悪役令息の愛あるやり直し~悪逆の限りを尽くして死んだので次はぜったい失敗しません~

那由他

第1話

怨嗟渦巻く戦場の果て。一人と三人が対峙していた。一人は人間とは思えない紫色の肌をし、黒く艶のある髪と一本の角を生やした禍々しい異形の男。三人はそれぞれ、赤毛の男剣士、銀髪の女魔法使い、金髪の女僧侶。

 赤毛の剣士が、異形の男に肉薄し切り結ぶ、刃と刃は拮抗し火花を散らした。そこに魔法使いの攻撃が加えられ異形の男は体制を崩す。ここぞとばかりに僧侶は剣士に支援の魔法を付与し、剣士もそれに呼応するように攻勢に出る。しかし異形の男もその見た目に違わない能力を持っていた。三人の攻勢を的確に対処し、それどころか赤毛の剣士に一撃を見舞う。


「ルークっ!」

 

 ルークと呼ばれた赤毛の剣士は、腹部を蹴り飛ばされ、魔法使いと僧侶の控える後方まで転がる。

 ガッハと血を吐きながら地に伏し、呼吸もままならなくなる。


「慈愛を司る我らが神よ、彼の者に大いなる癒しを与えたまえ『ハイヒーリング』」

 

 僧侶が祝詞を上げ、淡い光がルークを包むと、忽ち傷は癒えルークは呼吸を整えた。剣を杖のようにして立ち上がると、その燃え上がる炎のような髪色と同じ色の瞳で異形の男を睨む。


「ふん、仲間がいてよかったな、ルーク、貴様一人であればここで死んでいたぞ。まさかこの程度とは言うまいな」

 

 異形の男は心底愉快そうに口角を歪めながら、手に持った黒く、禍々しい片刃剣をルークに向ける。


「っは、当然!まだまだこれからだ!ルシウス!、アリス!グウェン!次で決める、ありったけを俺に!」


「ん、任せて」


「ええ、これ以上彼の好きにはさせられません」

 

 そう、声を合わせると、ルークは剣を構え、魔法使いアリスと僧侶グウェンドリンはルークの肩に手を置いた。


「慈愛を司る我らが神よ、彼の者に厄災を打ち破る大いなる力を与えたまえ!!『ブレイブハート』!!」


「闇を切り裂く光をここに、極光よ剣に宿らん『エンチャントホーリライト』」

 

 アリスとグウェンがそれぞれの力をルークに注ぐ。そして力を出し切ったと言わんばかりに片膝をついた。


「うをぉおおおおお!」

 

 ルークの体から力があふれ出し、その手に持つ幅広のブロードソードはアリスの魔法の力を受けて極光のごとく光輝いている。


「いざっ!」

 

 足に籠められるだけの力を込めて異形の男、ルシウスに迫る。


「かかってこい!ルゥゥウウウク!!」

 

 ルシウスの禍々しい剣はその力を増し、すべてを飲み込んでしまいそうなほどに黒い。狂乱に顔を歪めながら、向かってくるルークに呼応するようにして踏み込んだ。


「『インフィニティエッジ』っ!」


「『絶影』っ!」

 

 互いの技が放たれた、その瞬間、技は拮抗し小さくない爆発が起こる。二人の剣は手から離れ、遥か遠くの地面に突き刺さる。


「ば、バカな」

 

 自身の技がルークの技と互角になることなど想定していなかったルシウスは、動揺し一瞬思考が乱れる。その隙をルークが見逃すことは無かった。


「まだだっ!はあぁあぁぁああああああ!『ドラゴンストライク』っ!」

 

「しまったっ」

 

 グッとこぶしを握り締め、剣を手放し無防備な体制で、一瞬固まったルシウスめがけて、竜のような光を纏う一撃を叩きこむ。


「これで終わりだぁ!」

 

