僅かな違和感

 今日も小型輸送艇を一隻任せられ、ユーリは初日のように緊張感を持ちながら整備していた。

 少しずつ慣れてきたと思い始める頃が一番危ないのだと、アーヴィン隊長は何度も口を酸っぱくして言ってきた。

 ミスが多いのは新人ではない。手に『慣れ』を感じ始めた自称中級者である、と。慣れとは即ち油断。侮りが後悔を生む。油断大敵。教えを肝に銘じて、真剣に機体と向き合う。

 アーヴィン隊の担当は主に小型機である。

 ユーリが担当している小型輸送艇を始め、中層の街中を走る小型ヴィークルなどもアーヴィン隊の管轄となっている。小型機は全体の数が多く、毎日のようにドックに運ばれてくる。故障しているものや不具合が起きているものだけでなく、定期検査を行うものも含めれば数千数万にも上る。

 それゆえ下層の小型機専用ドックは朝から晩まで整備の音が響いており、新人とて容赦なく一日中走り回ることになる。

 しかし、改めてこうして整備をしていると、初整備のときに任されたものは本当に成人祝いだったのだと思う。見えにくい破損や傷、コンピューターのエラーや設備の不具合。僅かなズレやそこはかとない違和感。どこかがおかしい気がするのに、実際どこがおかしいのかわからないこともあった。そういうときはディルク班長を呼び、助けてもらっていた。

 そして、その得も言われぬ違和感は、今日の整備でも訪れていた。外観ではない、内部の違和感だ。他の整備士たちが仕事をしている音声をバックに暫し悩んだものの一向に答えが出ない。単なる気のせいだろうと、なにもなかったことにして終わりにしてしまうことも一瞬考えたが、自身の気質を思えば帰ってからモヤモヤと思い悩むだろうことは明らかだった。

 首を捻り暫く唸ってから、ユーリは「よし!」と気合いを入れ、持ち場を離れた。


「作業中すみません、ディルク班長!」

「おう、どした?」


 班長の元へ駆け寄って声をかけると、ディルクは手を止めてユーリのほうを見た。彼のこういうところが好ましく、尊敬するところの一つである。


「整備中の機体が、なんか変な感じがするんですけど、俺じゃみつけられなくて……すみませんが、確認して頂けませんか?」

「オーケー。これだけやったら向かうからちっと待ってな」

「はいっ、失礼します」


 お辞儀をして持ち場へ戻り、自分でも改めてぐるりと見回してみる。が、変わらずなにか変なのになにが変なのかわからない。


「こういうのモヤモヤするなぁ……早く自力で全部解決できるようになりたいよ」

「一ヶ月足らずで一人前になられたら俺の立つ瀬がねえなあ」


 小型輸送艇を見上げていたところへ背後から声がして、ユーリは驚いた猫のように真上に跳ねた。


「は、班長……早かったですね」

「あとちょっとだったからな。んで、これか?」

「はい。だいたいは終わったんですけど、終わった感じがしなくて……」

「どれどれ」


 ユーリが整備した機体内部を、ディルクが覗き込む。全体を見回して暫くすると、一点を見つめて「ああ!」と声を上げた。


「これ、スイッチカバーが入れ替わってる。たぶん受け取った奴がカバー引っかけて外しちゃって、慌ててかぶせたんだろ。サイズは同じだからわからなかったんだな」

「えっ!? あっ、本当だ! なんで気付かなかったんだろ……すみません、こんなことで呼んでしまって」


 わかってしまえば簡単なことで。言うなれば、キーボードの0とOが入れ替わっていたようなものだった。もっとよく確かめれば済んだことなのにとユーリが反省していると、ディルクはユーリの頭をかき回すように撫でた。

 日に焼けた藁のような薄茶の髪が、くしゃくしゃにかき混ぜられる。元から自由に跳ねていた髪型だったが、更に元気よく引っかき回されていく。


「わわっ!」


 上からの物理的な圧力でつい蹈鞴を踏んだユーリだったが、ディルクが本気で力を込めたらそれでは済まないことを知っている。これでも一応手加減してくれているとわかってはいるが、可能ならもう少し手心を加えてほしいと思わずにいられない。


「こういうのは一人でうんうん悩んでるよりさっさと終わらせるに限るだろ。それにちゃんと違和感に気付けたのは褒められるべきだ」


 わしゃわしゃと散々撫で回され、頭上が鳥の巣のようになったところで漸く力強い手のひらから解放された。班長を見上げれば「悪い悪い」と全く悪びれていない顔で笑いながら、やはり大雑把に髪を撫でつけて整えてくれた。


「うぅ……ありがとうございます。精進します」

「おう。がんばれ一年生」


 ひらりと手を振り、ディルク班長は持ち場へと帰っていった。

 ユーリが今日担当したのは、小型輸送艇三機。個体識別ナンバーごとに修復箇所をレポートにまとめれば業務終了となる。


「班長のお陰で不備があるまま完了せずに済んだな……助かった」


 ディルク班長に違和感の正体を突き止めてもらったこともしっかり記し、ユーリは本日分の業務報告をするべくアーヴィンの元へと駆けていった。


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