記者会見
下層ドックからディリアが出撃した日の翌日。
ユーリはディルク班長を始めとする班員たちと一緒に、メンテナンス開けの食堂で昼食を取りながら、艦内放送モニターを見ていた。
其処では先日見たディリアがメディアに向けて、サフィール班の状況や事の顛末について説明していた。長テーブルを挟んだ向こうと此方。ディリアの左右には重厚な警備兵がついており、メディアはどの局も撮影者と質問者の二名しか入れない。当然持ち物は会場入り前に厳重なチェックがされている。
『――――よって、小惑星アングルスは
『では、サフィール班復帰の目処についてお伺いします』
『サフィール班は損傷軽微なれど未知の毒物に触れた可能性もあるため、一週間ほど検査入院期間を設けることとなった。その間は例え家族であっても面会謝絶とさせてもらう』
『つまり、細菌感染や感染拡大の可能性があると?』
『その検証も含めた入院だ。不確定要素が多いうちに私から彼らについてなにか言うことは出来ない』
メディアの質問に対し、一つ一つ冷静に答えていく朱髪の少女ディリア。
見た目は少女だが、ディルク班長たちの言うことが本当なら、千年以上生きている人知を超えた大先輩である。其処までではなかったとしても、会見の落ち着きようは見た目不相応に感じる。
『アングルス博士は永久追放処分とのことですが、一部では重すぎるのではとの声も出ています。それについて一言』
『決して重すぎるとは思わない。一歩間違えば、優秀な調査班を失うところだったと危惧している。我々は、誰であっても家名に忖度することはない』
そうハッキリ言い放つディリアの姿に、質問を投げかけた記者が怯んだ。
恐らくこの記者はアングルス博士の派閥に所属している者なのだろう。歯噛みしてディリアを睨む様子が、ドローンカメラに大きく映し出された。
『では、以上で会見を終了いたします』
司会が宣言すると、ディリアはメインカメラに向かって一礼し、会場を去った。
その背にメディアたちが大声で質問や怒声を浴びせていたが、彼女はただの一度も振り返ることはなかった。
「はー……凄い度胸ですね。あんな記者に囲まれても平然としてて」
「まあ、慣れてるだろうからな」
言うべきは言い、不確定要素については曖昧な返答をしない。簡単なようでいて、案外と難しい。
数ヶ月前にユーリが見たソムニアドラマエンターテインメント――通称SDE――所属の男性俳優が行った不倫騒動の記者会見は、それはひどいものだった。表面上は謝罪している風を装っていたが、よくよく聞けば自分は被害者だと訴えているだけの責任逃れお涙頂戴ショータイムだった。
今回の件に照らし合わせるならば会見すべきはアングルス博士なのだが、彼は既に上層を追放されている。仮に記者会見したとして、件の俳優の言い訳トークショーと大差ない茶番が演じられるだけだろうことは火を見るよりも明らかだ。
なにせアングルス博士の悪い意味での評判は、下層にも広まっていたのだから。
「あんまりこういうこと言うのって良くないと思うんですけど……アングルス家ってもの凄い名家ですよね。なのにフランク博士みたいな人もいるんですね」
ユーリの率直な言葉に、ディルク班長が「うーん」と言葉を探すように唸る。
「……あんまこういうこと言いたくないけどさ、ユーリの家は遺伝的に先天性障害を持ってる家系ってわけじゃなかったろ」
ユーリが息を飲んだ。
ディルク班長を見上げると、困ったような泣き出す寸前のような、何とも言えない複雑な表情でユーリを見ている。
傷つけてしまったと、ユーリは反省した。班長とてあんなセリフを言いたくて言うわけがない。それなのに、毒にしかならない言葉を言わせてしまった。
「すみません。失言でした」
「ん。俺もごめんな。雪衣ちゃんのこと、そう思ってるわけじゃないから」
「わかってます。心にもないことを言わせたのは俺なので」
二人の会話が聞こえる範囲にいた班員たちが、ホッと胸をなで下ろした。
ユーリはまだ若い。第一成人を迎えたとは言っても、中層の基準で考えるならまだ高等学習院に進学したばかりの年齢である。
進学と就職を選択できる第一成人とは即ち、成人の見習い期間に等しい。
多少の失敗は許される年齢で、そしてその失敗を糧に成長していく期間でもある。だからこそディルク班長は、敢えてユーリに痛みを伴う言葉を返した。抱いた疑問は尤もだが、自分に照らし合わせるとどういう意味になるか理解させるために。
「それはそうと。フランク博士が虚飾の博士号取得者だなんて言われるようになった理由は、テオドール博士とディリア技師の存在が大きいだろうな」
「えっ、またその……ええと、規格外なお二人ですか?」
ディルク班長が頷く。
すっかり冷めた出涸らしコーヒーを啜り、一つ息を吐く。
「アングルス博士は名家のご出身だが、その二人は一般人出身、所謂叩き上げでな。ディリア技師に至っては大学すら出ていない完全独学のエンジニアだ。それが独自の製法でアニムスを組み上げたもんだから、血統主義の博士にとっては存在そのものが許し難かったんだろう」
「そうだったんですね……」
ユーリには同意も納得も出来ないことだが、星歴となっても未だに家名を尊ぶ者がいることは知っている。優れた功績を残した先祖を敬うこと自体は良いと思う一方、自身の誇りがそれだけになるのはどうなんだろうとも思う。
だがそれも、特に名家でも著名でもない一般家庭出身者ゆえの視点かも知れないと言われればその通りで、だからこそユーリは同じく一般人出身のディリア技師に強い興味を抱いた。
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