第35話:言葉なき対話
夜明け前。林の奥に張り出した茂みの中。
一体のファシムが、じっと動かずに潜む影を見つめていた。
気配はある。
呼吸の音。衣擦れの気配。
目を凝らせば、葉の隙間に黒ずんだ布が見える。
光を反射しない布地。簡素な身なり。背に小さな袋と槍――。
「ラウル。潜伏者発見。単独行動。戦闘体勢なし。制圧する」
許可を待たず、ファシムは低い姿勢のまま接近。
影がわずかに身じろぎした瞬間、ファシムの腕が伸び、足を絡めて地に押さえつけた。
「……っ!」
男が呻き声を上げる。
若い――おそらく二十代。
身体は細く、動きも速いが、抵抗に本気ではなかった。
ファシムは拘束の強度を調整しつつ、身包みを軽く確認し、傷がないことを確かめる。
そして、静かに言った。
「村へ、連行する」
ラウルの前に、男が座らされた。
夜明けの空は薄明るく、焚き火の残り火がまだ燻っている。
男は手足を縛られていたが、ファシムたちが無駄な力を加えることはなかった。
男は睨むようにラウルを見ていた。
恐れと、緊張と、怒り。
それらが混ざり、口を閉ざしたまま彼の目だけが語っている。
ラウルは少しだけ前に出て、男と向かい合った。
口を開こうとしたが、すぐにやめた。
(言葉は通じない。なら――)
目を閉じ、ゆっくりと意識を集中させる。
焚き火。
村の畑。
水を汲む老婆。
作業する青年たち。
食事を分け合う住人の姿。
そのすべてに共通する、ひとつの感情。
――「ここには、敵意はない」
そのイメージを強く抱きながら、ラウルは静かに男へ向けて意識を伸ばした。
次の瞬間。
男の表情が揺らいだ。
まるで、何かが頭の中に入り込んできたような違和感。
彼は体を震わせ、縛られたまま身をよじった。
「……っ、な、なんだ……?」
その言葉は、意味こそ分からなかったが、恐れと驚きの声色がはっきりと伝わる。
ラウルはさらに静かに、視線を向け続ける。
今度は、逆に男から“何か”が返ってきた。
崩れかけた石の壁。
倒れた小屋。
空になった倉庫。
干からびた死体の傍で眠る数人の影。
水を探してさまよう者たち。
燃え尽きた焚き火の灰。
ラウルの脳裏に、別の集落の記憶が流れ込んでくる。
男がどこから来たのか――それが、断片的ながら理解できた。
(別の場所……別の人々……)
その中に、ひとつの言葉もなかった。
だが、伝わった。
この男は、生き延びるためにここまで来た。
村を探していた。
食料を、情報を、可能なら仲間を求めていた。
ラウルはゆっくりと立ち上がり、男の前に手をかざした。
武器は持っていないことを示す仕草。
敵意がないことを、改めて伝えるための行動。
男は呼吸を荒げたまま、その手を見つめていた。
警戒は解けていない。
けれど、もはや抵抗はしない。
ラウルはファシムに命じて、男を村の外れへと移動させる。
小さな見張り小屋のそば、火の届く範囲。
逃げられはしないが、縛りすぎもしない場所。
(話せない。だが、伝えることはできる)
それはラウルにとって、**“戦い以外の力”**を手にした瞬間だった。
【現在のファシムの数:24体】
ダンジョン攻略班:2体(魔物討伐・解体)
食料搬送班:2体(村への搬送)
洞窟との往復班:2体(物資補給)
村内作業班:7体(素材加工・修繕・農耕補助)
外部見回り班:6体(境界警戒・夜間巡回)
拠点整備班:3体(見張り台・罠設置)
控え待機:2体(即応対応)
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