家族という最小単位
仕事上がりに寄る店は、混雑具合によって変える。
特に何事もなければいつも世話になっている大型食堂ナハトタークに行くのだが、今日は新人の顔合わせがあったためか改めて歓迎会を開いている班が多く、果てまで人で埋まるほどに混雑していた。
仕方なくディルクは、班員たちと共に夜間営業もしているファミリーレストランのネーベルパルクに入った。六人掛けのソファ席を案内してもらい、席に着く。
一先ず発泡酒と合成麦茶、つまみにパーティポテトとからあげのセットを注文して固いソファに身を預けた。
昼勤務の定時直後、即ち午後六時過ぎとあって家族連れもまだ然程入っておらず、店内は比較的落ち着いた雰囲気に包まれている。これがもう一時間もすれば子連れや夫婦、部活上がりの少年少女の群れで溢れかえることだろう。
下層にも中層と同じように家庭があり、学校があり、生活がある。主な進路として下層出身者はインフラ整備に携わることが多いため、学校も普通科が少なく工業科や商業科が殆どだ。
ユーリも実はアーヴィンに高等学習院への進学を勧められたのだが、学費を払ってもらうことへの後ろめたさと、早く稼げるようになりたい思いから断っていた。
ディルク班員でユーリと同じく第一成人である十五歳から働き始めたのは、班長とエミールの二名だ。アーヴィンもその点を加味して、ユーリを所属させたのだろう。二人とも、第一成人で大人に紛れて働く苦労を知っている。それはもう、身を以て。自分たちが苦労した分ユーリには不要な苦労をさせたくないと、気にかけているのをユーリも感じ取っていた。
「お待たせ致しました」
ウェイターがそれぞれの前にドリンクを置き、中央につまみの大皿を置いた。熱い油が放つ何とも香ばしい匂いが辺りに広がり、仕事上がりの空腹を刺激する。
「ごゆっくりどうぞ」
ウェイターが定型文を口に乗せて下がる。
誰からともなくグラスを手に取り、ディルク班長が「そんじゃ、お疲れ」と音頭を取ると、班員たちが「お疲れ様です」と声を揃えてグラスを掲げた。
「ユーリ、なに食べるか決めとけよ」
「はい。ありがとうございます」
隣に座ったディルクにメニューを渡されたユーリは、早速広げて眺め始めた。まず一押しの季節のメニューがあり、ついで主力商品が大々的に載っている。写真つきの料理はどれも美味しそうで、見ているだけで空腹が刺激される。
ファミリーレストランのラインナップは地球歴の頃と殆ど変わらず、洋食と和食、子供向けメニューにデザートと、様々な料理が並んでいる。過日より変わったのは、料理を構成する食材のほうだ。
「決まったか?」
「えっと……これとこれで迷ってて……」
ユーリは、洋食メニューのサイコロステーキとハンバーグを順に指した。どちらも大豆ミートを使用したもので、バイオミートと同じくらい普及している代用肉だ。
この方舟には人間以外の動物も住んでいる。全ての動物は適切に管理されており、野良猫や野良犬、野生の熊や猪といったものは存在しない。家畜も同様に、一頭ずつ管理番号が振られた上で放牧地にて肥育されている。
しかし下層に送られてくるのは殆どが代用肉で、特にファミリーレストランなどの大衆向け食堂には安価な代用肉しか入らない。
横からメニューを覗き込んで、ディルク班長は「どっちも美味そうだな」と笑う。
「なら両方頼んでシェアしようぜ。俺も久々に肉食いたいし」
「えっ、いいんですか? 班長も食べたいものがあったんじゃ……」
「いいのいいの。どうせだしどっちもセットにしてライスとパンも両方食おう」
「はいっ、ありがとうございます」
ユーリが決めると、ディルク班長は対面の三人にメニューを渡した。
あれこれ悩んだ結果、エミールはミックスサンド、フリートヘルムはハンバーグとブルストのミックスグリル、ガブリエラはミートボールのパスタに決まった。
ウェイターを呼び出して注文すると、ウェイターはついでとばかりにいつの間にか空になっていたポテトの空き皿をサッと回収していった。メニューを見ているあいだ横からポテトが伸びてきては口に入れられるばかりだったユーリは、先輩たちの
料理を待つうちに、少しずつ店内が賑やかになっていく。ファミリーレストランの名が示す通り家族連れが多く、ボックス席が見る間に埋まっていった。
職場とは種類の異なる喧噪が、辺りを包む。食器のこすれる音。キッズメニューを親にねだる子供の声。外食にテンションが上がって騒ぎ出す我が子を諫める親の声。ドリンクバーで罰ゲームのようなミックスジュースを作っては笑い転げながら一気に飲み干す少年たちの笑い声。
其処には生活の一欠片があり、ユーリにはない家族の形があった。
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