一人前への道

 この小型輸送艇はコロニー内の各層を自動で行き来する、謂わば無人の貨物船だ。

 コンピューターに行き先を入力して、ドックにあるデッキから艦内へと解き放つ。決まった航路を辿って正確に物資を届けなければならないため、内部の調整は勿論のこと、荷物に異常が起きないように貨物室の気密性も保たれていなければならない。目に見えない傷でさえ致命傷になり兼ねない世界だ。うっかり工具を振り回して傷を付けようものなら、怒られるだけでは済まないだろう。


(まさか、初日から船一艘任されるとは思ってなかったな……気合い入れないと)


 慎重に慎重を重ねて、まずは外装から見ていく。

 専用のゴーグルを装着し、小さな傷がないかを見る。ゴーグルの内側に表示される数値やグラフを見ながら傷やへこみを探していくが、現段階では整備が必要なものはなさそうだ。しかし経過観察が必要そうなものを検知したため、全ての位置をメモに書き留めて二重チェックをする。

 次に貨物室を開けて内装をチェックしていくと、搬出時に荷物がぶつかったのか、僅かなへこみを発見した。

 試しにゴーグルを外して傷の辺りを見てみるが、肉眼の視界には殆ど映らない。


「あっぶね……これはちょっと直さないとダメっぽいな」


 輸送中ではなく搬入か搬出のときに箱の角が当たったと思しき形状の傷は、日常で見る分には良くある程度のものだ。だが輸送艇に於いてはそうも言っていられない。なにせ運ぶものは、子供の玩具から研究サンプルまで様々だ。どんなものでも壊さず歪めず届けなければならない。

 まずは、傷とその周辺をスキャンして、傷の形状を工具に記憶させる。そのあと、先がラッパ状になった拳銃のような形の工具を傷のある箇所に当て、引き金を引く。すると、傷の具合にあわせて金属の粉末が噴射されるので、その音を聞きながら暫く動かさないようにして待つ。

 工具側面の紅いランプが緑に点灯したのを確認して当てていたのを離すと、どこが傷ついていたのかわからないくらい綺麗に直っていた。


「素材使用量0.8%か……見た感じ小さかったからわかんなかったけど、そこそこ深かったんだな」


 工具についている親指大ほどの小さなモニターには、いま使用した金属粉の残量が表示されている。金属粉を噴射した上に熱を当てて傷に定着させるこの小型工具は、小型輸送艇の整備には欠かせない整備士の必需品の一つだ。部品交換するまでもない細かな傷の修復に必要で、先輩整備士たちが言う相棒のうちの一つでもある。

 他にもプラズマカッターやネイルガンなど色々あるが、今回は出番がなさそうだ。抑も、その手の中型以上の工具を使う整備は、ユーリは見学ですら滅多にしたことがないのだが。あれらはいざというとき武器になりそうで少年心を擽る。だからこそ、見習いのユーリにはなるべく見せなかったのだろう。

 なにより中大型工具が必要になるということは、その機体は分解されて廃棄されることが決まったも同然。出番はないに越したことはないのだから。


「あとは機械のほうか……」


 外へ回り無人操縦席の前まで来ると、バックパックから手帳ほどの大きさの端末を取り出して開いた。画面と操作盤に分かれた二つ折りの小型端末は携帯型ゲーム機や電子辞書にも似ており、実際電子辞書の役割も持っている代物だ。

 整備用コードを入力して、目の前の輸送艇に接続し、正常に運行出来るかどうかを調べていく。

 エラーが出ないことを祈りながら作業を続けること、数秒。


「……よし、異常なし!」


 スキャン完了の文字と共に、正常であることを示す画面を見てホッと一息。なにせコンピュータ本体にエラーが出たら、ユーリにはどうすることも出来ないのだから。ユーリに出来るのは、物理的な破損の修復。システム面の整備は、また別の専門家がいる。アーヴィン隊でシステム整備を任されているのは、イザーク・バルツァー班長率いるエンジニア班だ。

 真上に伸びをしつつ顔を上げて背後を振り向いた瞬間、ユーリは思わず固まった。


「たっ、あ、アーヴィン隊長!? いつからそこにいたんですか!?」


 作業を開始したときには見かけなかったアーヴィン隊長が、いつの間にやら背後に立っていた。気配も足音もしなかったのにと驚きながらも駆け寄ってくるユーリに、アーヴィンはまるで悪戯が成功した子供のような笑みを覗かせる。

 だがすぐに表情を引き締め、隊長としてユーリと向き合った。


「どうだ、整備は上手く行ったか」

「はい、完了しました」


 答えてから一歩横に退いて場所を空け、輸送艇の傍まできたアーヴィンの横顔を、緊張の面持ちでじっと見つめる。

 アーヴィンは最終チェックのために、ユーリの真新しい端末と違って年季を感じる細かな傷や汚れのついた端末を操作し、機体の内外をじっくりと観察していく。


「ふむ…………」


 時間にして、ほんの数分。

 それが、ユーリには一時間にも永遠にも思えて、呼吸を忘れそうだった。


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