第2話

は、はわわ~、ル、ルシウス様がデレたぁ~!?普段は家族以外に弱い一面を一切見せることなく、孤高を良しとするあのルシウス様がエルを抱き留めてもう手放さないと涙をお流しになられた!?いったい何故!?昨日の剣術指南の打ちどころが悪かったんでしょうか、だとしたらあの指南役、極刑ものなんですけど!?

 でもでも、エルに膝枕をして頭を撫でてくれるというスペシャルなイベントを提供してくれた功績を称えて最後の晩餐は希望を聞いてあげてもいいかもしれません。

 

 ってそんなこと言ってる場合じゃなかった!?これほんとにどういう状況?全然これっぽっちも嫌じゃないですけど、それはそれとしてこんなっ、こんなっ・・・


 撫でられるのが心地よすぎて何にも考えられないですぅ!!!


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 エルの髪がこんなにサラサラで撫で心地が良かったなんて知らなかった。これ一生撫でていられるな。

 とはいえ一生このままという訳にもいかないし、冷静になって8歳の俺がこんな行動をとることはあり得ないことだ。きっとエルも混乱して不審がっているに違いない。ここはいつも通りの不遜な態度で誤魔化そう。


「よし、エルもういいぞ」


「っえ、あ、はい……」


 名残惜しそうに膝から離れていくエルを見て、若干また撫でたいという欲求を掻き立てられたが、鋼のような理性で耐え抜いた。


「あのぅ、なぜエルはあのような仕打ちを……?」


「ん?そんなの決まってるだろ」


 つい決まっているなどと口にしてしまったが、いったい何が決まっているというのだろう。なにも決まってなどいないというのに。上手い言い訳を考えないと……。


「ば、罰を与えたんだ」


「罰……ですか」


「そうだ」


 一つ、俺の中に妙案が浮かんだ。今までの行動を罰という事にしてしまえばいい。しかし、罪のないものに罰を与えることは出来ない、罪、エルの罪……、可愛い事とか?

 クソが、俺はバカになってしまったのか?こんなの俺のする考えじゃない、他に何か、適当な……。


「何に対する罰ですか?」


「そんなこと、言わなくてもわかっているだろうが」


 思いつかないときは、言わなくても分かっているだろう作戦だ。少しでも後ろめたいことがあればこれで納得するだろう。


「っ!ば、バレていましたか……」


 ほんとにあるのかよ……、ちょっとがっかりだよ、完璧メイドだと思ってたのに。


「あぁ、すでに罰は与えたから、これ以上俺が何かするつもりはない、自分の口で罪を贖え」


「はい……、申し訳ありません……ルシウス様の寝顔に見とれて起こさせていただく時間を三分も過ぎてしまいました……」


 あぁ、エルは昔からこうゆうところがあった。ちょっと返答に困るとすぐにこうやって有耶無耶にしようとしてくる、最初こそ窘めていたものの何度窘めても変わらなかったのでスルーするようになった。こういう一面を見てまた少し涙腺が刺激される。誤魔化すように薄い笑みを作った。


「そうか、気をつけろよ」


 まあ今回に限ってはこちらとしても適当な理由が欲しかっただけだし好都合だ。ここはおとなしくエルに乗っかっておこう。


「!?」


 何やらエルが口をパクパクしているが、まあいい、どうせ俺が笑ったのが珍しいとかそんなところだろう。珍しいことに違いは無いし、今後は控えるようにした方がいいかもしれないな。


「おい、何をぼさっとしているんだ、朝食の用意はできてるんだろ?」


「っあ、うん、ご案内します」


 うんって、まあいいが。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 さっきのあれが罰……?しかも寝顔を寝顔を見てた事を理由に……?普段のルシウス様ならあんなふざけた事を言ったらすごく冷たい目で私を見るはずなのに。そしてそれも悪くないなと思っているエルが居るのに。

 さっきは凄く泣いていたし、やっぱり今日のルシウス様はどこかおかしいです。罰で頭を撫でてくださるなん……て……っは!


 という事は、何か罰を与えられるようなことをすれば……ぐふ。


 これからはたまにミスをするのも良いかもしれませんね♪


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 さて、二度目のチャンスを俺は得たわけだが、今後の方針について考えるとしよう。


 俺は二度目のチャンスがあるならば、あいつの様に、勇者ルークの様になりたいと思った。冷静になるとすごく恥ずかしく受け入れがたいことだが、一度死んだ今となっては認めるほかない。俺は奴に嫉妬し、憧れていた。

 その強さに、心に、在り方に。もちろん最後の決闘を除けば俺は奴に一度も負けたことなどなかったし、死ぬ直前の戦いでも一対一ならば人間を辞めた俺がルークに負けることは無かっただろう。しかし、俺は一人になることを選び、一人で戦い、一人で死んだのだ。大切なものを沢山失いながらな。

