怪奇(?)布団おじさん現る

青樹空良

怪奇(?)布団おじさん現る

「最近、布団を背負って夜中に歩いている謎のおじさんがいるって噂なんだけど……」

「え、なにそれ。都市伝説的な?」

「ううん。何人か見たって人がいるみたいだよ。しかも天下無双の強さなんだとか」

「へ、へぇ。わけわかんないね」


 学校の休み時間に友だちの話を聞きながら、私は頭の中でその姿を想像した。

 布団を背負っているおじさんで、天下無双。脳内にめちゃくちゃごついおじさんのイメージが浮かぶ。

 でも、なんで布団なんか背負っているんだろう。


「天下無双の強さってことは、きっと力を出しまくって、すごく疲れるってことだよね。戦った後、すぐ寝れるようにかな?」

「え、道で?」

「そこら辺の椅子とかに敷いたりしてさ」

「おかしいでしょ!」


 思いっきり突っ込まれた。


「でも、布団って寝るために使うものだし……。あ、そういえば、保育園のとき昼寝のために布団、持っていったことがある気がする。そのおじさんも?」

「いやいや、夜中に?」

「それもそっか。でも、なんか気になるね。そのおじさん」

「ね。地味にいそうな感じがいいというか」

「うんうん。それなら、探しに行ってみない?」

「えー! 本気で言ってる?」

「だって、一回見てみたいよ」




 ◇ ◇ ◇




 と、いうことで私たちは夜に待ち合わせをして布団おじさん(?)を探しに行くことにした。


「うーん。そのおじさんってどこにいるんだろ」

「さぁ。目撃情報って誰が見たのかよくわかんないし。場所もバラバラというか噂話程度でよくわからないんだよね」

「さすが、謎の存在」


 私は思わず納得して頷いてしまう。

 人通りのない住宅街を私たちは歩く。

 町中ではさすがに目立ちすぎていないような気がしたから、その辺を探してみることにした。そんな姿で人通りが多いところをうろうろしていたら、もっと噂になっていそうだ。それに、都市伝説に出てくるような謎の存在は人気の無いところに出るものだ。


「本当にいるのかなぁ」


 なんて、友だちが呟いたとき。後ろから急に原付が近付いてきた。

 そして、


「えっ」


 私が肩から掛けていたバッグを、原付に乗った人がぐいっと引っ張った。

 ひったくりだ!

 心の中ではすぐに思ったけれど、身体は固まって動かない。

 こういうときは、すぐに悲鳴でも上げなければと常々思っていたが、いざとなると反応できない。友だちもびっくりしたような顔でこちらを見ているから同じ状態なんだと思う。

 パッとバッグが私の身体を離れる。

 困る! 中にはスマホも財布も入っているのに! あと、あのバッグ気に入ってるのに!


「ドロボー!」


 私は叫んだ。

 ようやく、声が出た。

 そのとき、バイクの前にさっと人影が立ち塞がった。

 その人は布団を背中に背負っている。そして、おじさんだ。私が想像していたのとは違って、意外と普通のおじさんだけど……。


「あ、あ……」


 私は声にならない声を上げた。

 ひったくりが出たと思ったら、布団おじさんまで出たー!

 本当にいた!

 こんなときに出てきても困るなんて思っていたら、おじさんはさっと背中の布団を手に取った。そして、ダンスのような華麗なステップを踏みながらぶんぶんとピザでも回すように布団を両手で回して、ひったくりの原付に向かって投げつけた。

 布団はふわりと原付にまとわりついて、とすんと原付は倒れた。


「くそっ」


 布団にくるまれたお陰で全く怪我も無さそうな犯人は、起き上がって再び原付にまたがろうとする。

 だが、そのときには布団おじさんはすでに犯人の横に駆け寄っていた。

 起き上がろうとする犯人を布団に寝かしつけるように倒す。


「なっ、起き上がれないっ!」


 布団おじさんは見た目よりも力強いらしく、本気で犯人は起き上がれないようだ。布団おじさんは私のバッグを犯人から取り上げて、そのまま、犯人をぐるぐると布団で簀巻き(布団巻き?)にしてしまった。

 犯人は、抵抗も出来ない様子でされるがままになっている。

 確かに、思っていたのとは違うけど天下無双というか……、強い!

 しかも、きっと布団は犯人すらも怪我させないという優しさだ。なんという配慮!

 私がぼんやりとその姿を見てると、


「大丈夫かい、お嬢さん。はい、これ。お嬢さんのだろう?」


 布団おじさんが私にバッグを渡してくれた。


「危ないところだったね。じゃあ、私はこれで」


 渋い声で布団おじさんが言う。

 変な人だと思って探していたのに、正直かっこいい。顔が、とかじゃなくてなんか雰囲気がかっこいい。ずるい。


「あ、ありがとうございます」


 ぼんやりと布団おじさんに見とれてしまいながら、私はなんとかそれだけ答えた。

 布団おじさんは私たちに背を向けて颯爽と去って行く。

 私たちは、思わず立ち尽くして布団おじさんの後ろ姿を見送ってしまった。

 そうして、布団おじさんは去り、そこには犯人と布団が残された。

 私は友だちと顔を見合わせる。そして、言った。


「布団、後で取りに来るのかな……」

「いや、それよりまずは警察に連絡でしょ!」

「確かに!」


 友だちのツッコミに私はようやく我に返った。




 ◇ ◇ ◇




 そして次の日、布団を武器にして戦う正義の味方みたいなおじさんがひったくりを捕まえた、と新しい噂が流れたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

怪奇(?)布団おじさん現る 青樹空良 @aoki-akira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