第23話 冷たくて重い、大きな鎌

 わたし束花たばなかたりは楽しいフリをしながら生きてきた。笑うのは得意で、周りの人が楽しいと言っているものを見てたくさん笑った。


 でもずっと、人のもので笑っているようで、あまり良い気はしていなかった。


 自分だけの楽しいものを見つけるために、色々読んでみたり、動画を漁ったりしたこともある。でも流行ったりしているものはだいたい誰かが手をつけていて、面白くなかった。


 そこでわたしは少し危ない遊びに手を出した。とはいっても、家がそれなりに厳しかったので、わたしが試したのは家で一人でできる遊びだ。そしてその結果、首にあざを残して命を落とした。


 死んだ後のことはあまり覚えていない。でも、何も感じていないはずなのに、今すぐにでも抜け出したいと思ってしまう苦痛に苛まれていた感覚だけは、いまだに残っている。砂漠で水を探し求めるように、わたしは咎人を探した。生き返るために。


 そして出会ったのが魚子さんだ。魚子さんの不思議な力で生き返って最初に思ったことは、『もう二度と死んでやるものか』だった。そしてもう一つ、『綺麗な人だな』とも思った。


 わたしの手を握っていた魚子ととこさんだ。闇に溶けるような髪に縁取られた真っ白な肌。大きな瞳もすべてを吸い込んでしまいそうなくらい真っ黒だったけれど、不思議と穏やかに感じた。


 そして自分から手を握ってきたくせに、わたしから手を握ると「失礼な人」と言って怒るのだ。わたしは思わず笑ってしまった。最初はいつもと同じで、『面白い』という符号を見つけて笑うフリをしたのだと思った。けれど違った。わたしはこのとき、本当に魚子さんのことを面白い人だと思ったのだ。


 やっと見つけたわたしだけの面白いもの。だから魚子さんから離れてはいけないとわかったときも、全然嫌じゃなかった。


 魚子さんはまるで本当のお姉さんのように優しくて、わたしがいくら甘えても嫌な顔をしない。一人っ子だったわたしにはそれがとても新鮮で、わたしだけのお姉ちゃんができた気分だった。


 でも違った。魚子さんは別の人のお姉ちゃんだった。


心環ここあ……」


 わたしの目の前で、ガラスケースに入って寝ている女の子。魚子さんはこの子のお姉ちゃんだった。


 ここまで侵入するのは簡単だった。駄菓子屋の裏庭からさほど高くない塀を乗り越えて、施錠されていない正面扉から直接中に入った。


 人が常駐していないのか、誰かに見つかることもなかった。いっそ誰か見つけて、止めてくれればよかったのにとすら思う。


 昼間のハナコの説明によると、心環は事故で命を落とすほどの大ケガを負ったらしい。実際、心環は目を覚ますことはなかった。それでも機械で呼吸とかを補えば死ぬことはなかったという。


 死んだはずなのに死んでいない。そんな心環は死に打ち勝った聖人なのだと、ハナコは言っていてた。機械で延命しているだけなのに、ふざけていると思う。


 それでも魚子さんの心の支えになっていたりするのだろうか。


 機械が止まれば、きっと心環は命を落とす。


「別に、あなたまで付き合わなくてよかったのに」


 わたしは足元の黒猫――綺羅星に声をかけた。綺羅星は返事もせず、じっと心環の入ったガラスケースを見つめている。わたしも一緒になって心環を眺めていたけれど、そんなことをするためにここに来たわけじゃない。


 心環に繋がれている機械。モニターがいくつもついていて、身長くらいある大きな機械だ。医療ドラマとかで見たことある気がするけれど、細かいことはよくわからない。


 わたしは本を開いた。ハツカたちがタナトスレターと呼んでいた、スマホ並みに便利な本だ。そして久しぶりに大鎌を手に取った。扱えないほどではないけれど、相変わらずずっしりとした重みがある。


 わたしはそれを振って、機械から伸びるコード類を全て切断した。


 そしてもう一度本に目を向け、こうメッセージを送った。


「わたしはここにいる」

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