 この二度目の人生はそうならないために行動するべきだ。

 そうならないために、ルークのようになるためには、多くの人から愛されなければならない。しかしそれは難しいだろう。。八歳になるまでに積み上げてきた傲慢なイメージも定着していることだろうし、俺自身捻くれたところがあることは否定できない。俺が俺らしく振舞っても人に愛されることはないだろう。


 であれば、俺がするべきこと、それは俺が人を愛する事なのでは無かろうか。


 俺が人を愛すれば、相手もきっと愛を返してくれる。返してくれなくとも、今のような傲慢で冷徹な俺よりはよほど人から愛される存在になれることだろう。


 そうと決まれば、さっそくエルを愛することから始めよう。覚悟しろよエル、お前が泣いて喚いても俺はお前を愛してやる。


 

 四人で囲むには広すぎるテーブルに妹、父、母の3人はいつも通りに腰掛けていた。そう俺を除いた3人は何食わぬ顔を朝食を食っている。

 俺はと言えば、先ほどから冷汗が止まらない。忘れていた。俺はこの人たちに見限られて、このオルレアン家を勘当されたという事を。

 いや、決して忘れていたわけではない。あの一件は俺の中で大きなトラウマになっているし、勘当された後の放浪生活では父上から勘当を言い渡される悪夢を何度も見たものだ。思い出しただけで今でも怖気が走るほどだ。

 忘れていたというのは、その事態をという事ではなく、オルレアン家の朝食で家族全員と顔を合わせることになるという事だ。


 オルレアン公爵家の現当主にして俺の父親であるルベルト・フォン・オルレアン。そして公爵夫人であるシアーシャ・フォン・オルレアン。妹のシャルロット、愛称はシャル。

 シャルは父親譲りのくせっ毛気味な金髪で、母親譲りの赤い瞳がよく似合っている。年は3歳差なので今は5歳だろう。

 俺は母親譲りの艶やかな黒髪と、父譲りのキっと吊り上がったサファイアの様な鋭い目を受け継いだ。学園時代にオルレアンの貴公子と呼ばれるほどの男前に成長した。


 俺が勘当されるのが遠い未来の事なので、現在は父を恐れる必要も、母に罪悪感を抱く必要も、妹に気まずさを覚える必要もない。にも拘らず、俺の背には冷たい汗が伝うばかりだった。


「ルシウス、顔色が悪いようだが、体調でも悪いのか」


 そんな俺を見かねて、ルベルトが声をかけてきた。その鋭い眼光が決して睨みつけているわけではないという事を知っていても、あの日がフラッシュバックしてしまいそうでルベルトの目を見ることが出来ない。


「…はい、少し、悪いかもしれません」


「そうか、では今日の剣術指南は休みにしなさい。医者も呼ぶから部屋で安静にしていると言い」


「い、いえ!とんでもない!剣術の指南もしますし、医者も呼ばなくて大丈夫ですっ、ちょっと寝覚めが悪かっただけなのでご心配なく」


「む、そ、そうか……?それにしても今日は随分畏まった物言いをするじゃないか、次期当主としての自覚が芽生えたか?っはっはっは」


 次期当主としての自覚。その言葉が深く俺の心に突き刺さる。あの時もそう俺い言った。「お前には次期当主としての自覚が一切ない!そして今その資格も失うことになる」と。

 あの時のルベルトの顔は今でも鮮明に思い出せる。次期当主としての自覚。これも二度目のチャンスが与えられた今、しっかりと受け止めていく必要があるだろう。


「俺は、私はまだまだ未熟者です、今後も精進を怠ることなく次期当主としてお父様が誇ってくださるような息子になりたいと思います」


 嘘偽りのない言葉だった。俺は一度お父様の期待を裏切り、そして最もツライ選択をさせてしまった。二度目の人生では絶対に失敗しない。そんなことは許さない。


「ルシウス、お前……」


 突然、ルベルトが底冷えするような低い声を出した。その声はまるであの日の様な声で体が固まる。恐る恐る父の顔を見ると。


「おぉぉぉおんおんおんおん」


 大号泣していた。


「いつの間に、いつの間にこんなに立派なことを言うようになってぇ…、俺は…俺はぁ…お前の事を誇らしいとずっと思っておるよぉうおんおんおん」


 唖然である。今まで一度も父がこんな風に大号泣したのを見たことが無い。そもそも彼が涙を浮かべているところなど一度だって見たことが無いのだ。


「お、お父様、お、おち、落ち着いて、落ち着いてください」


 こっちまで落ち着きが乱されてしまう始末である。


「愛している、愛しているぞ、ルシウスぅ」


 終いには席を立って、ルシウスを抱き上げてしまった。


 愛している。父が俺の事をそう言った。知っていた。知っていた筈だった。あの日、見限られるまでは。きっと心の底から俺を愛してくれていたことを知っていた。知っていた筈なのに。


「私も、俺も、愛しています、お父様ぁぁ」


 なぜか涙が溢れて止まらなかった。

 

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