同業の持つ匂い
見上げるほどのゲートを抜け、港と呼ばれる区画へと運ばれていく、朱色の機体。それを見送っていると、一つの足音が少女の元へ駆け寄ってきた。
硬質な足音はアニムスか整備士の特徴だが、どちらだろうかとユーリが振り向く。
「お待たせ致しました」
「遅いぞ、イヴェール」
声のしたほうを見ると、其処には白銀色の長髪と薄水色の瞳を持った長身の男性体アニムスがいた。膝裏ほどもある長い髪を腰の辺りで緩く縛り、服装は上層の高位の研究者が着ているものに似た白いロングジャケットに、白いシャツと細身のパンツ。脛を覆うロングブーツと手袋を含め、身につけているもの全てが白一色だ。差し色に水色が使われているのだが、それが彼自身の静謐さを引き立てていた。
イヴェールと呼んだアニムスと合流すると少女は港に向かって早足で歩き始めた。その背をアーヴィン隊の面々が列を成し、敬礼で見送っている。まるで、戦地に赴く兵士の見送りである。
状況を理解しているアーヴィンを始めとする上級整備士たちと、なにも知らずただ流れゆく状況を眺めることしか出来ていないユーリたち新入りの纏う空気の違いが、あまりにも顕著だ。
機体用の大扉ではなくその横についた出入り口から少女が港に入って暫く、出航を示す赤いランプがついた。轟音と共に外扉が開き、射出機作動のブザーが鳴る。
ややあってランプが消灯し、港側に空気が満ちる音がした。其処で漸くアーヴィン直属の班員が皆、僅かにホッとしたような表情になった。
サフィール班が出港していったときは、任務へ赴く際の緊張感こそあったものの、これほど張り詰めた空気ではなかった。彼らが優秀であることは周知であった上に、向かう小惑星にも目に見える危険はなかったためだ。
だが今回の出港は、明らかに空気が違った。
緊張と諦念、そして、なにかを惜しむような重苦しい雰囲気が纏わり付いていた。アーヴィンと少女の会話も、いま思えば不穏だった。
――――そうか。だめだったんだな。
アーヴィンの言葉がなにを指しているのか、ユーリにはわからない。悪い想像ならいくらでも出来るが、それが正しい答えに繋がることはない。
沈んだ空気を払拭するように、アーヴィンがパンと一つ手を叩いた。
「さて、悪かったなお前ら。昼飯は十分延長してやるから、食ってこい」
「は、はい!」
そう反射的に返事はしたものの、先の少女たちが気になってチラチラと港のほうを振り返ってしまう。その様子を見たディルクがユーリの脇腹を小突き、小声で「説明してやるから」と昼食を取っていた場所へ促した。
やれやれと腰を下ろす班員に続き、ユーリも積んだパレットに座る。急いで丸めて押し込んだ握り飯を取り出して口に運びながら、ディルクをじっと見つめた。
ユーリの熱い視線を受けて、ディルクが苦笑しながら手をひらひらと振る。
「わーかってるって。さっきの子だろ? 彼女はディリア・ミーアヒェン。ユーリは日本人だから卯ノ花千代って名前のが聞き慣れてるかもな。生粋の日本人だそうだ」
「日本人だったんですね……どうりで」
出航前、ユーリに向けて最後に零したあの一言が、日本語だったのだ。
ソムニアの公用語は日本語とドイツ語だ。それはこの方舟がドイツの協力を得つつ日本主体で製造されたことに由来する。地球を離れて久しいいまとなっては、故郷のことは資料でしか見聞きすることが出来ない上に国際結婚という言葉もとうに潰えていて、人種という種別も曖昧になってきているが、敢えていうなら製造当初の乗員が殆どその二カ国出身者で構成されていた。
千代の外国人名は『小さな海の金魚』を意味するもので、それは例の固有機体にも表されている。黒い星の海を泳ぐ朱色の魚は、どれほど離れていても一目で彼女だとわかる艶やかさをしていた。
「なんだ、待機中になにかあったのか」
班長であるディルクは、アーヴィンについて出港の手伝いをしていた。最終確認はアーヴィンが行ったが、整備班長として普段の
ディルクがドックを駆け回っている最中に一瞬だけ横目に映ったユーリは、初めてテーマパークを訪れた子供のような顔をしていた。
そしてユーリの隣には、騒動の中心人物であるディリアがいたことも知っている。
「いえ……ただ」
興味を示したディルクに、ユーリは一瞬迷ってから口を開いた。
――――やはり仕事は、相棒とするに限るからな。
「そう、言ったんです」
妹と変わらない子供に見えるのに。とは言わなかった。
外見からはわからないなにかがあるのだろうことは、ユーリにも理解出来たから。
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