 叩き込まれた拳はルシウスの心臓を貫ぬき、その余波よどんだ空に漂う雲を散らし、戦場に一筋の光が舞い込んでくる。

 グハァと大量に吐血するルシウス。次第に肌の色は人らしい色に戻り、角はチリとなって消えていった。


「ルシアン…、なぜ魔王に魂を売ったんだ……お前は嫌な奴だったけど、それでも貴族の矜持を持っていたじゃないか……」

 

 アリスとグウェンに囲まれルークの腕の中で、小さく息をするルシアン。彼らはかつて同じ学園で学んだ同士だった。

 同じ学園で学んだといっても、高位貴族の令息であったルシウスと平民出身のルークでは分かり合うことは出来ず、友と呼べる間からではなかった。それどころか、たびたび衝突し命を懸けた決闘をしたような仲だった。


 「なぜ…か、もはや、ごは、思い出すこともできん」

 

 ルークはその才覚を認められ勇者の剣に選ばれ、晴れて勇者となった。それに比べてルシウスはその傲慢さから敵を作り続け、結局最後の決闘で勇者ルークに敗北し、失望した父に勘当された。勇者となり地位も名誉も手に入れたルークとは対照的に、地位と名誉、婚約者や家族、そのすべてをルシウスは失ったのだ。


「そう、だな、っきっ…と…貴様…を羨んで……いたのだろう、次が、っがは、あったら、お前…みたいに……なれ…る…か」

 

 俺はどこで間違えたのだろうか、ルークに決闘で負けた時?それともルークに最初に決闘で挑んだときか、あるいはそれよりずっと前なのか。何にしても、俺ではきっとお前の様にはなれなかっただろう。関わるものすべてから愛され、救ってきたお前の様には。

 

 ゆっくりと伸ばされた手は、途中で力尽き、落ちそうになる。落ちかけたその手をルークはガッシリと掴んだ。


「なれる、なれるさ、俺だって、一人でもいつも気高く強いお前に、お前に、俺はっ……憧れてたっ、次があるなら……あったなら……俺たちは、友達にだってなれる!!」

 

 その瞳には涙が浮かび上がっている。


「ばか、が」

 

 そんな次、有りはしないというのに。馬鹿な奴だ。

 

 最後まで憎まれ口をたたきながらも、ルシウスの顔はどこか満足そうに見えた。


「……」


「ルシアン……様……」

 

 痛いほどの沈黙が流れる、アリスはいつもと変わらない仏頂面のように見えても、その瞳は潤んでいるし、グウェンは俯き、涙を流していた。


「慈愛を司る我らが神よ、迷える此の者をあなたの御手でお導きください」

 

 ルシウスの埋葬を終えた三人はグウェンの祈りに合わせて祈りをささげた。


「行こう」

 

 ルークは振り返ることなく、進んでいった。友の仇を、魔王を討つために。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺は死んだのか。


 ルークに負けたのか。


 なぜだかそれも悪くなかったと思えてしまう。


 あれほどまでに憎み、忌み嫌ってきた奴に引導を渡されて、こんな清々しい気持ちになるとは思いもよらなかった。


 次があればきっと、俺は、あいつの様に……


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 目が覚めると、そこは知らない天井だった。いや、見慣れた天井だ。しかし、もう久しく見ていない俺の生家である、オルレアン家のルシウスの自室である。


「ルシウス様!お目覚めになられましたか!」


 そしてまたしても聞き慣れた声がルシウスの耳に届く。俺が失った大切なモノ、その一つが。


「え、エル?」


 エル、オルレアン家にてルシウスの世話係を務め、ルシアンがオルレアン家を勘当された後もルシウスについて来てくれたメイドである。

 その最後の時まで、エルはルシウスに仕えていた。


「はい、ルシウス様のエルですよ!」


 日の光に照らされてきらきらと輝く特徴的な真っ白い髪を低い位置で二つに結んでいる。ハーフエルフ特有の中途半端な長さの耳、未成熟で華奢な体を落ち着いたデザインのメイド服に包み、あの時の、あの日のように笑うエルがそこに立っている。その姿はまるで月光に照らされる白百合の様だった。

