技術職とは
ディルクに続き、エミールや他の班員たちも会話に加わった。彼らも稀なる客人に少なからず興奮しているようで、身振り手振りを交える者まで出始める始末。
「ああ見えて上層トップクラスのエンジニアでな。隣にいたアニムス見たろ?」
「はい。凄く綺麗なひとでした」
思い返してみても、綺麗としか形容出来ないアニムスだった。
先日見た白薔薇の乙女は可憐だとか愛らしいといった印象だが、イヴェールという純白のアニムスは、侵しがたい静謐さを湛えているように見えた。
「あれを一人で組み上げたらしい。テオドール博士と並ぶとも言われてる技術者だ」
「人型アニムス以外にも子供向けのペットロイド開発に関わったりしてるらしいし、浄化設備とか色々携わってるんだと」
「え……そ、それは、凄いですね……」
妹と変わらない年に見える少女が、上層でアニムスを単独完成させた。その事実はユーリに衝撃を与えたが、驚くのは早いとディルクがもったいつけて続ける。
「ディリアはソムニアの創設・設計者の一人なんだぜ」
ディルクの言葉が暫く理解出来ず、ユーリは目をぽかんと丸くしたままで、一言も発することなく、間抜けな表情で固まっていた。
そのリアクションがほしかったと言わんばかりに笑うディルクに、漸う我に返ったユーリが、ムッとした顔で反論する。
「もしかして、からかったんですか?」
「いんやあ? こーんなすぐバレる嘘なんか吐くかよ。お前の反応が面白かったのは本当だけどな」
依然にやにや笑いをやめないディルクから目を逸らすと、苦笑しているエミールと目が合った。彼は既に食事を終えており、水筒でまったりと珈琲を飲んでいる。横を見ればフリートヘルムとガブリエラも似たような表情をしていた。
「まあまあ、そうからかうなって」
そう言って、フリートヘルムが最後の一欠片となったブロートを口に放り込む。
「俺も初めて聞いたときは驚いたなぁ……」
しみじみと言いながら、ガブリエラは2m近い筋肉質な巨体を小さく縮めており、彼が椅子にしているパレットが僅かにたわんでいるのをフリートヘルムがそわそわと窺っている。
「上層の年齢不詳超人メンバーの一人だろ? テオドール博士といいディリア技師といい、上の人間は半分人間辞めたようなのがいるってのは本当なんだな」
「未分類の異能を持ってるだとか、全身義体化してるだとか色々と言われてるよな。本人たちは否定も肯定もしてなくて、面白がってるらしいぜ」
「えぇ……?」
当たり前のように彼女が千年以上前から存在していることを受け入れている様子の先輩たちに、思わずあからさまに信じられないといった声が漏れた。
地球を離れ、星歴となってからというもの、人類の肉体寿命も健康寿命も飛躍的に伸びた。とはいえ生物としての限界はあり、百五十から長くても二百歳程度が現在の平均寿命である。仮に長生き出来たとしても百三十歳を越えた辺りから身体の老化が著しくなり、百五十歳を過ぎれば認知症などの症状も出るようになる。そうなれば、のちの人生は終身養護寮で介護を受けながら過ごすこととなるのが通常である。
だというのに、ソムニア誕生当時から生きているどころか船の設計にも携わったとあらば、いまとなっては歴史書でしか知り得ない在りし日の地球を知る生き証人ではないか。
其処まで考えて、ユーリはふとなにかに気付いた顔でディルクを見た。
「そんな凄い人が、優秀な人たちが一週間も戻って来ないような危険なところに単身乗り込んじゃって、大丈夫なんですか?」
ユーリの疑問も尤もだが、それすらも予測していた顔でディルクはにんまり頷く。
「まあ、何とかなるだろ。少数精鋭どころじゃないんだ、上層の技術屋は」
そう言うと、ディルクはサンドウィッチの最後の一欠片を放り込んで、咀嚼する。飲み込むついでにお茶で流し込むと、包装に使われていた再生紙を丸めてポケットにねじ込んだ。
その横で、他班が食後の掃除機を使っているのを見たエミールが、次に借りるべく声をかけに向かった。パン屑や食べかすが機体に入り込まないようにするためだ。
誰かが「早く食堂の改修終わらねえかな」とぼやいた声に、ユーリも皆も心の中で同意する。
「あとは、自分のカスタム機を他人に乗られたくないってのもあるんじゃないか?」
「ディリアの機体はアーヴィン班にしか触らせないって話だしな」
「それすらも軽い定期メンテだけで、普段は自分で弄ってるっていうし。そりゃまあオレらなんかよりよっぽど腕はいいんだろうけど」
尤もなようでいて滅茶苦茶である。抑も整備士を初めとするエンジニアは、他人が使うものを作ったり整備したりするものではないのか。
前線に出る兵士が戦車を組み上げてメンテナンスまで完璧にするなど聞いたことがない。人ひとりに出来ることは限られている。そのはずだ。だからこそ、この世には専門職なるものがあるのだから。
「……上層のエンジニアって、自分で出撃することもあるんですね……」
感心も過ぎると呆れに近い感情が芽生えるらしいと、ユーリは新たな知見を得た。あまりに常識外れだと驚く気にもなれず、質の悪い冗談や揶揄いだろうと言う気にもなれず、ただ思ったままを溜息に乗せて呟くことしか出来なかった。
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