配そうに鈴葉を見上げる。鈴葉はこれから霊羽を攻撃しなくてはいけない。風沙梨に呼ばれる前、攻撃を躊躇っていたのを見られていたのだろう。
「無理し過ぎないでくださいね、精神的に」
「大丈夫。これは、霊羽のため……」
自分に言い聞かせる。怒りのまま突き進み、怪我をもろともしない戦い方を続ける霊羽。このままだと体が壊れてしまう。それを止めるためにも攻撃し、霊羽を鎮める。
「行ってくる!」
鈴葉はそう言い、茂みから飛び出した。低空飛行で霊羽に急接近し、背後から霊羽の翼の根元を掴む。飛ぶ勢いを回転に利用し、亜静から引き剥がして地に叩きつける。脳震盪を起こしても当然というくらい強く、容赦なく。
霊羽は突然背後に引っ張られ、あっさりと右半身を地面に強打する。その際に持っていた槍を手放してしまう。
「馬鹿霊羽! 人を巻き込んで! 迷惑かけて!」
鈴葉は己を奮い立たせるために言い放ち、扇を振るう。風を圧縮した刃が三つ出現し、霊羽の手足を斬りつける。
「……!」
霊羽はさすがに頭を押さえながら、それでもたったの数秒で起き上がる。落とした槍は粒子となって消え、代わりに霊羽の周囲に赤い槍が五本、空中に出現する。相手が一人だろうが二人だろうが、全く引く様子がない。
「ようやく戦う気になったのね」
亜静が息を切らして鈴葉の隣に立つ。
「離れてごめん。でも、もう大丈夫だから。霊羽を元に戻すために、ボコボコにする気でやる」
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