 

「エル・・・」


「はい!」


「える・・なのか」


「はい?エルですよ?」


 何度も、何度も確認する。夢だろうか、死後の世界だろうか、それでも漸く、また彼女に会えた。

 オルレアン家から勘当され、あちこちを転々として最後は、ルシウスを魔物からかばって死んだはずのエルが、ルシウスの前に立っている。


「っ」


「ほえ!?ルシウス様ぁ!?」


 気づけば、瞳が溶けだしてしまったのかと思えるほどの大量の涙が流れていた。


 エルが居る、喋っている、立っている、息をしている。ただそれだけのことで俺の涙は止まらなくなってしまった。


「ど、どこか痛いんですか!?ルシウス様!?大丈夫!?」


 焦ると敬語が抜ける癖に懐かしくなってまた涙が溢れ出てくる。

 ルシアンの身を案じて体を寄せてくるエルをガバっと抱きしめる。


「うぅ、ごめん、ごめんな……もう絶対に、手放さないから……守って見せるからぁ」


「えぇ!?ル、ルシウス様がデレた!?ちょ、ちょちょっと、ルシウス様!?いったいどうしたんですかあ!」


 ルシアンに抱き留められて大騒ぎしているエルを気にも留めずに、その少し低い体温を、柑橘のような香りを、肌を撫でる髪の感触を、エルが生きているという実感を体全体で感じた。


 五分ほどエルを抱きしめて、漸く涙と感情が落ち着きを取り戻した。その膝にはエルが寝転がっており、主であるルシウスが従者であるエルを膝枕して頭を撫でるという奇怪な絵面が誕生していた。

 ルシウスの膝て口をパクパクしながら顔をゆでられたタコの様に真っ赤に染めているエルを可愛がりながら、ルシウスは思案に耽っていた。


 なぜ、エルは生きているのか。なぜ、勘当されたオルレアン家の俺の部屋で寝ていたのか。そもそも、今しがた俺は死んだはず、にも拘らず、こうしてエルを可愛がることが出来ている、いったいなぜ。そしてうすうす気づいていたが、俺の体が縮んでいる、目算十歳前後と言ったところだろうか。


「エル、今は何年何月だ」


 ルシウスの膝の中で呆けているエルを撫でながら、現状の把握に努める。しかし、エルからの返事は無かった。


「エル?」


「は、っはい!なんでごぜーますでしょうか!」


「いや、だから、今は何年何月だ?俺の質問を聞き逃すとか、お前ホントにエルか?」


 俺の記憶の中のエルは、その天真爛漫な性格の反面で仕事は完璧にこなすメイドだったはずだが、熱でもあるのだろうか。


「え、エルはエルですようぅ!えーっと?今年は太陽暦895年の3月ですよ」


「そうか、ありがとう」


 そう言ってエルの髪を手で梳く。くすぐったそうに身を捩りながら何事かと目をあちこちに泳がせているエルを尻目にルシウスの脳はエルの返答でわかった事で埋め尽くされていた。


 今が太陽暦895年だと?俺の記憶では907年だったはず、この小さくなった体、オルレアンの屋敷、生きているエル。これらから導き出される答えは……。

 俺はどうやら十二年前、8歳の頃に戻っているようだ。それとも今まで見ていたものは夢だったのか?いやあり得ない、俺は学園に通いルークと出会い、いがみ合って殺し合って、婚約者を失って、家を失って、エルを失って、人間であることもやめた。あれが夢だったなんてことはあり得ない。やはり12年前に帰ってきたという方が正しいのだろう。

 しかしなぜ?そもそもどうやって?そんなことが起こりうるのか?いや、原理なんてどうでもいい。神の祝福か、悪魔の陰謀か、そのどちらでも構わない、せっかく二度目のチャンスを手に入れたんだ。


 次は絶対に失敗しない!!!


 そして今は心の赴くままにエルを可愛がることにしよう、今はそれだけで心から幸せだ。

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